
気になり置いておく
昨日の記事、加筆あり。もしよろしければ
本題へ。
0104 2025/06/18(水) 07:59:28.46
小栗の組合は和子に応援されてるのか怖、小栗旬さんずっと心に温めたものを実現する。本当に素晴らしいです。応援します。
0109 2025/06/18(水) 10:41:42.53
>>104
和子ってだれよ
マロン味は春馬君を裏切ったのではとここで言われてていなかった?
0110 2025/06/18(水) 11:06:50.52
>>109
ひゅーまんらいつうぉっち
https://hrn.or.jp/outline/overview/
0118 2025/06/18(水) 14:25:45.10
🇱🇦在ラオス日本大使館
ラオスにおける児童買春に関する注意喚起
0173 2025/06/23(月) 12:55:59.35
至るところで金ばら撒きして
特にyoutuberそりゃ狙われるわ
スピ系は助けるふりしてきたり
悪質なの多い気がする
0184 2025/06/24(火) 14:08:37.96
>>173
スピ系、多いですよね
皆様、人間関係で行き詰まっていたりして辛い時や
日常生活のウザさから一時離れたい時
「こういう捉え方もありかな」程度に見ておけばまあ安全ですが
バックに煎餅糖逸反社などが控えている場合が多いので
課金ありのサロンに加入したりそこで紹介される高額占いサイトで
個人情報与えたりするのはもってのほかですよ
気をつけてくださいね
偶然見つけたこちら(加筆続々)
こちら、とはコチラ
↓
https://www.bookbang.jp/review/article/626019
興行師の十二代目守田勘弥も「自分のカネでやるのは二流、
人のカネでやるのが興行」
と父から教えられたそうです。
非血族氏は裕福?(その父が手広く商売し成功)なのに、C5プロデュース失敗の借金をなぜ春馬さん(母子)に?と疑問でした(金額が莫大だった and/or それを返して余りあるほどではなかっただけかもしれませんが)。
が、裕福なら裕福で、自分(たち)のお金は守る。
だから、人のお金で興行、ということか!!と
ようやく腹落ちしました(我ながら遅
)。
興行師は自分のお金で興行はしない
だから、BーのSが、後に自社役員にさせるほどのタレントの親にも「デビューに(and/or ある事案もみ消しのために)お金がいるから」と土地田畑売り払わせた…
(その私財減少や借金でタレントやその家族を縛り働かせるのが村のやり方)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1314638763
スカウトをするのは、よっぽどそのスカウトマンが気に入ったから声を掛ける訳ですが、 タレントになる前に親と交渉したり、その後の面倒を考えたら、希望する子達を募集した 方がよっぽど効率が良いですよね。
- スカウトマンがよっぽど気に入り声を掛け
- タレントになる前に親と交渉(を"面倒"とな…)
交渉前に一味の誰かを親として送り込めたら?
交渉はもっと効率が良いですね?
そういえば、春馬さんのキャリアのスタートは、
まだ自社スタジオなし・公共の施設を借りての
"芸能事務所兼養成所"の立ち上げ時。
地理的には離れている(ご近所ってわけでもない)のに
玄関郵便ポストにチラシが入った(設定?)。
本当に偶然? 狙い撃ち(一本釣り)? ご指名でなく?
近所に遊べる(同じ年頃の男)子がいない(から事務所兼養成所に所属させようと思ったくらいの)エリアに、ポストイン?
本当に親御さんの"応募"だったの?
顔役がほしいから特待生にするから
(その後の活躍=稼ぎも見込めるから)
頼んだ(囲った)、スカウトした、のじゃなく?
「当時ご両親が」おとなしかった春馬さんに
お友達ができるようにと願ってたのを知って用意した、でもなく?
https://www.we-school.net/academy/ 某所はこちら↑系。 1989年北海道で設立。
「ワタナベエンターテインメントアカデミー」は、「ワタナベエンターテイメントカレッジ」「ワタナベエンターテイメントスクール」「渡辺大阪芸術学院」「渡辺ミュージカル芸術学院」の4つの学校を統合し2025年に新しく開校しました。
エデュケーショングループは2004年に開校。
3飴娘は東京音楽学院のスクールメイツ出身。
事務所所属者につくばや広島や北海道のスクール出身者。
(沖縄はらいじん'、みたいに、すみ分け、縄張り、ある?)
脱線しますが、スクール創始者はこの人
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%A5%E8%97%A4%E7%B5%B1%E5%A4%AA%E9%83%8E
大手芸能プロダクションと業務提携をしたのも特徴のひとつで、ライジングプロダクション、アミューズ、スターダストプロモーション、舞夢プロ、トライストーン・エンタテイメント等の大手と手を組んだ。また自らテレビ地上波の枠を買い取りプロデューサーとして自主制作した番組をスポンサーを付けて放送するシステムをつくりテレビ北海道、東日本放送などにそれぞれ口座を持ってレギュラー番組を提供していた。
アクターズスタジオを全国展開するにあたりベンチャーキャピタルの日本アジア投資株式会社からの出資をうけるが後にそれを仕手集団に買われて株式の過半数を占有されアクターズスタジオを運営する株式会社フェイムの代表取締役を解任されるが当時業務提携していた芸能プロダクションライジングプロダクションの平哲夫社長、スタジオアリスの本村会長、ケイセイ正木建設の正木社長などの助けを借りて株式会社アクターズスタジオネットワークを設立した。
業務提携は、某所や春馬さん周辺に関わりのあるとこがゾロリ。
そして、アリスといえば…なるほど、ですね。
ちなみに。
つくば校は1994年開校、2006年閉校。
春馬さんは開校の1994年から10年間在籍、
2004年某所に円満移籍。
まるで春馬さんのために存在したみたい、という書込あり。
途中サッカーに夢中な時期、勉強を頑張ってた時期もあるのだから、本人や、教育に熱心な方の親は、芸能界にそこまで執着していたわけでも強い(られ)ていたわけでもない、のでは…?
執着したのは、実親ではない、はず。
話戻して
他事務所が育て売り出し実績ある人を強奪する事務所もある。
強奪といえばあそこ。恫喝もあそこ。
https://www.arban-mag.com/article/70839
https://www.arban-mag.com/article/71439
山口組という組織にとって、美空ひばりという芸能人は、その勢力拡大のために欠かすべからざる存在であった」
そんな発言を残しているのは、『往生際の達人』などの著書で知られる芸能評論家の桑原稲敏である(『「戦後」美空ひばりとその時代』本田靖春)
「美空ひばりが地方の劇場で公演をやる。そこで地元の暴力団組織がどう対応するか。もし黙って看過するなら、それは山口組に対して、争う意思がないということであり、何らかの妨害をすれば、争うという意思表示になる。山口組にとって、敵か味方かという判断は、先方の組事務所と事を構えるという面倒な手続きを踏まなくても、美空ひばりの公演をやれば、はっきりつくというわけです」
8や芸能事務所は常に
山口組(田岡組長)にとっての美空ひばり
のような存在を探している。
生え抜きの、顔役。
集客集金に利用できるレベルの人材。
ひばり&田岡の出会いは10歳?11歳?
その年頃に春馬さんは主役や大役抜擢、引越&同居開始、
スクールは自社スタジオ開設。
春馬さんの場合、そもそもが茨城ゆかりのNBぷろ関係者の目にとまってしまった、のでは?
この子が欲しい、この子を育てよう、
この子で稼ごう・稼げる、と群がる大人。
最前線で接したのが(C5マネ)非血族氏、女性社長等?
(もしかして、原田真二氏がNBとBーの融合みたいな某所にBーのSから預けられた、みたいに、春馬さんが預けられた、のでは?という気が。
それなら、春馬さんの去就や扱いにいっちょ噛みしてくるのも、黒幕(の黒幕が)と言われるのも、分かる…)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%94%B0%E7%9C%9F%E4%BA%8C
デビュー時の所属事務所
デビュー時の所属事務所アミューズは、現在はサザンオールスターズ(桑田佳祐)の貢献により大手となっているが、当初は渡辺プロダクションのマネージャーだった大里洋吉(現アミューズ会長)が渡辺プロダクション退社直後に原田を紹介され、原田のために設立した弱小個人事務所であった[出典 72]。青山学院大学入学後の1977年5月に大里とともに約1ヵ月渡米した[出典 73]。アルバム(LP)中心のアーティストのためのプロダクションを経営したいと考えていた大里のところに、原田に最初に接触したバーニングプロダクションとフォーライフが原田のプロモーション・マネジメントを持ちかけた。「マスメディアを使うにもバーニングでは原田との接点がない、フォーライフではマスメディアとの接点がないということで、ぼくが間に立つことになった」と大里は説明している[71]。バーニング社長の周防郁雄は、原田が「自分のための会社を作って欲しい」と言ったことから、バーニングとは別の会社を作ることを決め、面識のあった大里に紹介し、大里と周防で資金を折半してアミューズを設立したと話している[110]。
ブログ拝借🙏
https://ameblo.jp/kingsfoolishdream/entry-12760253194.html
1977年(昭和51年)
7月
「渡辺プロダクション(ナベプロ)」でマネージャーをしていた大里洋吉が独立。
シンガーソングライター:原田真二を売り出すために個人企業「プロデュースハウスアミューズ」を設立。資金の半分は「バーニングプロダクション」社長:周防郁雄が出している。(周防が大里に原田を紹介したらしい)
独立した大里であったが、「ナベプロ」時代に担当していたキャンディーズのマネージメントを退社後も継続して行っていたり、1978年に「アミューズ」に入ったサザンオールスターズの初期の版権を「バーニングパブリッシャーズ」が所有していたりと、このころ数年間の大里洋吉=アミューズは「ナベプロ」と提携しているような、「バーニング」の傘下のような動きをしている。
傘下のような動きをしていたのに、OJKに入らずOSRとか、
袂を分かつことになったその後を見ると、
その落とし前は、いつどのように?と心配になる。
大御所ばんど初期の5曲ほどの版権を残しているあたり、それで手打ちのはずが、まだ絡みつかれ、まさか何十年も後(引退前)に所属タレントで…なんて恐ろしいことは…?
話戻して
そして、生来の才能や努力で、伸びに伸びるから、
地方都市のそこに留まらず、
某所、GoTo&かるTに繋げられてしまった…?
某氏が組移籍した(それが叶った)意味…?
そこが行うcharityや、そこを絶つ(断る)ことの影響…?
春馬さん誕生後に始まったcharity(1993〜2018)。
事務所兼養成所に入り、長じてチャリティーに参
加。
その間を凌いだ(繋いだ)人たち。
バトンタッチのはずが、できず、
事件後もチャリティ自体は名前をかえて活動継続中。
その間ずっと元締&送り先は変わってないのでは?
そこは叩かれることもなく隠れ蓑あり安泰?
実親の容姿や本人資質能力から残念成長しないことも
(数当たってきたであろうプロの目利きで)確かで、
実親の素性がかたく裕福であることも、黒い人たちにとっては都合が良かった。
いかにもな芸能人でなく、クリーン&ホワイトなタレントで集客集金(チャリティー含む)。
マネ◯ン&金◯るシステムの、表、入口。






