今朝、、というか宵闇のなか、壮絶シュールな夢を見て目が覚めた。
ステージの景色はディナーショー。でもショータイムの時みたいにではなく、客電は灯ったまま。
見慣れたクリスタルピアノの椅子の上に、その白い「両手」だけが鎮座している。。
私達ファンは、それが「本物」であることを知っていて、食事を楽しんだり、歓談しながら、その「ご本人が気の向くタイミング」を待ってる。
画像を解りやすく言うと、アダムスファミリーのハンド君、みたいな。その手 自身が意思を持ち、気分によって曲を奏でてくれる、というやつ。。。
「意思」はAIヨシキと繋がってて、(Bluetoothとか?)、で、気ままに動くんだけど
何を示唆しているのか、今抱えてる不安要素から、この映像が夢として出てきたのか、恐ろしいけど、手術も近いし、神格化したYOSHIKIであれ如何せん生身の人間なのだから、数十年後には、こういうライブ形態になっていてもおかしくは無い、、といえばそうなのか、、
曲(ピアノ)を聞きたいなら、自動演奏で流しておけば良いと思う。でもそうではなくて。
そして、身体の姿形を求めるなら、マダムタッソーがあるので、蝋人形にAIを繋げれば出来なくもないけど、「似てる」ものはいつの間にか間違い探しを始めてしまうから。。
曲を聞きたいのではなく、姿を見たいのではなく、何をもって「YOSHIKIのライブに行った」となるのか
というと、人間の尊厳の話になってくるんだけど、、
多分、AIでも結局は追い付かないのは、頑張ってインプットさせるけど、自分で生成するのかも知れないけど、
ライブはやっぱり
「この日、この瞬間の空間を共有できた」のが嬉しくて。
AIじゃない、完璧に再生するのでもない、となると、人間らしさの醍醐味は=突発的なこと なんじゃないかな、って。
「譜面がないよ〜」
「あれ?何の話してたんだっけ?」
とか。ああいうやつ。
それでこそ、今日この瞬間にしか共有し得ないこと になってくるんじゃないかな、、、
ディナーショーからまだ2ヶ月弱しか経ってないのに。
もう恋しいよう。。。





















