ミーティング会場で使われていたアファメーションの本を自分で購入して、なるべく毎日読むようにしている。
今日のテーマは「自分で選択する力を」
自分で選択することに関しては、力をつけたい、最もよい判断をしたい、後悔したり人のせいにしたりしたくない、といつも思う。
でも、いつまでたっても下手だなぁとも思う。
この病気になった原因だって、選択を誤ったため、とも言える。
押しの強い人や、断るとあからさまに態度が変わる人、特に恩義を感じている人からの意見要望を、最終的にNOと言えず受け入れてしまうことが多々ある。
無茶なこという人でも、お世話になってるし、これからもお付き合いせなならんしなと思うと、途端に弱気になる。
病気の原因といわれている先輩からは、無茶な要求をしょっちゅうされたもんだ。
断ると、先輩の要求がいかに正当なものかということについて延々と講義され、それに反対する私はいかに不当なものかということについて、これまた延々と講義され、さらに断ると鬼でも憑いたんじゃないかという様相でものを投げつけてきたり、私が人間として正常ではないと怒鳴り散らしたりの暴力行為に移行するといった状態だった。
私は、こういう状況に陥ると、自分の意見が間違っているように思えてならなくなり、先輩の意見に同意するしかなかった。
また、このような状況に陥ってからの意見変更は先輩に容易に受け入れてもらえず、自分はどれだけ間違った人間であったか、その更生のために先輩に使わせた労力についても、先輩の感情が治まるまで謝罪し続けなければならなかった。
こんな事が続くうちに、自分の意見が無くなってきた。
それもまた、許されないことだった。
最終的に、先輩から許された範囲内での意思判断をするようになった。
先輩の脳が私の脳だった。
でも、そもそもその先輩と一緒に活動することを選択したのは私だった。
先輩の守備範囲から抜け出そうと思ってからも、なかなか抜け出せずにいたのも私だ。
結局、自分で選択する力が足りなかったのだ。
病気になってから、本を読んだりして、自分と相手の境界線について考えるようになった。
特に相手の感情について、私はもっと冷静にならなけらばいけないと思う。
相手がどんな感情を持とうと、それは相手の責任であり、私にはどうすることもできないのだと知り、目からうろこだった。
そんな風に考えてもいいんだと思えて、どれだけ心が軽くなったか、言い表しようがない。
幼いころから、夫婦喧嘩の原因は私だった。妹が泣くのも怒るのも私のせいだった。父母の暴力も私のせいだった。みな、私がもっと良くなるようにしてくれたのに私ができないからだった。
私は自分の無力が、情けなくて仕方なかった。無力と感じていながらも努力せざるを得ない状況が辛かった。
でももう、自分ができるだけのことをしたらあとは相手の問題なのだとわかったから、必要以上に情けなく辛く感じることが無いように訓練していきたい。
それから、自分の意思で選択できるように、自信をもって選択できるように、訓練していきたい。