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chococco312のブログ

精神疾患をもつ30代女の、思ったこと勉強になったことの記録です。

ACODAに参加してきた。
毎週土曜日に開かれているもので、昨年の10月頃から参加している。
12のステップを毎月1ステップずつ、テーマに沿って分かち合いをしていく。
ステップ1は、機能不全家庭の影響に対して無力であることを認めた、という内容。

私自身は、機能不全家族という語句を知ってからまだ日が浅いせいか、自分がそうなのだという実感はできていない。でも、主治医から言われることや書籍から読み取ることで得られる知識上は、機能不全家族で育ってきたのだと認めざるを得ない感じになってきている。
心の中が二層に分かれている感じで、時間がたったら混ざり合ってくるのかどうか、そもそも混ざり合った方がいいのかさえ分からない。
それでも、ステップ1に書いてあることが実践できる日がいつかはくるのだろう。
同じミーティングに参加している、参加し始めて10年とか15年とかいう先輩たちを見ていると、なんとなくそう思えてくる。
同時に、15年も付き合い続けても苦しみから完全に解放されることはないのかなと思うと、複雑な気分になる。

何の話の流れだったのか、自分の病気について、主にその原因について母に打ち明けた。
根本は、親子関係にあるのだということを淡々と話した。
怒りや悲しみは全然感じなかった。親を責める気持ちも出てこなかった。
こんな話をしてしまったら、さぞかし険悪なムードになるだろうと思ってずっと黙ってきたのに、ひょっこりと話し始めてしまって我ながら驚いた。母を責める結果にならないように非常に気を使って話した。
母は昔あった暴力のことをすっかり忘れてしまっていた。
おそらく父も忘れてしまっているだろう。目の前で起こった暴行暴言を指摘したって、絶対やってないと言い張るような人だから。
まあ、そんな人たちなのだ。
妹にも、小学生くらいまでの記憶がないらしい。
はたして私の記憶は事実なのか?
鼻で笑うしかなくなる。

ミーティングで、「こういう家に育ったから病気になったんだよ」とカミングアウトした人が体験談を語ることがしばしばあるけど、親と喧嘩になったが事実は認められたというパターンが多い。たぶん、健全な反応なんだろう。しかも、それでなんか少し楽になったっていう人が多い。

私も楽になりたかったのだろうか。楽になれるかもしれないとどこかで思っていたのだろうか。
いや、楽になったのかもしれない。
今は何も感じない。受け止められる場所があってこその感情で、それがなくなってしまったら、感情は感情でなくなるのかもしれない。
感情に苦しんできたから、何も感じなきゃいいと思ったことは何度もある。生きてるうちは何か感じてしまうんだから、死んだら楽になると考えたこともある。
でも、本気で相手にされなかったときって、それに対する感情って無くなるものなんだね。
これで良かったのかどうかわからないけど。