欠けた月 -12ページ目

欠けた月

とある占いによると月は心を現すといいます。
私の月は欠けた月。押しつぶされた月。

そんな脆弱さから出てくる無意味な言葉の羅列。あるいは叫び。あるいはメモがわり。

つまりは狂人の妄想
多分…

インドの哲学はとても歴史が深い。
梵我一如を理解することで得られる解脱の思考はインド哲学の中でもウパニシャッド哲学において出てくるもので、これは世界最古の深い哲学的思索であるとされているそうだ。

ここでインドの哲学を少し思い出してみよう。
インド哲学は興味深く、西洋哲学ぽいところもあれば中国ぽいところもある。まさにインドという土地がヨーロッパと中国に挟まれているが故に出来上がった思想であると言えるし、またヨーロッパにも中国にもないインド独自の発想もあり、とても興味深い。

インド哲学の土台を考えると、それはヴェーダになる。
リグ・ヴェーダという言葉は多くの人が聞いたことがあるだろう。しかしヴェーダは厳密にはこの他にもある。
リグ・ヴェーダの成立は前15世紀くらいといわれているが、その後の前10世紀くらいにはアタルヴァ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュルダ・ヴェーダなどが出てくる。そしてこの3つはサンヒターとよばれる。
そしてその次にはアーラニヤカ、ブラーフマナ、ウパニシャッドというヴェーダの付随とされるものがでてくる。
これらリグ・ヴェーダから3つのサンヒター、そしてアーラニヤカ、ブラーフマナ、ウパニシャッドという七つの聖典をしてヴェーダというのである。

このヴェーダを基にして、インド哲学は育っていく。
特にウパニシャッドを下敷きとしたインドの思想は現代にまで続く、壮大で神々の伊吹に守られた独自の哲学としてその骨格をなしていくのだ。

その骨格こそが最初に述べた梵我一如。これなのである。



イギリスのグラクソとアメリカのファイザーが
大衆薬事業をひとつにすると発表したのは2018年くらいだったか…
こんどはそうやって作った大衆薬の合弁事業を売却して上場させるという話も今年の6月くらいにあった。

さして8月の今日、ファイザー株が下げている。理由は数年前から言われていたザンタックの発がん性物質についてのネタがついに爆発してのものらしい。

とはいってもこれ、関係者は知っている話だし織り込み済みな話題なのでなぜ今更?という感じではある。

とはいえ、せっかく下がっているのなら拾っておくに超したことはない。
ありがとう!FDA!!
本日はTwitterでとても心が痛む呟きを読んだ。
うさぎの飼い方を知らぬ、無知で善良な老夫婦と不幸なうさぎの話である。
詳しくは以下…

https://twitter.com/hirotyui/status/1556987322247565312?s=19

「無知は罪なり。知は空虚なり。英智持つもの英雄なり。」これは敬愛するソクラテスの言葉と言われている。この言葉に関しての話は今はどうでもいい。

しかし先程のツイートを呼んで私の頭にこの言葉が浮かんだのは事実である。
ヒトは自分が無知であるということを中々自覚しにくいものだ。否。自分が無知であることは今の世の中、多くの人が自覚しているかもしれない。
しかしながら何を知っていて、何を知らないのか?ということがよくわかっていない人が多いのだろう。

現に私自身もそうであると思う。
さすがに私は知を持っているとは話さないし、自覚もない。けれども残念なことに自分は何が分からないのか?ということについてハッキリとこたえられないところがある。

ソクラテスは無知を受け入れ、知識を手に入れ、その知識をもって実用することが大切だと説いたと私は解釈している。

本来ならば私も年相応の知識をもって、それを大いに活用して社会の役に立つべきである。
それは分かっている。

しかし、私はそこまで自分を成長させることが出来ずにルサンチマンを抱えながら…いやルサンチマンを抱えられるほどにまで、わたしは自分を成長させられなかった。
私はただひたすらに受動的に時間を無為に過ごして役に立たない情報の波の上をプカプカと流されてきただけだった。

もっと自分をよく修めておれば、本日のツイートで見たような、善良な老人たちにも啓蒙をして少しでも社会の役に立てただろうか…?

いや、それは多分無理な話だ。
人間はやはり影響力を持つ者というものは、生まれながらにしてその立場に近いもの達ばかりである。

少なくとも私の知る、私の生きてきた社会はそうだった。

こんなうらびれた思考をする私が居る。
しかしそのまた後ろで「今からでも行動を起こせば未来は変わる」と信じる私がいる。

どちらもたしかに私ではある。
そしてどちらを選んでも私が私であることに変わりはない。

どうせ愚かな私であるので、せめて未来に向けて無為な夢であっても夢見ることをしても良いだろう。

こうして、私は今日も頑張ろうと自分を奮い起こさせる。