しかし気に酔うことは出来る
この様に話すとよく分からないというリアクションを返す人が多いし、それほ当然であるのかもしれない
気に酔う…と表現はしているけれど
これを他の言い方はないかと考えたことがある
任意の意識状態へと自分を導くことが出来る
そんな表現を私は気に入ってもいる
例えるなら
なにかの絵を見て
その絵の中に入り込むように絵に集中するような
そんな感覚である
私は其れをする時に
すこし手をヒラヒラと振る
すると幾つもの異なる感覚の気を感じる
その中で最も美味しそうな…もとい酔えそうな気を捉えたら
その気と同じような性質のものを
より広範囲から自分に寄せるのである
そして後は
その自分の近くに寄せた気を
時には全身で
時には身体の一部分で楽しむ
するとまるで酒に酔うように…とても様々に楽しい気分になったり
色んなものを視たり
個人的にはとても面白い体験ができる…
と感じている
実はこれは少し前までは皆ができることと思っていた
しかし他者と話すとそういう体験をする人が居ないという事実を認識して今に至る
これは私が狂っているのか
他にも出来る人はいるが私が未だに出会ったことがないだけなのか
それとも私が認識している「楽しさ」は他の行動の結果現れるもので
実は気に酔っているのではなく、他の行為をしているのか
それとも他の可能性があるのか
私には分からない
私には…こんな他者には理解出来ないと言われる感覚が多い
多分、私は狂人であるのだろうと思う
こんな狂人であっても安寧に生きていられる社会は
良い場所である
だのに私は不孝で不遜で生意気と
不徳の極みを歩んでいる