考察材料と備忘録 -233ページ目

拾い集めた情報からマネ(2)

2001年、2005年、2009年

※インタビューの内容、社員の所属部署は2019年時点のものになります。

(中略)

新卒で入社後、すぐに役者のマネージメントに配属になり、今年で18年目になります。入社4年目に俳優のK谷G朗の担当になりましたが、K谷は俳優のT脇Y文と二人で演劇ユニットの「地球ゴージャス」を主宰していたので、当時はK谷のマネージャーになるイコール「地球ゴージャス」の制作も行うというシステムになっていました。

(中略)

2009年に三浦春馬が初めて舞台に立った「地球ゴージャス」の『星の大地に降る涙』という舞台作品のプロデューサーを務めさせて頂いたことが1つ目のターニングポイントになります。

こちらの女性は、制作とハンサムライブでの関与はあるが、春馬さんのマネではない?


2004年

春馬さん移籍。

この頃ついたのがF岡 and Y口。

後に春馬さんがラジオで「マネージャーが替わった」とふたりの名前を出した(というツイのスクショがあるはずなんだけど、今探し出せず、探せても貼れず)。

私は「F岡→Y口」の順で覚えていたけど、専任タレとの兼ね合いを見ると「Y口→F岡」?


2006年

A南は大分県の高校→東京の私大(2005年度)卒。
↑舞台頃は新入社員 (だから、現場マネ? ひとりで担当・専任は無理だろう時期)。
余談ながら、
K来のルーツは大分だそうで、その縁もあり担当に?

2007年

2007年4月26日にガンで他界された(Perfume担当マネ)中村さん。


中村さんが倒れたあとを福岡毅さん(アミューズ執行役員)が引き継ぎました。

12月『たぶん』発売(C葉)


2008年 

10月10日『Letters』発売(C葉)


2009年

『星の大地に降る涙』の稽古期間の雑誌

JUNON2009年7月号 

最近は、けっこう長く一緒に仕事してきたスタッフさんが替わることになって、寂しくてちょっと泣きました。3年間くらい、ずっと一緒に仕事してきた人だったからね。でも、すごく前向きな気持ちで、「お互いに成長して、また何か仕事ができたらいいね」って話をしました。


2009年の段階で「3年間一緒」が「けっこう長い」のですね。2006年から3年。この頃のマネということは、2008年8月18日の茶畑日記で、ペットボトルのお茶で乾杯してる、左肘から先だけ写ってる、恥ずかしがり屋の方。春馬さんより小柄&色黒に見えるので、やはりこの時期となるとY口でなくF岡? または更に別の人?




2009年

養成契約から本契約にかわる年。

KG現場マネ3年?経A南が春馬さん担当に?


2010年

2月5日、『Switch』発売(A南)

2月17日、『HT』(DVD)発売 (?)

エイベックス・アーティストアカデミー(a.a.a)より

外部エンタテインメント企業入社者リストに

《М木大樹/株式会社あ◯◯ーず》とある。

この人が入社早々春馬さん現場マネから始めたなら2017年で7年担当の計算。真夜中、進撃、『ふれる』あたりの時期を共に戦っていたはず。その後消息不明

7月20日、K来写真集発売(アーティストマネージャーA南)

1x月『2011カレンダー』発売(C葉&A南)


2011年

11月11日、『HT』(DVD)発売 (?)


2012年 村木さん永眠


2014年

契約更新で揉めた?とされる年。

1月20日ルイ・ヴィトン2014春夏コレクションにМ木同行。

4月7日A南結婚(この前後数年海外駐在)

6月4日ギャラクシー賞贈賞式は進撃ロケで欠席とされる。M木は軍艦島に同行している。

釜山国際映画祭(10月1〜3日)では駐在中のA南が春馬さん現場同行。

(7月 春馬さんのオフィシャルウェブサイトclosedの一方

8月26日 N村S平のオフィシャルサイトがOPEN)

12月27日公開の、真夜中〜、の上海ロケにもМ木は同行している(この映画も、事務所も本人も宣伝せず、配給会社だけが広報していた模様。天外者とかぶる)。


2015年

3月26日『ふれる』発売 (納◯&М木)

秋の釜山国際映画祭でA南が◯谷と出会いスカウト、2016年契約、4月期に(日本では初)ドラマ出演。10月期にも金故意局ドラマに出演しブレイク(ソウルドラマアワード2018でアジアスター賞受賞(春馬さんは2019年同賞受賞)、10月期には朝ドラにも出演)。


2016年

6月 &が社外取締役に


2017年

4月半ば? 英国留学へ

6月上旬 K出淫行報道、春馬さん強制帰国

7月 T橋Y(現場?)マネが春馬さん現場マネに

11月『ルポルタージュ』発売(ジャケットにはやせいばくだんクッキーによる描き下ろしイラスト採用。クッキーってあの嫌がらせ画の人

11月27日 お茶のPRイベント


2018年
5月、後輩タレントとツーショ記事。芋◯ブログ?によると、何かを隠すため(かわりに)出されたような記事


https://www.musicman.co.jp/business/17619
アミューズ、10/1付 新任執行役員および執行役員人事を発表 2018年9月19日 9:00

役員人事(2018年10月1日付


氏名    新役職名     旧役職名

福岡 毅 氏 執行役員 社長室付 上席執行役員

グループ総務部

秋頃? Tマネに。



2019年

2019年2月13日 9:35

代表取締役 社長執行役員 畠中達郎氏が病気治療のため入院し、当面の措置として、取締役 副会長執行役員 柴洋二郎氏が、社長業務の代行を務めることを発表した。

【3月1日付】

株式会社TOKYO FANTASY


取締役(予定)

【4月1日付】

同社代表取締役社長


(予定)


福岡 毅 氏   執行役員  社長室付


福岡毅氏は、3月1日開催のTOKYO FANTASY 臨時株主総会において、同社取締役に選任予定。また同日開催の同社取締役会において、4月1日付で現在の同社代表取締役社長 相馬信之氏(現アミューズ 取締役 専務執行役員)に代わり、同社代表取締役社長就任を決議する予定。


2019年

この年に、春馬さん芝浦へ引越

2月13日H中T郎氏病気治療入院

4月1日H中社長退任、S洋◯郎社長就任

8月7日『Fight for your Heart』発売、11日のお渡し会にはA南もいた(ファン目情)

8月『ぐろっぷ』CM(1年契約なら事件当月に期間満了、違約金発生しない)

8月28日 ソウルドラマアワード2019アジアスター賞受賞



https://ameblo.jp/baby-mymelody/entry-12648616030.html

◯ミ◯ーズの ◯毛る◯子 さんと 相◯◯之 氏

今年 取締役を退任してんね。


この方たちの名前は、あちこちで目にしたし、

元ファンなら知らない人はいないでしょ。

勿論、悪い意味でね



2020年

1月より約1年半に渡り大御所KKが週刊B春にてエッセイ連載

4月5日『日本製』発売 (納◯&A南&T中)

6月 ir副社長執行役員就任(返り咲き)、H中&Y口(T橋)退社

7月 マネ交替

8月26日『Night Diver』発売




拾い集めた情報からマネ

敬称略


地元芸能事務所兼養成所でのマネは

  • 小学校低学年までは女性代表&村木
  • 高学年では村木
  • それ以降(ユニット&ストリート活動期)◯柳
ではないだろうか? 順に
  • 『ナイル』同行
  • 『森の学校』共演&時代劇出演推奨(共演)
  • ユニ担当の名刺の画像
等実績からの推測。
(エジプト同行は、親代わりでなく、マネだから…?)

その後円満移籍先(指定校推薦的関係の事務所)では
  • F岡毅(200x?〜。3年程ついてp◯rf◯m◯へ)
  • Y口雄一(200x〜) (T橋優をスカウトしたのは2007年(T橋は2008年上京、2010年7月21日デビュー))
  • C葉? (2007, 2008。専任マネではないが、当時A社にめぼしい若手俳優はおらず、みんな春馬さん周りにいたそうなので。その中でマネジメント担当クラスの人材として関わっていたかと)(健スカウト2005年デビュー2006年、2008年ブラマンで春馬さんと共演。2010&11年はHT(DVD共演企画?)。 ちなみに健は(『14才の母』主題歌担当の)ミスチル好き。CMは、バ◯ダイ・ロ◯テ・伊◯園・サ◯トリー・SMJI・ト◯タ自動車等。バ◯ダイにト◯タって金故意、ロ◯テや伊◯園やサ◯トリーといえば…
  • A南?(2009頃から?)
  • M木? (A南赴任(不在)中。上海にも軍艦島にもパリにも同行している)
  • S貫(М木外し?で後任に)
  • T中
  • 超短期マネ
もしかして、もしかしたら、養成契約5年?の間は専属マネらしいマネはいなかった…とか? 本契約に切り替わった2009年(19歳)からようやく専属マネがついた? 



写真集等奥付まとめ

2007『たぶん』

P:千葉伸大 M:櫻井雅子 沼尻裕子


2008『Letters』

E.P.千葉伸大 A.M.沼尻裕子


2010『Switch』

A.M.阿南史剛 C.M.小森格


2010『2011カレンダー』

E.P.千葉伸大 C.A.M.小森格 A.M.阿南史剛 平野奈々子


2015『ふれる』

E.P.納富聡 A.M.小林佑梨花 茂木大樹


2020『日本製』

E.P.納富聡 C.A.M.阿南史剛 A.M.田中諒平 

2010.7.20 K来K人写真集『よりみち』

A.M.阿南史剛

2010年8月〜 ラスケーCMに春馬さんK来K人i田nコル

(この頃A南はK来と春馬さんを兼任? 

少なくともK来と春馬さんは同チームだった (からバーター仕事複数かと))。


2007年デビューのK来、2014年4月7日「僕が◯◯◯◯◯に入って、ずっと兄貴のように接してくれて、マネージャーとして一緒に戦って下さったA南さんという方がこの度結婚しましてパーティーに行って参りました。誇らしいっす。感動。感謝。幸せです。お幸せに」とA南夫妻との3ショットも添えて投稿。


2014年4月20日A南『テッパン!ソウルごはん』出版。この前後2〜3年は(出張も含めるならもっと長く?往来し)そちらに駐在している(春馬さんだけをずっと担当ではない。ラスシンの頃は一緒)。


2014年10月2〜4日の釜山国際映画祭でA南は春馬さんと再会し、◯谷R平をスカウトし逆輸入している(注: ◯谷のwikiを見ると、スカウトは2015年)


『テッパン!ソウルごはん』の中に

《以前マネージメントを担当してくれていた方に連れて行ってもらった》

《前マネージャーに連れて行ってもらった》

という春馬さんのコメントがある。


奥付・時期・実態から、前者はC葉、後者はA南かと。

A南=前マネージャー(2014年にはA南はK来マネだし、春馬さんにはМ木だし)

5ちゃんや個人ツイ・ブログにも、A南を「前のマネ」と記述あり(「前のマネは良かったのに今のマネはブログを更新しない、写真もイマイチ、ファンイベントとか面倒くさがりそう」等。オフィシャルウェブサイトが終了したのは、マンパワー不足も理由?(または、N村S平の゙オフィシャルサイトが翌8月に開設されたことから「若手に力を入れていく」説もあり。写真集は、1冊だけの人もいれば、頻繁な人もいるけど、Y沢は30歳までに5冊。カレンダーは、売れてないのに毎年出している人もいて、本業で稼げない人が補填で?または借金抱えさせ辞められないようにするため?と思ったりする。その、売れてない人のファンによると、推しは毎年出しているが、春馬さんは契約内容が他タレ(推し含む)と違う気がする、と)。 

余談ながら、ファンクラブについてS田通が、俳優(単独)としては事務所初のファンクラブ開設者(wikiより)で、それは春馬さん事件後のこと。健亮あたりでさえファンクラブはなかったので、春馬さんに対してだけの冷遇とは思えず)。(2014年の契約満了でやはり一度辞める話だったのでは…? 真夜中の宣伝を事務所や本人がしてないし。有能なマネを海外赴任させ、無能なマネをつけた or 有能なマネをつけても能力を発揮させない活動を制限した、ように見える)


釜山国際映画祭以降A南は、スカウトした◯谷を担当しただろう(健=C葉、橋優=Y口のように。特にスタートダッシュ期間)。


だから、知り合ってからの期間は7〜8年と長いが、期間丸々春馬さんだけについていたわけではない、と見る。


お~いお茶PRイベントで言及の"7〜8年になる旅行マネ"が亡くなったわけでないと思う。


専属時期もあった、知り合って7〜8年、旅行に行ったはA南満たす要素だけど。


春馬さん絡みで社内で一番出世した人は、上で触れた人の中ではF岡氏(執行役員社長室付とか)

奥付に名がある人で執行役員になったのはn尻・納Tだが、A南は執行役員になってない(事件前はチーフマネ、事件後は映像プロデューサー)。


KGについていたのは小〇、A南(小〇も執行役員)。


何人かの要素をひとりのマネのように扱うから矛盾が生じ、撹乱状態になるけど。


パン屋さんの何年も前のお話では「5〜6人交替している」と。

当記事考察、移籍後のマネ欄で、そのような結果にはなる。


チーフマネ・現場マネ・女性マネ…と複数いる(チーム状態)のが春馬さんクラスでは普通らしいし(ちなみにチーフマネは複数タレント抱える場合があり、国内で常に現場同行するわけでなく、海外へは同行)。


亡くなったのは村木さん(2012年)

そして、+α氏? 2018年?


この+α氏(の〇)が、「ジを他にされるのがイヤ」発言に繋がった説、(マネが遭ったトラブルから)母親を守りたくて遠ざけた理由では?説、あり。


事件や春馬さんの〇にも関係するから、この人のことをとにかく伏せたいのでは?






『太陽の子』みんなが生きるべきだ


作品を通して伝えたいこと


想像力を膨らませて

道徳心を育て

大きな惨事を

生まないようにすること


戦争を抑止するきっかけに


惨事を生まないように

まずは戦争しない

みんなが生きるべきだ


そんなふうに語り願い続けていた人が


人に迷惑をかけることを何より嫌がる人が


仕事先で仕事時間に命を落とすことになって


なぜ?あり得ない、と思うのも、

関係先に説明や責任を求めるのも、

不思議はない。


なのに、そうすると「陰謀論(者)」だと。


同様の惨事を、別の被害(者)を、生まないように、

検証や反省や手立てをするのも不可欠なこと。


なのに、そうせずに、個人やご親族に責任転嫁。

再発防止の手立てや誓いもなく。

そんな事件であることを、そんな業界であることを、

世の中の人に知っていただきたい。


「みんなが生きるべきだ」と言った春馬さん。

「みんな」の中にもちろん春馬さん自身も含んでいたはず。

生きたかったに違いない。

語った瞬間も、いよいよのときも。

人様はもちろん、自身も、と。


悲しくて、悔しくてたまらない。


みんなが生きるべき

誰もが生かされるべき

私利私欲の他者に奪われて良い命などない