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欠けた月

とある占いによると月は心を現すといいます。
私の月は欠けた月。押しつぶされた月。

そんな脆弱さから出てくる無意味な言葉の羅列。あるいは叫び。あるいはメモがわり。

つまりは狂人の妄想
多分…

自分は広瀬隆雄氏のファンで割と昔から彼の話を追っている。
彼の話の中には真実が散りばめられていてとても魅力的なのだ。

しかし彼は最近はおむすびチャンネルという新しいプラットフォームでのみ活動をしているので最近は寂しい思いをしている。
彼のサブスクに金を落とすことは厭わないが、おむすびチャンネルというサービスが今一つ乗れないのである…

閑話休題。
そんな広瀬氏のまとめ系動画の中では自分はばっちゃま氏を気に入っている。そして今日のばっちゃま氏による広瀬氏のまとめの話には自分が一番好きな話が入っていた。
それは広瀬氏とメリルリンチ副会長のグレッグ氏との思い出話。


広瀬氏とグレッグ氏はとある会社で同期であったらしい。そんな二人がある日会話をする。
グレッグ氏いわく「自分たちはそこそこ成功している。…でももっと大きな成功をしている人たちを観察すると、途方もないdriveでもって金儲けに取り組んでいる」というのだ。

つまり、現状の幸福に甘んじていては
より大きな成功など得られないと言う話である。

これは真実なのである。
しかし残念ながらそんなdriveを自らに晒し続けることができる人間などそうはいない。これもまた真実なのである。

多くの人間は疲れてしまうのだ。
絶え間ない戦いの中で、更なる高みを求めて
いつでも自分を駆り立てて行くことができる人間なんてとても少ない。

…しかし自分は
もう少し世の人間が健康になれば
そんなdriveに自分を晒しても耐えていける
そう信じてもいるのである。

私はもっとグレッグのように自分をdriveしていきたいとも願う。
しかしその反面で、怠惰さが…周りの人間関係という言い訳が自分を甘やかす。

深く恥じ入り、今更ではあるが襟を正していきたい。


https://youtu.be/rWQ_mWjCsqs
毎日が暑くて本当にダレてしまう…
なので最近は朝起きたらまずベッドでダラダラとニュース動画を流してから起きるようになってきた。
これは良い習慣ではないと思うので、直していきたいが…実の所そこまで本気で直す気も無いので
ひょっとしたらこのままこの夏はこの生活スタイルで完走してしまうかもしない。

多分、疲れているのだろう。もう少し補剤を入れるようにしようかとも思う。

【今日思ったこと】
まだまだ自動車は人類にとって大切なものである。
そしてその自動車もそろそろガソリン車から電気自動車へとシフトすると言われて十数年は経っただろうか?
中々EVへのシフトは難しいようだ。

やはり根本的なネックは電池であることは変わらない様子。去年だか一昨年だかにトヨタが良い自動車用の電池をオリンピックにあわせて発表するとか計画していたらしいが、それもオリンピックそのものがあんな感じであったのでセンセーショナルなデビューとはならなかった。
まだ機が熟していないということだろうか。

EV車へのシフトのムーブメントは、やはり政治的な思惑が色濃いと言う。やれ環境がどうだとか、乗り心地が良いとか、いざと言う時の大型電池として云々という話もあるが…所詮は人の利権が根底にあるのは仕方がない。

我々庶民にとってはそれらはどうでも良い事だ。
根本の思惑がどうあれ、とりあえず「良いもの」が出たら支持をうる。それだけだ。
しかし未だにそんな「良いもの」が誕生していない状況にやや寂しさも感じる。

と、同時に少し前のニュースを思い出した。
EV車の開発は欧州、アメリカ、日本に限らず中国でも行われている。そして国を問わず、伝統あるガソリン車の時代から開発している自動車会社から若い会社まで様々な会社が腐心している。

そんな中、中国でも比較的伝統のある長城汽車という会社がファーウェイ(と小康工業集団)の新しいEV車に対して面と向かって(ネット上ではあるが)批判したと言うのである。

そこにある意図はファーウェイに対する牽制だけであろうか?
やはりその裏には中国国内での政治的な対立も隠れているのではないだろうか。
国際的に起こっているイベントはそれぞれの国でも起こるものだ。

そしてファーウェイの新しいEV車はそんな宣伝のおかげか…はたまた原材等の高騰などによる自動車自体の値上げのおかげか売れ行きは今一つであるらしい。
確か5月の記事では車が高いので売れずに、販売目標を下方修正したと聞いたような気がしたので調べたらそうだった。
https://toyokeizai.net/articles/-/588209?display=b


いつの世でも競走はより良いモノを我々に齎してくれる。
しかしながら様々な意図を持って競争相手にマイナス宣伝をしてみたりするのは如何なものか…私は不毛であると思う。多分そうしたマイナス宣伝の多くは自分にブーメランで帰ってくることが多いのだ。
(個人的には、あのメンツに拘るお国の会社の偉い人が他社を批判するとか本当に驚いた)

今日は自分が不必要に他人へ批判的な言動をとっていないか?ということをよく意識して過ごしたいと思う。
霊視もどき(霊視ではない、単なるインスピレーション)をしてからタロットをひき、そのうえで霊視もどきの原稿を修正しつつ鑑定結果を書く。
そんなことをしたりしている。
基本は祈りの上に得られた言葉が土台である。

不思議なことに、よく祈った後で得られる言葉とタロットの結果はとても親和性がある。これが世界の恵みであり、愛であるのかもしれない。
等とロマンチストめいたことをもかんがえてみる。

一度だけ戯れに、霊視もどきで得られた言葉に対して…ふつうにタロットを引くのではなく
元々から指定しているタロットの組み合わせなどでも、違和感なく霊視もどきの結果にそぐう内容の鑑定結果となるか実験してみたが上手くは行かなかった。
ひょっとしたら私の思い込みによるものであったのかもしれない。
しかしながら結果として、しっくりくる鑑定結果を作れなかったのは確かである。

そしてそんな不本意な(予め用意しておいた)タロットの組み合わせを破棄して。ここでキチンと祈りをしてタロットを改めて引いてみると、今度は上手く鑑定文が組み立てられる。
なかなか面白い。

今度は誰か他のものにタロットを引かせて、わたしの霊視もどきな(決して霊視ではない)言葉の羅列とタロットから得られる言葉の結果とを比べてみたいと思う。
誰か良い協力者が居ると嬉しいが…