欠けた月 -6ページ目

欠けた月

とある占いによると月は心を現すといいます。
私の月は欠けた月。押しつぶされた月。

そんな脆弱さから出てくる無意味な言葉の羅列。あるいは叫び。あるいはメモがわり。

つまりは狂人の妄想
多分…

今日は最悪な夢を見たので結婚を決意する 

…そういえば私はいくつかの印象的な夢の風景を心の中に覚えている。多分、他の人もそうなのだろう。
他人に話すことはなくとも自分というものを形づくるに置いて重要な夢たち。
意識、無意識を問わずにそれらの夢は
その人の人格や性格を形成する大切な要石のようなものであるように思う

そして本来ならばそのような類の夢は
できるだけ他人には漏らさない方が良いものだ


とはいえ私は狂っているので
今回はそんな夢たちの中からひとつを書いてみる


¯¯¯
その夢はいつも砂漠のような場所から始まる
いつもの場所、いつもの道であるが
私はいつもとある感覚を追いながら歩んでいく

其れは死と恐怖と助けを求める、声にならない声だ
それを、私は感覚で追っていく

その感覚はいつも岩作りの小さな建物へ私を導く
中にあるのは流れる滝水のように美しく天井から降りてくる、大きな光の筋と石の柱

そしてその影にある
獣の骨と老いて怯え震えるボロきれのようなXXだ

其れは私の来訪に恐怖したようだった
どこからどう見ても
生命はもう絶えることが明白であるのに
哀れを通り越して滑稽な程に
死へ対する抵抗と恐怖でいっぱいであるようだった

私は其れになにか言葉を掛けようとしたが
其れ は恐怖で私を拒否するばかりだ

このまま完全に私を拒否されても仕事が終わらないので、夢の中の私は淡々と自分の仕事を進めることにする

確かに其れが私を呼んだのであるので
私は其れに応える事が仕事である

私は仕事道具のXXを取り出しそのままそれを
自分にXXXす

そんな一連の私の行動を見て
老いたXXは驚き、混乱し、自分自身の命を守ろうと必死に何かを叫んでいた

私はそれを聞きながら、すこし「うるなさいな」と思う
せっかく此方はXXを分けてやろうというのだ
そしてそれは簡単なことではない
いくらそれが私の仕事であるとしても
簡単に出来るものでもないのだ

私は意識を自分の中にあるXXを流れ込ませている場所へ集中する。そして、それをあの老いたXXへと移せるようにと、その流れを曲げるように操作する。
ここで間違えてはいけないことがある。
それは決してその流れを外に出さないことだ。
この外へ出すことなく流れを曲げること…之が一番肝要であるのだ。

幸いにターゲットは老いて弱っているので
それを捉えるのは容易い
でもそのまま
私のXXを其れに流すことも良いことではない
まずは相手の死にゆくXXと私のそれを同化して
まずは代わりに私のXXをXへと至らせるのだ

そうすれば、彼の命運は予定通りに消えることになる。そしてのこりの力が、多分は彼のあまりのXXとして、機能してくれるはずだ。

あらかた 其れ が
出来たので

私は最後に言葉を口にする
日本語ではないが
意味はわかる

「XXより出て、XXへとXりますように」

こうして単なる現象に過ぎない私は
ひとつの仕事を終わらせて
その仕事の分だけ
私の魂は赦さ(浄化さ)れるのである

こんなどうでもいい夢を、私は繰り返し視る

その夢の最後に見るのは
決まっていつも
驚きうろたえている老いたXXの声とともに存在する
砕けた星のモチーフのXと、獣の骨

そして
かつては老いたXXであったものが
石造りの小屋から、満天の星空の下、冷たい砂漠の景色の中へ出てゆきつつある光景である


…特に意味は無い
意味は無いが、私はこの夢から実はXXXXのやり方(手応えの実感)を学んだのである
昨夜は婚約者がステンレスとジュラルミンの棒を持ってきた。共にボール紙で綺麗に包んであり、中身は見えない。このふたつを手で触ったりせずに気で当てろという。

一瞬、何を言っているのか分からなかったが
まあ暇もあるし面白いので遊びに付き合ってみることにする。

私の婚約者は時々こういう面白い遊びを提案してくる。以前は梵字を出してそれぞれがどんな仏を指しているのか当てろ言うものがあった。

さすがに名前なんてものは当てられないが(当たるとも思えないので当てる気もない)性質だけならよく当たり面白かった。

さて今回はどうであったかというと…

見た目は全く同じ、ステンレスとジュラルミンの棒が包まれているボール紙二本である。
見た目だけで何かわかるかと思ったが、全然わからなかったので他の方法を考える。

大人しく婚約者の言うように気でどうにかしてみようと思う。まずは気で包んでみる。片方は大人しく包まれにくいのか(私の気が)重く感じる。
もう片方はあまり気では包まれ易いので(私の気が)薄く、軽く感じる。

これは以前にも他のもので学習した結果分かったことである。他人はどうだか知らないが、自分の気で包みやすいものは自分の気が気がよく通るせいかとても、軽く感じる。しかしそれは実際の物体の重さとは関係がない。ポイントは気が通りやすいか否かであるようだ。

次にせっかく棒状のアイテムなので気で包むではなく、気を通してみる。やはり前者の方が気が通りにくい。後者は気がとても通りやすい。

基本的には合金よりも単体の金属の方が気が流れやすいはずなので多分、後者が混ざりものの少ないステンレスであると踏んだ。

結果は当たりではあったのだが、私のこの見分け方が本当に正しいのかどうか分からない。本当は理論が全然違うかもしれない。

しかしながら金属によって気の通り方の感覚が違うのは確かであったように体験した。

出来たらこんな遊びができる仲間がもっといると楽しいのにと思うことも多々ある日々である。
新しい意識でまた新しい日々を送ることにしようと思う…

まあ簡単な自己催眠術で自分の性格とか人格を弄るような感じだ
でもこれをやると一部の記憶に支障が出たりもする

いっその事、オカルト界隈の記憶を全部封印してしまって…ということも考えるが
今の企画が終わらないうちはどうしようもない

…しかしそこら辺の記憶を全部消すと婚約者どの記憶も飛びそうで少し躊躇もする

婚約者にはよく話してやってみようか
まさかやってみて「貴方だれですか?」とまではならないだろうから見切り発車でやってみるのも面白そうでもある

…婚約者のことは愛してはいる(はず)
付き合いも長いし、何度も結婚しようとした
しかしいつも私の一族親類は妹を除いて
結婚には反対しているし

親に至っては
私の婚約者は嘘つきであると
思い込んでしまっている

本当は、もう
婚約者との関係を精算したいのかもしれない

しかしそれこそ長い付き合いであるので
長い間、振り回した責任というものもある

オカルトな事がきっかけで出会い
様々なオカルトな思惑が絡み合って
私自身も愚かな縁結びを婚約者とした事で
それがそのまま歪な形で現実に影を落としていると
気がついたのはいつだったであろうか

ちょうど良いバランスと着地点を考えたい