考察材料と備忘録 -229ページ目

繋がっていることを知られたくない誰か

こんな書込がありました。

真偽不明ながら、一考の価値ありかとピックアップ。


407 :2020/08/12(水) 00:09:21.49 

バクサイ?の書き込みでア◯タ◯ズ◯タ◯オはC国まふぃあなんだと

後○組の煎餅パワーとドラゴントルネードでスター春馬爆誕だと

地元のあそこのバックが外国8で、継papaバックが日本の(と言っても現在はほぼ外国率が高い)8とかるとで、春馬さん所属先バックがまたそれらで…?


日本の警察やマスコミの中のマトモな側が太刀打ちできない。国より強いというか。だからご遺族も動けない(愛情の有無とか普通とか常識とかの枠の外の話。一般人の物差しや価値観では対応不可。人が何人も不可解な◯を遂げている(段階で既に異常事態な)のに、愛情や普通や常識でどうにかできるとはとても思えない


そしてそこにお金を流さないといけないし、契約や条件もあちら寄りで縛られる(他のタレントより?)。

だから押しも押されぬ業界イチオシだった。

あちらからしたら、たとえば美空ひばりのような、あの世代版のひばり的存在にしたかったかもしれない。

それに気付いたから降りた。 

でもそれは、あちらからしたら許せないことだった。

許されない=命がけ、としても逃げなかった。

誇れる自分、目指すもの、光であること、を選んで闘った。


433 :2020/08/12(水) 00:19:31.49 

実行犯は継papaではなくそのバックにいた人じゃないかな?


一か月前の登記簿名義変更が鍵だと思う

事務所→継papaからどこにお金が流れていたか


440 :2020/08/12(水) 00:23:15 

>>421

継papaのバックだけの問題なら隠蔽する必要があったかどうかなんだよ


隠蔽したということは継papaのバックと事務所が繋がっていた可能性もある

ネットは事務所に対しての批判もあったのに報道されたのはほんの数社だけ

そこらへんからして事務所のさしがねの可能性


449 :2020/08/12(水) 00:27:15 

>>440

色々出したくないネタ掴まれてて脅されてる可能性も

繋がってるなら〇す必要あるかね?


454 :2020/08/12(水) 00:28:32 

>>449

Aミ◯ーズも派閥がある 


455 :2020/08/12(水) 00:29:27 

>>449

主犯が誰かによるよね

継papaのバックではなくバックと繋がってる事を知られたくない誰か


464 :2020/08/12(水) 00:34:47.13 

>>440

その辺「見える化」調べてたら繋がってたんじゃないかな

慈善事業はマネロンの温床なりがち

気づいた春馬と口論になって勢いあまって…


この↑《バックと繋がってる事を知られたくない誰か》は、目から鱗が落ちる説。

知られないために、表裏権力を行使できる存在が、あちら側、でもある。


498 :2020/08/12(水) 00:51:12 

https://www.soka-news.jp/boryokudan.html

煎餅と893の関係について。



531:2020/08/12(水) 01:11:40 

継papaの背後にいる893が送金絶たれて怒ってやったって説がでた晩は

ずっと柄の悪い男達がスレを荒らしていた


560 :2020/08/12(水) 01:46:17 

>>531

そうよね

普段なら人がいなくなる時間帯なのにずっとレスついてたよね




https://bunshun.jp/articles/-/39624?page=1


「敵対幹部をあえて出世させて…」山口組“超武闘派”高山若頭が名門・山健組を切り崩した“智謀人事”とは?


有力な傘下団体の弱体化を進める「巧妙な人事術」が繰り広げられていた


 尾島 正洋2020/08/09



 2005年8月に6代目山口


 高山が狙いを定めたのは、この山健組の弱体化である。武闘派として知られる高山だが、使ったのは武力ではなく「人事」だった。



 2代目弘道会会長となっていた高山のほか、ともに山健組傘下の極心連合会会長の橋本弘文、太田会(当時)会長の太田守正について、山口組直系の「直参」へ昇格させたのだ。


 この人事は形の上では、山健組傘下の3次団体から山口組本家の直系組長である直参に抜擢された栄転である。サラリーマン社会に例えるならば部長級から役員への昇進に相当する。


 しかし、警察幹部は当時の人事の目的について指摘する。


「山口組では神格化されている3代目組長の田岡一雄の下で若頭を務めた山本健一が作ったブランド『山健組』の勢力を減少させることが目的だった。


当時としては、順当な人事が行われたと思われ


『直参』となって本家に抜擢されることは表向きは歓迎すべきだが、山健組傘下から出て、山健組と横並びとなる本家直系の組織になることを意味する。その後の推移をみても、弘道会の勢力拡大と、山健組本体の勢力減少に繋がる巧妙な人事だった」



「直参に上げればそれだけ上納金が増え、山健組の弱体化につながる。弘道会にとっては一挙両得だ」(同前)








W ローラ & えーすた

T川J & UちKる

春馬さん直結ではないけど、
こういうケースがあるんだ、という話として。

Jニーズを辞める(注: 1977年10月末)半年ぐらい前には、テレビ番組の収録が毎日あるほどの売れっ子になっていました。ギャラもすごかっただろうと思われるかもしれませんが、意外と安いもんでした。16歳でデビューしたときは、月3万円。翌年には12万円にアップしましたが、結局最後までその額は変わりませんでした


 ただ、タレントのプロモーションには、おカネがかかります。僕にも3500万円ほどかかったと言われていました。事務所も、まずは投資額を回収しないといけませんからね。


 だから、ギャラが不満で辞めたわけじゃないんです。じゃあなんで辞めたのかというと、僕が孤児だというのを強調する売り出し方がイヤになっちゃった。合宿所で一緒だった男の子に「なんで自分の不幸を売り物にするんだ」と言われたのもショックで…。


T川氏。

1975年(17歳頃)デビュー、

当時でプロモーションに3500万ほどかかった。


それから30年ほど経ったころ円満移籍し

春馬さんデビュー。

プロモーション費用は、3500万ではすまないだろう。


…春馬さんが19歳の頃芸能界を辞めたくても辞められなかったのは、非血族による借金(をなぜか春馬さんが背負わされ、その)返済と、上記のようなタレントプロモーション費用の回収(もしかしたら、地元養成所での費用込み?)、という芸能界特有の事情が理由と思われます。

決して家のローンではない(離再婚後は義親族の持ち家に住んでいたのだから、ローンもない。「ローン」と言った秋刀魚氏に、春馬さんは「うーん、でもそんなニュアンス」と、ローンではない返しをしている)。


お母さまは土地持ち・名士のご家庭のご長女。

お父さまお母さまは普通に働いておられたようだし、

名士の子息の結婚なら、それなりに釣り合う人と、となるだろうから、普通に生活する分には、むしろ裕福だったのでは。

散財とか借金とか、そんなのは違うかと。

子を働かせて儲けよう楽しよう、なんてお家ではない

(お仲間媒体ストーリーではそういう設定でも)(春馬さんブレイク後もお母さまは働いておられる)。


もう一人の血族外の人のお勤めの話は聞かないけど。




豊川誕は、Jニーズアイドルとしてデビューした際に、天涯孤独の孤児であることを売りにして話題になりました。

豊川氏も、不幸売り(事務所戦略)は嫌だった。


他方、


裕福な家の子として生まれ愛され可愛がられて大きくなりました、も、ね… 


戦略で、あれこれ、設定変えますよね。


(かつての雑誌記事の一節に

《4月5日、三浦春馬は23歳になった。子供のころから愛されてきた"かわいい春馬くん"の顔が、急速に変わってきている》とあるのを見ました。

ユニでも"カワイイ"担当だったそうだし。

単に、子役として、また、お顔のことだけを、愛され&かわいい、としているのではなく、実際愛され可愛がられる"かわいい春馬くん"だった。

23歳のころは、自他ともに認める…。

事件をジにしたくて孤独だ毒親だと流しただけ)


話をT氏に戻して、

1975年3月21日、シングル「汚◯な◯悪◯」でレコードデビューを果たしたT川J。

ソロのアイドルとして高い人気を誇りましたが、活動期間わずか2年後の1977年10月にJニーズ事務所を退所し、芸能活動を一時休止しました。


Jニーズ事務所を退所したT川Jは、所属レーベルであるC◯S・◯ニーとの契約が残っていたことから、再デビューして歌手活動を再開しました。


所属先を退所しても、所属レーベルとの契約が残っていたから再デビューして歌手活動再開?


wikiには


1977年10月末、Jニ◯ズ事務所を離れ活動を休止したが[12]、C◯S・◯ニーとの契約は残っており[13]、1978年6月、フリーで歌手活動再開その後矢◯永◯の関係者がT川の個人事務所として設立したエ◯サ◯ン◯ー◯ラ◯ズに所属し、「T川Jー」名義で再デビュー[14]。自身のファンクラブの社長も兼ねた[14]。同年8月、東京・青山タワーホールにて復帰コンサートを開催[14]。名古屋市、大阪市、姫路市とコンサートツアーを行い成功を収めるも、同年10月発売と予告されていた新曲のリリースに至らず、1979年4月、Jニ◯ズ事務所に復帰。同月のK崎M世のコンサートにゲスト参加したが、なおも新曲のリリースが叶わず、翌5月に再びJニ◯ズ事務所を退所


春馬さんが歌手活動させられたのも

もしかして似たような背景や経緯だろうか?


映画公開を延期して退所タイミングを引き延ばす…みたいなのもあるし。


2018年に何かあった、と言われるけど、

もしかして、退所のはずが、

系列の音楽部門事務所との契約は残り…とか?


音楽部門のマネがついたのもその流れ…?


もしかして、ファンクラブやオフィシャルサイトやカレンダーも新(or個人)事務所でスタートするつもりで、某所のはストップ、とか、あり得ない話だろうか?


退所しても一部契約(仕事)は残り、

新作を世に出せず、

また元事務所に復帰… 


wiki前の記事に話戻して

現役アイドルにも関わらずアイドル同士で交際していたことで、雑誌「週刊平凡」が

熱愛をスクープしてツーショット写真も撮られてしまいましたが、当時のマネージャーが200万円を払ってスキャンダルを揉み消したという情報が残っています。

マネがお金を払ってスキャンダル揉み消し。


逆に、仕込む(売る)場合もある。

事情変われば味方だった人が敵に。諸刃の剣。

覚◯剤で最初に逮捕されたのは1998年1月のことです。当時、僕は六本木のビル3階でショーパブを経営していました。そこに地回りのヤ◯ザが客として来たのがすべての始まりでした


店の中で、わがもの顔で暴れ回るんで、「何をやってやがる」と追っ払っちゃった。僕はこれでもボクシングをやっていて腕っ節には自信がありましたから、出入り禁止にしたんです。


そうしたら、翌日からそのヤ◯ザが嫌がらせにくるようになった。お客さんは怖がって寄りつかなくなるし、店でメチャメチャに暴れるし…。


ある日、店で働いていた女の子を送った帰りにさらわれて、新宿のマンションに3日間、監禁されました。室内でウイスキーを「飲め!」と何杯も飲まされて意識はもうろう。気がついたら、2人がかりで押さえ込まれて無理やりシ◯ブを打たれていました。


地周りのヤ◯ザが客として来て店内でわがもの顔で暴れるから追い払ったら、翌日からそのヤ◯ザから嫌がらせ。


こうやって、言うことを聞く(お金を払う・従う)しかないようにする… 


春馬さん周辺で、こういうやりかたで、言うことを聞くしかないようにされてないか?(過去も)と不安になる。



さらわれて3日間監禁

ウィスキーを何杯も飲まされ意識朦朧

薬◯



続いてこちら


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%81%E3%81%8F%E3%82%8B!%3F

NBぷろがが企画制作

企画 NBぷろ

制作 NBぷろ(幹事放送局:Fジ◯レ◯)

プロデューサー ◯和田U一(ワ◯NB◯ン◯ー◯イ◯メ◯ト)

Fジ◯レ◯日曜正午枠の番組は「NBプロダクション制作枠」として、1976年4月から引き継がれており(N山司会で現在も特番として続く『ク◯ズ・ド◯ミ◯ド◯!』など)、クレジット上はNBプロダクションの制作とされるが、実際の番組制作はワ◯NB◯ン◯ー◯イ◯メ◯トが行っていた(後番組も同様)。

テレビ局が番組を作り芸能事務所にタレント出演を依頼するのではなく、芸能事務所が番組枠を買い取り、自社タレを出す。

キャスティングの段階で他事務所と争う(負ける)ことなく、自社タレにレギュラー出演させる(露出機会多=売れてるように装う)ことができる。

Jニ(NBぷろ系)も、Jrの番組枠や、自社舞台で、仕事(=お金)を生み出してた。


留学強制帰国&オトナ〜出演(主演)は、


もともとJニ枠でK取S吾が情報番組司会してたのをnew's'mapになるから元事務所は取り上げたくて、

でも、系列事務所で番組枠は死守したくて、

ドラマ枠に変更して、

その1発目作品の主演を、敵が少ない春馬さんにした?

そのタイミングがいつになるか、というだけの話(既定路線だけど、いつになるかは各関係先との調整次第)で、整ったのが春馬さんの留学と重なった?

と見ています。