
「だから忘れない」さん〜
スクショより(🙏拝借します🙇)
(タイトル?ペンネーム?)
だから忘れない
唐突なことで大変恐縮ですが、三浦春馬氏(30歳)は責任感と正義感強く、とても心根がやさしいこともあり、国際社会貢献には力をいれていました。
しかもチャリティの一環としてラオスの小児病院には自らが先鞭を切って彼が実際に慰問し始めました。
現地の医療関係者や子供たちとの交流を図る中で、数年前から自らが募り集めたチャリティ資金の流れに不明朗な箇所があることに気づき、主催者側らに相談するも動きはなかったため、資金の明朗化の推進を図ろうとしていました。
この資金の流れには既に20年以上の経過があり、その闇には(原文ママ)とても深いものとなっていました。
結果的に三浦春馬氏の資金明朗化の推進は、不正流用先にとり死活問題となることから、今般7/18の強行(原文ママ)に及んだことが背景にあります。
どうにかこの無念をと考えるも......7/18からの時系列の恣意的な操作・各報道の弱腰対応・警察・消防・病院等での徹底した隠ぺい工作等々。
これら一連の事象は、すでに一般人の想像をはるかに超えており、その闇の深さには手の届かないた計り知れないものがあります。
こちら↑「思いを遂げたい」さんと
同じ方による投稿ではないか?と
読むたび&個人的には、思う。
【GoTo】
2001年、肝臓移植〜米国入国のため
連邦捜査局に情報提供取引
2003年、アメリカ捜査当局がGoTo情報を元に
Y口組資金没収
(Y口組弘道会損失約54億円、GoTo組損失0)
2006年、不動産取引を巡り逮捕
2008年、引退
2009年、会得(法名忠叡)
2010年、映画制作、自叙伝出版
2011年、カンボジア移住
2012年、伯爵称号、2006年の事件の有罪判決確定
2015年、アメリカOFACから金融制裁指定を受ける
2016年3月 帰国
2026年(令和8年) 2月8日 4去
(2月16日通夜、17日葬儀告別式)
プレスリリースでは、資金洗浄などを通してB力団関係者の世界的な非合法的活動を支援していると指摘し、後藤の本名と法名「忠叡」や、カンボジアでの称号を冠した「アジャ忠叡」の呼称が掲載された。
世界的な非合法的活動って、
人(幼児)のバイバイとか、えぷ〜とか、
てしまとか含む?
【あああ】
1963年 かんぼじあ協会設立
1993年7月20日 あああ設立
1994年 春馬さん地元芸能事務所兼養成所に所属
2002年 ギフ組移籍
2004年 春馬さん某所へ円満移籍
2007年以降 春馬さんが活動に積極的に参加
2009年 &ー、長官に
2010年 &ー、Y口組中核組織弘道会の
取締強化強調
2011年10月 暴排令施行、依願退官
2014年 春馬さんラオフレンズ小児病院視察
2014年 かんぼじあ協会一般㈳化(組織体制整備)
2016年 春馬さんラオフレンズ小児病院視察
2016年以降 春馬さんあああメイン(MC含む)活動
2016年6月 &ー、某所社外取締役
2017年 春馬さんラオフレンズ小児病院視察
2017年 春馬さんマネ交代
2018年 春馬さんマネ4去
2018年 「2020年7月活動終了」発表
2020年7月18日
2020年7月20日 活動終了(公式サイト上明記)
2020年9月4日 三浦春馬基金の年内立ち上げを発表ま
2020年11月30日 Facebook & twitter 終了
あああ発案は某所関係者、金故意局ラジオにて公示
金故意オリジナルには「清ら化」云々
あct あgainst AIDS - Wikipedia
「Act Against AIDS(アクト・アゲインスト・エイズ、略称:AAA)」は、かつてアミューズを中心に展開されていたエイズ啓発活動であり、特に岸谷五朗が中心となったチャリティーコンサート「THE VARIETY」が有名です。TBSラジオとも深い関わりがありました。
主な情報をまとめました。
1. Act Against AIDSと岸谷五朗・大里洋吉
- 活動の概要: 1993年から始まったHIV/AIDSの知識啓発・チャリティー運動。アミューズの創業者・大里洋吉の理念のもと、俳優・ミュージシャンが一体となって活動した。
- 岸谷五朗の役割: 俳優の岸谷五朗が発起人の一人としてチャリティーコンサートAct Against AIDS「THE VARIETY」を毎年世界エイズデー(12月1日)に開催し、長年中心人物として豪華な出演者をまとめ上げた。
- 歴史: 2020年7月31日に公式なAAA運営事務局が終了。しかし、岸谷五朗を中心としたチームは活動を継続している。
- ラジオとの連携: 「THE VARIETY」は、TBSラジオの深夜放送(『岸谷五朗の東京RADIO CLUB』など)から発展した経緯や、TBSの番組を通じて長年告知・生放送連携が行われていた。
&ー隆春 - Wikipedia