いきなりだが、「カカオベルト」という言葉を覚えているだろうか。「確か、中学生のときに地理の授業で習ったような……。詳しいことは覚えていないなあ」といった人が多いのでは。赤道の南北緯度20度以内で、年間平均気温27度以上、しかも年間を通じてその上下する範囲が狭いところを、「カカオベルト」と呼ばれている。このカカオベルトでチョコレートの原料となるカカオが収穫されていて、主な産地は西アフリカ、東南アジア、中南米。つまり、それより北または南では、カカオの栽培は難しいのだ。
【母島で収穫されたカカオ豆】
しかし、そんな“常識”が、数年後に変わろうとしている。「えっ、どういうこと? 教科書に書いてあったのに」と思われたかもしれないが、チョコレートなどのOEM(相手先ブランドによる受託生産)を行っている平塚製菓が、東京都小笠原村の母島で収穫されたカカオを使ってチョコレートの試作に成功したのだ。
小笠原村母島は北緯26度。カカオベルトから外れているのにもかかわらず、どのようにして栽培に成功したのだろうか。平塚製菓とカカオとの戦いは、2003年にさかのぼる。ガーナのカカオ農園を視察旅行した同社の平塚正幸社長は、現地で目にしたカカオの木に魅了され、「日本にもカカオを根付かせたい」と思ったそうだ。当初は沖縄も栽培候補に挙がっていたが、「世界に発信するなら“東京ブランド”しかない」ということで、「東京カカオ」プロジェクトを立ち上げる。
2011年、本格的にカカオの栽培がスタートする。1000粒の種を植えて、そのうち167本が発芽。しかし、それもすぐにダメになったそうだ。成功しなかった理由を、「東京カカオ」プロジェクトのメンバーである入江智子(平塚製菓営業部)さんに話を聞いたところ「どうしてうまくいかなかったのか。正直に言うと、いまでもその理由は分かっていません。カカオを研究されている方は国内にはほとんどいないので、枯れた原因がよく分からないんですよ」とのこと。
“東京発のチョコレート”を夢みながらプロジェクトがスタートしたわけだが、いきなりつまづいてしまう。枯れた原因がよく分からない。このままではカカオを栽培することができないかもしれない。次の一手を打つことができない状態の中で、ある農家がプロジェクトの話を聞きつけ、手を差し伸べたのである。その名は、母島で「折田農園」を営む折田一夫さん。島レモンやマンゴーなどの栽培を手掛けてきた折田さんと共同で、カカオ栽培の再チャレンジがスタートする。
●試行錯誤の末、カカオ栽培に成功
平塚製菓のプロジェクトメンバーと折田一夫さんは議論を重ね、「大規模な農地を整備しよう」という話になったが、島には農地を整備する重機がなかった。そのため本土から28時間ほどかけて、重機を輸送することに。また、普通のビニールハウスでは風で飛ばされたり、塩害を被ったりしてしまうので、特注のハウスを設置しなければいけない。そのためハウスの資材なども本土から輸送した。こうして、2011年8月にハウスの1号棟が完成。翌年4月に栽培がスタートしたのだ。
「ビニールハウスを建てるのはものすごく大変でした。母島には、大規模な工事を手掛ける建設業者はありません。重機や資材などを輸送することも大変だったのですが、なにからなにまでゼロから始めることが難しかったですね」(入江さん)
カカオの木は年間5000個の花を咲かせるが、そのうち実になるのは50~70個ほど。ラグビーボールのようなカカオの実「カカオポッド」ができるまでに、どのような苦労があったのだろうか。「雑草が生い茂っている斜面の土地を整地化して、そこにビールハウスを建てました。水はけがよい土地でなければカカオはうまく育たないので、空気を含ませることから始めました」
土の中に空気を入れたり、ビニールハウス内にカーテンを設置して日陰ができるようにしたり、さまざまな試行錯誤の結果、2013年にカカオの実ができた。そして、2015年3月に母島で収穫されたカカオを使ってチョコレートを試作した。「社内からは『本当にチョコ―レートの味がするの?』といった声が多かったですね。でも、ちゃんとチョコレートの味がしたんですよ。『東京ブランドのチョコレートをつくろう』と言ってから、13年もかかりました」(入江さん)
●2018年に商品化を目指す
その後、段階的にカカオの苗木を植樹し、現在約500本のカカオの木が栽培されている。折田農園が栽培、収穫、発酵、乾燥などチョコレートの元になるカカオ豆になるまでの工程を手掛け、その後の精錬などの工程を平塚製菓が行う。2016年は約500キロ(板チョコ1万5000枚分)のカカオ豆が収穫できる予定で、商品化は2018年を目指しているという。
このプロジェクトは、母島でカカオをつくってチョコレートを販売して終わり……といったものではない。「小笠原諸島に、カカオアイランドのようなものをつくりたいですね。地元住民の方々に何らかの形で貢献して、島おこしにつなげることができれば」と入江さんは抱負を語る。
取材の最後に、記者は「東京産のチョコレート」を試食させてもらった。食べる前は「本当に、東京でチョコレートがつくれるの?」と半信半疑だったが、実際に口にすると「やさしい苦みとなめらかな口あたり」を感じることができた。
2年後、「made in tokyo」のチョコレートが話題になるかもしれない。