考察材料と備忘録 -109ページ目

大きく育てる会

年表まとめて改めて見てみると、
幸せなご一家が、
だんだん別の物に支配されていくのと、
あるポイントで一気に人・事(お金)が動く感
そのポイントポイントで出没する存在(個人、組織、団体)、
呼応に

戦慄…


1997年=春馬さん(つくばK小に)転校


同年=つくばに"三浦春馬くんを大きく育てる会"、発起人は当時の市長、メンバーは県議、商工会長等15名ほど 


https://www.jprime.jp/articles/-/21383?display=b&_gl=1*10vrh2f*_ga*Si1xaEdfSWI3WVJUUUVCLTIzWHBpOGhrbHY2VUM4TDZ0RUFwelRZenVvU1pvQkhFWDE4U0trQ09lR3JZWkY1Rg..

春馬さんが7歳のとき、地元で“三浦春馬を大きく育てる会”がつくられる。

県議の方市長さん、商工会の会長さんなど、地元の名士の方に実行委員になっていただきました。1000人以上集めて春馬の映画を公開し、実行委員のみなさんに舞台挨拶をしてもらったこともあります。地元のお祭りで市長さんに、春馬と手をつないで歩いてもらったことも。それだけ私も、春馬のことは目をかけていたというか……」


地元の名士…

春ママさんご実家も("大きく育てる会"の地とは違うが)名士でしたよね?

話は飛びますが、某所の(副社長rmkと同姓の)

女優の実家も地元で名士、だとか。

同類項…安心感…?


地元の名士に実行委員になってもらい、

舞台挨拶してもらい、

お祭りで手をつないで歩いてもらい…


って、これだけのことを

開設数年の芸能事務所兼養成所が単独でできるの?


https://auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/k40773121

もともと自身も芸能人?まさかNBぷろ所属? 

だとしたら…

(ちなみに、この3人、とある(CM)オーディションの1,2,3位。2位3位の人。片方は芸能活動続けてて"信心"あり。もう片方はセレブ婚。1位はwikiなし(ということは?))



2015年の段階で、次のような書込がありました

(漢字違い等ありますが、原文ママ)。

#439 2015/08/16 22:55


#497あなたの話は本当ですよ。


2002年三浦春馬君のお父さんは、松葉会小島一家内林から、山口組後藤組に乗り換えたんですよ。


春馬君を芸能界の底上げするためにね。


「協力者として劇団倉英の加藤真由美社長のちからも借りて。バックは中国マフィア。


「春馬君は、宮本武蔵の城太郎役を抜擢されて、一番大事な時でしたからね。


「三浦春馬君のじい様が真鍋の金持ち経営者。


「ホストクラブ笹ですよ。その後笹本けんさんが、 後を継いで、ホストクラブnew笹、ダイニングバー笹、 キャッツアイ、デリヘルの経営者。


「芸能界の人間を接待するのに都合が言い訳ですよ。


春馬君のお父さんなら、良く土浦桜町のキャバクラ行ってるのを噂で耳に挟むよ。

この"お父さん"は非血族のほうですね


話戻して


こんな小さな子をこんな(形で)早くから囲い込んだら(囲い込まれて)、その後(逃げたくても)逃げられないよね…と書いた人がいました。


確かに友達・遊び相手、で済まなくなってる。

親御さんの思いと明らかに違う動き、流れがあった。

だから春馬さんも後年(インスタに英文で)「親は自分に、有名になってほしかったわけでなく、友達ができたら、と入れてくれた」とあえて書いたのかな?

MUSASHIの頃には「両親が」、英文インスタには「母が」と。


決して決して、(春馬さんご一家が)望んだ結果、ではない…

望んだ過程、でもない。


話は飛びますが、『伏せておくには苦しくて』より

S本さんは演歌のU山◯ひ◯しとC5のマネージャーさんと土浦でホストクラブを何軒か経営されていたんです 

そのつながりで若者だけのC5(2)を 作り(古いC5もメンバー)プロデュースしましたが失敗してしまい小さい春馬くんに多額の借金が出来たんです

スポーツショップなど地元の後援者も沢山いたのですが新人グループの売り出しは簡単なことではありません。 

10代の若者が多額の借金を抱えて生きることは幸福には遠く大人になるにつれて親への不信感や疑問が湧いてきて辛かったといます

お父さんがpdしてたC5(2)ですが黒歴史なのか? Googleの検索エンジンにも出てきません 

Aミ◯ー◯も隠すでしょ? 

このような話しは芸能人には多い気がします 

地元の後援者のスポーツショップ、とは、サ師匠?

もうこの段階で、事件後顔出し名出しでインタビュー受けた方関係者が出揃っている…

そして、この話は前段に「S本さんの話」とある。

事件後に書かれたブログだが、ママさんの話もご実父の話もない。

S本+C5マネ+新生C5+地元後援者+某所の話。

同一人物か分からないけどC5マネ、その前にご実父が亡くなり、ママさんは叩かれ、それ以外の登場人物たちは元気。


次も、表記は原文ママ

けんゃんの息子のファンかいな。

笹本健一の息子が、笹本春馬や。

劇団倉映アミューズアクターズスタジオつくば。

代表取締り役社長が加藤真由美。

つくば市ニノ宮に有るブラックドールの経営者だよ。

調べて見るといいよ。

うちらのお陰で成功したようなもんだ。

まぁ裏知らないファンの連中はめでたいよ。

https://www.ekiten.jp/shop_1354231/




《うちらのお陰で成功したようなもんだ。

 まぁ裏知らないファンの連中はめでたいよ。》


「けんゃん」と呼べる"うちら"。

自分たちのお陰で春馬さんは成功した、という見解の"うちら"。


春馬さんが辞めると言ったら、

黙って「ハイどうぞ」はないでしょうね。


覚醒ナックルズの記事より

https://k-knuckles.jp/1/10744/2/



一部報道では、絶縁していたという母親元風俗嬢で飲食店経営失敗などで多額の借金があり、そこからの人間関係やカネのトラブルが、三浦さんにふりかかっていたとあったが。


「もし本当にそうだとしても、所属は泣く子も黙る最大手のアミューズ。裏からでも表からでも手厚いサポートで解決する事は容易だったはず。どんなことをしても守るべきはタレントであり、三浦さんは芸能界の宝。こうなってしまったのは、三浦君の悩みにちゃんと向き合えなかった事務所のマネジメントの責任でもあるのでは」(アミューズに近い芸能関係者)


その大手過ぎる事務所が、あだになったということもあるのだろうか。


「極端な話ですが、もし三浦さんが母親絡みの良からぬ連中から脅されていたとしても、本人が対応せずに事務所サイドが解決出来たはずですよね。しかしアミューズは一部上場企業でコンプライアンスの厳しさは芸能界随一。どれだけ力があっても、そういった人物との接触は御法度。上場していない他の大手事務所だったら秘密裏に対処することも可能だったのでは」(同前)


もちろん、そのような“脅し”に対する深い悩みが、死因と断定されたわけではないが……『もっと事務所が上手く立ち回っていれば、守れた命だったのでは』、と考える業界関係者が多いのも事実だ。

母親絡みの非血族氏、その非血族氏絡みの良からぬ連中、

ってことですよね?

それを「母親(絡みの非血族氏)絡みの良からぬ連中」と。


母親、親、両親、家族…

名付けはご実父方親族なのを、離婚後は母が、と統一するなど、

文字通り言葉通りの人だけを指しているわけではないですよね、

春馬さん記事や春馬さん発信内容…




話戻して



市長さんと春馬君が手をつないで歩いた市長さん…?

つくば?土浦?


つくば&1997年なら


https://ja.m.wikipedia.org/wiki/Template:%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%B0%E5%B8%82%E9%95%B7

つくば市長

倉田弘1988-1991 

木村操1991-1996 

藤澤順一1996-2004.11.16 

市原健一2004.11.17-2016.11.16 

五十嵐立青2016.11.17-

https://newstsukuba.jp/14954/14/05/


農業、バラ…



土浦1997年だったらこちら↓の方

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A9%E5%B7%9D%E5%BC%98%E4%B9%8B

助川 弘之(すけがわ ひろゆき、1928年〈昭和3年〉3月22日[1] - 2013年〈平成25年〉9月8日)は、日本の政治家、教育者、医師、市民運動家。


(中略)


第16・17・18・19代茨城県土浦市長[3]、茨城県公安委員長を歴任した。旭日小綬章受章者。

茨城県新治郡土浦町敷島町(現・土浦市桜町)で生まれた

市長、公安委員長、土浦・桜町生まれ…

1987年の土浦市長選挙に立候補し初当選。以後、1991年・1995年・1999年の市長選にも当選し、4選を果たした。


晩年も土浦市に住み、霞ケ浦の再生を考える会に会長に就任して霞ヶ浦の保護を訴え続けた。2013年、旭日小綬章を受章。同年9月8日、すい頭部がんによる衰弱のため85歳で死去[4]


《2017-18年頃 地元の噂「春馬さんの強力なバック?スポンサー?がいたが(亡くなったか立場を失ったかその他の理由か分からないけど)そのバックアップを受けられなくなったからどうなるんだろうって心配されてた」 》


春馬さんの後ろ盾で亡くなった方って、地元だとこの方のこと? 

影響出るには時差はあるとはいえ2013年だと日が経ちすぎかな?

ならば、ご親族の有力者?

事務所だとH中氏だろうけど。

その複合? プラスアルファも?



県議のひとりは多分この方の父龍太郎氏

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%86%85%E3%82%BF%E3%82%B1%E3%82%B7

父 龍太郎は茨城県の保守系地方議員であり、土浦市議会議長を務め、筑波研究学園都市の推進役

タケシ氏はNBぷろ、その前に明治大学にも在籍期間あり。

NBぷろで明治大学というと、NBおさみ親子も関係者。

何かルートがあるの?


どの町のどのおまつりかは分からないけど

春馬さんご一家と一緒におまつりのお手伝いをした

友だち家族が存在する旨書込あったような? 

地域のイベントを友だち家族と手伝うって、なかなかないよね?

家族ぐるみでつきあい、が就学前も就学後も引越し後もあるご家庭… 



おまつり
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%8A%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%B0


1997年(平成9年) 青森小ねぶた導入し、センター広場でねぶたまつり(つくば青年会議所)実施。

1998年(平成10年) 土浦学園線を通行止めにしたまつりパレード実施。

時の警察署長の名言「大動脈を通行止めにするに当たって、平成になって最初で最後の通行止め」

2000年(平成12年) まつりつくばに参加する神輿団体でつくば神輿連合設立。

2001年(平成13年)

パレードが2日間開催になる。

日本一つくば万灯大神輿(つくば神輿連合)が初渡御をおこなう。

2004年(平成16年) この年より開催が毎年8月最終土日に変更となる。


http://tradevents.life.coocan.jp/wiki.cgi?p=%C5%DA%B1%BA%BB%D4%C6%E2%A4%CE%B5%C0%B1%E0%BA%D7%A4%EA%A1%A6%B2%C6%BA%D7%A4%EA

土浦市周辺では、祇園祭りのこの時期に例祭が集中している


追加(同日)

http://blog.livedoor.jp/motenai_ibaraki/archives/51661685.html

土浦キララまつり 2010 山車もイバライガーショーも
2010/08/08




おまけ。
その名や曲を使うなら
元事務所に許可取ってるのよね? 
関係者よね?

ひとつ当たれば何度でも… 
ひと粒で何度もは8の手だけど
何番煎じ…

後川清 & ホットファイブ プロフィール 日本のコーラス・グループ。1952年9月11日生まれ、茨城県出身のものまねタレント、後川清(本名は鈴木勉)が中心。後川は90年の第一興商カラオケ大会敢闘賞を皮切りに、歌唱賞、特別賞と受賞を重ね、92年にテレビ東京『そっくり大賞』に出演。95年に歌手デビューし、「心は恋雨」「湯殿川ブルース」を発表。97年より“ソックリタレント”後川清として人気を博し、2002年に後川清&ホットファイブを結成。前川清と競演を果たす。2006年には宮本悦朗、小林正樹を従え「長崎は今日も晴れだった」をリリース。2017年に心臓を患い、闘病生活を続けていたが、2019年2月26日に東京都内の病院で心不全のため死去。73歳没。 2019/03/06 (2019/03/07更新) (CDジャーナル)




年表 revised


誤記誤解釈、抜け落ちもあるかもですが… 

改訂版を以下に。

(撮影時期が不明なものは公開時期で書いたり、年は分かっても月や順までは把握できなかったりで、実際の時系列通りを記載できているわけではありません、悪しからず)

(要加減修正項目等、お気付きの方、ご指摘お願いします🙇)

(加筆修正続々)



1960~ G藤組(~2008年) 
1967年~=C5①活動開始 
1969-70頃 KルトがG組の力を必要とし、1975-76 関係が始まる 
1977年=A社設立 
1987- C5①がNBぷろを飛び出し低迷期&どさ回り)
1990年4月5日=春馬さん誕生 
1991年5月以降=暴対法 
1992年=新生C5②スタート(by義父&マネ(& NBぷろ以外の芸能事務所の関与は?)) 
1993年7月20日=チャリティ開始 (~2020) 
1994年=soei(芸能事務所兼養成所) 設立(公共施設を借りて活動)&春馬さん入所 
199x年=親御さんが借地に家を建てる
1996年=春馬さんつくばN小入学、『あぐり』(放送は1997年)、両親離婚?  夏には家族で海へ旅行(毎年)
低学年のときに毎年夏休みに大洗に家族で旅行に行った
(小さい頃は毎年家族で海の近くの旅館に泊まった)
一番よく覚えてるのは小学1年生の時、波が怖くて沖の方まで行けなかった僕をお父さんがガシッと捕まえて、ふざけて沖の方まで連れて行ったんです。僕はびっくりして「怖い、怖い~!」ってビービー大泣きしたのが忘れられない(笑)-JUNON2008.7.23
1997年=春馬さん(つくばK小に)転校
同年=つくばに"三浦春馬くんを大きく育てる会"、発起人は当時の市長、メンバーは県議、商工会長等15名ほど 
1997年くらいまでC5②活動実積あり
1997年 家族旅行(海?) 
1998年  家族旅行(夏は北海道、冬はスキー)
1999年公開『Nile-ナイル-』(小2の終わり(春休み?)撮影)
2000年7月 つくばYOUワールド(=レジャー施設。ボーリング・クライミングジム・映画館・インドアゴルフ・天然温泉等)開業、春馬さんは家族でよく遊びに行った発言&地元民目情あり。10歳までは実父と接点、との話もあり。春馬さんは、芸能事務所兼養成所以外に、公文、空手、(小中学校で各2年)サッカー等にも通う。
2000年『雨に眠れ』
2000?2001?年=春馬さん(土浦M小に)転校、義父と同居開始? 
2001年=創英が自社スタジオ開設(つくアクとして?)=モール505(2階)に移転(キッチンバーは3階) 
同年4月=女性マネkt新卒入社
同年9月=A社株式上場(大阪) 
2002年=義父が"春馬さん芸能活動底上げのため"G組へ移籍、春馬さん『MUSASHI』抜擢 、『森の学校』、2002〜2005年BB活動
同年=C5③が活動開始 https://tower.jp/artist/399020 (義父の関与は不明)
2002年8月27日放送『明智小五郎対怪人二十面相』(中国大連ロケ)
(2006年=C5①オリジナルメンバーも参加、このメンバーが後年金故意K村作品に出演) 
2003年3月3日=お茶(マルチ)会社設立
2003年=春馬さん中学校入学、母親再婚&春馬さんS本姓に 
2003年12月3人(組)某所と養成契約
2004年3月=A社株式上場(東証二部)
同年=夏開催の創英(つくアク)発表会パンフに某所広告
同年7月=春馬さん3人組がA社に移籍 、
(2003.10-2012.3末: Mツカズ氏A社所属) 
(A社は15歳で内部オーディションあり? 2歳差のMツカズ・Sズカズは春馬さんに先立ち受験?) 
この頃、親御さんは「友人に」お茶ビジネスを紹介された
(2004年=ktがKGの担当に)
2004年9月18日ストリートライブ(これを最後に活動休止、ファイト撮影)
(2005年(俳優部門が弱かったA社は子役実績ある)春馬さん&神木を獲得済) 
2005年5月5日BB活動休止宣言
2006年12月=つくアク(旧soei)閉校  
2007年~ 春馬さんチャリティイベント参加 
2007年4月26日にP3娘のマネ病死→春馬さんマネFがそちらに移る(後継がT橋YマネのY? Yは2007にTをスカウト→Tは2008年所属2010デビュー(その間Yは2タレントを兼任?))
2007-18年 (春馬さんの良き理解者&A社創生メンバー四人のうちのひとり?)H中氏が代表取締役社長に
2008年9月 サ師匠著作権法違反で逮捕 
同年 G藤組組長引退 
2009年(ブラマン&サムハイ頃)春馬さん(芸NO界/人を)辞めたくなる (同年2月: Sズカズ氏芸能界引退)、香港訪問(公式(俳優)仕事でもプライベートでもなく) 
同年 C5②のボーカル担当者がIバライガーイメージソング 
2010年4月 村木さんじゃないM木さん入社?現場マネに?
2010年以降=暴排条例 
2011年=春馬さん個人事務所設立 
同年=G藤組元組長カンボジアに移住 
2012年冬 村木勲さん永眠
(2012年3月末 MツカズA社を辞める)
2013年=母親が義父と離婚? 春馬さん辞めたくなる(大叔父に義父との縁切を相談(2016?17?年にも?) プライベートでトラブル等) 
同年 A社韓流ミュージカルシアター(→失敗。ネット掲示板に「勘弁してくれ。今度は三浦春馬が人身御供にされる」書込あり)
マネA氏ラスシン以降(KKと兼任、海外赴任で数年間春馬さん専属から)離れる(帰国後春馬さんチームのチーフマネに)
(2014?)2015・2016・2017年頃=ラオス(カンボジアも?)訪問 
2014年4月5日 土浦桜町にてある8が組を設立 
同年 ブロードウェイで『KB』
同年6月4日 ギャラクシー賞贈賞式欠席
同7月18日 日本の最高裁判所が「永住外国人は生活保護法の適用対象ではない」と判断
同年『クイック・ジャパン』8月号にて小栗「やっぱり組織ってとてつもなくでかいから、自分は誰かに殺されるかもしれない、くらいの覚悟で戦わないと、日本の芸能界を変えるのは相当難しいっすね」発言(2018年にもTwitterで労組に関するつぶやきをして反響を呼ぶが、2019年1月1日までに削除)。
同年9月12日 ライブドアニュースに小栗・役者労働組合の話(春馬さんもメンバー)
同年12月31日 ネット掲示板に「死に一直線→」書込あり
2015年2月 ネット掲示板に「事務所と揉めてんだ」書込あり
同年=母親と絶縁? 、ラオス病院建設 
同年 (2013年に離婚したはずの)"両親"が"事務所に無心"
同年9月 ネット掲示板に「売れてるのはうちらのおかげ」「裏知らないファンはめでたいよ」書込あり
2016年1月=事務所が新日本プロレスと業務提携
2016年6月=元長官が社取に 
同年7月5日 春馬さんS生会病院HPに登場
8月12日 S原K春ラジオに出演
2017年2月14日 S原との写真
2017年2月27日 2016年度の第24回読売演劇大賞の杉村春子賞贈賞式
2017年3月13日 『日本製』の取材で広島の梶矢さん宅を訪問
1ヶ月後 梶矢さんに直筆の手紙「母は、母の祖父◯◯さんの話が梶矢さんや皆さんに伝わったということは、◯◯さんが当時生きていたという証が繋がったということだから、◯◯さんもきっと喜んでくれているよと言っていました。こうしてまずは家族から 忘れてはいけないことを 繋げていくことが どんなに大切か 身を持って感じました」
2017年4月12日世田谷局消印で梶矢さんの元に(カーディガンのお礼)お手紙
4.3 2019大河いだてん主演発表(この時点で2020大河主演内々定はないか? 普通のドラマは2年前にはスケジュールおさえるが、大河はそれよりも早くに…)
2017直虎の主演発表は2015.8.25
2018西郷どんは2016.11.2
(2019いだてんは2017.4.3
2020麒麟は2018.4.19(麒麟以前に春馬さん大河の話はあった説)
2021青天(渋沢)は2019.9.9(他の出演者発表は2020.7.10、「撮影は2020年7月下旬〜の予定」と7/10付の記事にある)
(2019.9.24付 林真理子との対談記事リリース)
春馬さんは当初半年の留学予定(9月か10月まで)だったのを、切り上げて帰る際に、日本不在が不都合な事態を理由にされなかっただろうか?(遊んでないで帰ってこい時間を無駄にしてる、程度では帰国しないだろうから。仕事(不祥事の尻拭い)とプライベートが理由と公言しているが、伏せている(他の、本命の)理由もあるのでは? 緊急性や強制力がある理由。マネ交代/事務所と揉めて辞めるとか、親の飲食店が不渡り出したとか?)

2017.4.10 O栗義兄演出舞台『進撃〜』点検作業中に転落○
同年4月半ば 春馬さん留学開始、6月上旬強制帰国
(同年6月8日 K出記事(5月9日)がfridayに。同月10日 示談成立)
同年6月25日株総でH中氏がK出の件で謝罪(5月に退任説あり)
2017年=(2013年に離婚していたはずの)母親と祖母が土浦の家を出る? マンションを母親に。実父と再会 
(9月13日 K出書類送検、12月20日 K出不起訴処分)
同年12月7日 春馬さんチャリティ見える化実現記事 http://jaras-web.net/news/event/8812
2017-18年頃 地元の噂「春馬さんの強力なバック?スポンサー?がいたが(亡くなったか立場を失ったかその他の理由か分からないけど)そのバックアップを受けられなくなったからどうなるんだろうって心配されてた」 
2018年 長年のマネと引き離される(ktとAはマネチームに残留)、(大河主演内定?)殺陣を習い始める、母?を通じて実父手術話知る
同年3月 保養所建設開始
同年 大株主がgsに&ロゴ変更
同年5月25日 後輩女優とのツーショ掲載(スキャンダル隠し?説)
同年11月5日『家族に乾杯』放送。「つくばの東光台で生まれ育った」旨発言
同年12月1日 aaa名称を2020年に変更すること+サイトSNSが2020年11月末終了することが発表される
同年12月23日《人間は期待せずには居られない》ツイ
2019年2月13日 H中氏、病気治療のため入院(公表?)、4月1日付で社長を退任
同年4月15日 Y本興業とAミューズに是正勧告 上限超える長時間労働(Aミューズは、残業時間の上限を決める労使協定を結びながら渋谷労基署に届け出ていなかったとして同署が13年8月に勧告。18年10月には、月に1日も休まず働いた従業員がいたとして再び勧告を受けた) 
7月8日 大河降ろされ後輩にスライド?
7月18日 京アニ事件
9月9日 2021大河青天(渋沢)主演発表(他の出演者発表は2020.7.10、その日付の記事に「撮影は2020年7月下旬〜の予定」とある)
9月24日付 林真理子対談記事
2019年秋? 春馬さん芝浦に引越 
2019年12月31日 rizin観戦
2020年1月1日 インスタに異変?(過去投稿が消え、新規投稿写真は黒枠に)
2020年1月8日〜3月11日日本テレビ系水曜ドラマで『知らなくていいコト』(設定/舞台モデルはB春?)
2020年1月9日 週刊文春でK田K祐22年ぶり連載開始
2020年1月29日 《国力ツイ》
2020年2月 ハンサムライブ(特別出演&挨拶)
2020年4月5日 誕生日インライ
2020年4月26日 歌つなぎ、あまおうとちおとめ
2020年5月3日深夜3時 S田インスタライブ
  5.13 金網つじ 
  5.20 比嘉愛未 
  5.30 ダルマ 
  6.05 100万フォローのお礼 
  6.13 ハリーポッター 
  6.26 Weibo 
  6.28 醤油 
  7.10 Weibo (白いシャツの) …

2020年5月23日 K村花さん
2020年5月30日 改姓
2020年6月8日 ♪NDのMV撮影
2020年6月22日=春馬さん個人事務所登記姓(代表者)変更 
2020年6月末日=H中氏・T橋優&マネ(春馬さんのマネも務めたY口氏)が退所 
2020年7月=マネ交代(現場マネ&チーフマネは継続?)
2020年7月10日 2021年大河(青天〜)の他の出演者発表、その日付の記事に「撮影は2020年7月下旬〜の予定」とある)
2020年7月10日 金故意K村色紙インスタ「最後の審判(仮題)」
1週間前 春馬さんと接触あった人複数()
2020年7月14日 金故意番宣動画公開
2020年7月15日 『日本製』シークレットイベント延期の告知(出版社&春馬さんの各公式ツイにて)
7月15日までジェリーミッチェル氏は(7月27日のローラとエンジェルスのネットのチャリティーイベントに春馬君出てほしくて)出演依頼していた
2020年7月17日 検事総長交代、友人がLINE送るも既読つかず
2020年7月18?日=春馬さん事件 
2020年7月20日でaaaも「見える化」事業も終了(名称を変えてチャリティは継続)
2020年11月30日 aaaサイトSNS終了
2021年1月=ご実父急逝 
2021年3月=C5①のマネ(の一人)W久井氏が亡くなる (春馬さん事件後、W久井氏までの間にIバライガー関係者(20-30代女性)も亡くなる) 
2021年春=母親と義父の再婚説が流れる 
2021年A社山梨移転 (義父移籍先G組の後継R組が手引)


ヤフー知恵袋にこんなやりとり、回答があるようですね。
↓↓↓
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1422122954?__ysp=QnJhc2ggQnJhdHMg6aSK5oiQ5aWR57SE&s=03


2009/1/11 11:57


三浦春馬は同じ茨城出身なので好きです。


三浦春馬のバンドはMGHZが最初で

どんどん人を増やしながら名前が変わるユニットを組んでました。

人数は流石に思い出せませんが


MGHZ(メガヘルツ)

→NEEDS(ニーズ)

summit(サミット)

→KEEP OUT(キープアウト)

INAZUMA(イナズマ)

→BrashBrats(ブラッシュブラッツ)


の順です。

確か2002年から2005年の3年間活動していたはずです。


ブラッシュブラッツの後、俳優の仕事が多く来たために

活動休止をせざるを得なくなったという経緯です。

それで今の俳優で活躍している三浦春馬がいます。


2009/1/13 23:42


三浦春馬くんはつくばアクターズスタジオ時代に松永一哉くん、鈴木一哉くんと「BrashBrats」っていう名前のダンスボーカルユニットで活動していました。

ただ「BrashBrats」っていう名前で活動したのは2004年8月9日から活動休止宣言をする2005年5月5日まででそれ以前は

2002年2月・MGHZ(メガヘルツ)

2002年5月・NEEDS(ニーズ)

2002年12月・クライムアップ

2003年3月・Summit(サミット)

2003年12月・KEEP OUT

2004年2月INAZUMAって名前で人数構成も今と違う形でやっていました。3人でするようになったのは2003年の12月、アミューズと養成契約を3人が交わした時からになります。


ちなみに「BrashBrats」のユニット名は2004年8月10日の亀戸・サンストリートでのイベントにHEADS出演したときに発表され、当時の松永一哉くんのユニット名の紹介時の説明だと「がむしゃらな小僧ども」って意味になっています。


またダンスボーカルユニット「BrashBrats」が活動休止した直接の原因は三浦春馬くんがNHK朝ドラ「ファイト」の撮影が入って2004年9月18日を最後にストリートライブができなくなったことからで、ストリート休止後も3人はスタジオで会っていましたが、3人それぞれの方向性に違いが生じたのも要因の1つになっているようです。


3人のことは「三浦春馬・松永一哉・鈴木和也応援サイト-Brash Brats Side.ver5」ってサイトを見るといろんな情報が出てきます。

http://bbside.nomaki.jp/



アクターズスタジオ時代には、松永一哉、鈴木和也とともにBrash Bratsを結成していました。

しかし今は彼のソロ活動(俳優業も含め)が多忙な為、活動休止中。








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