
846さん話から想起
https://news.yahoo.co.jp/articles/c66ab8d5c4acb0643c0d5646cac56f83bc0d3758?page=1
86年、八代さんはN氏と別れて日本コロムビアに移籍。センチュリーレコードは経営不振に陥ってしまう。早川氏によると、同社の借金は3億円近くに膨れ上がっており、早川氏は原盤権や八代さんの写真を担保に1500万円を貸し付ける。結局、センチュリーレコードは99年に閉鎖するのだが、早川氏はその頃に担保を譲り受けたとしている。
しかし、元社員によると、有無を言わさず、というのがより正確だという。
「当時のオフィスは東京・八丁堀駅近くのビルの2階にあり社員は10人ぐらい。私が入社した時はすでにオフィス用品や家具に差し押さえのシールがべたべた貼ってある状態でした。社長のNさんは月に1回来るかどうかという感じ。早川さんとはレコード会社と芸能プロの関係でしたが、Nさんがお金を借りていたようです」
「チンピラ風の連中が入って来て……」
騒動が起きたのは99年暮れ〜2000年初めのこと。
「レコード会社ですからオフィスの棚には音源となるマルチテープがたくさん置いてあったのです。もちろん八代さんの音源や私的な写真もあったはず。ある日、会社にチンピラ風の連中が2〜3人どやどやと入って来て、マルチテープや所蔵品をごっそり持ち出していった。その場に早川さんはいなかったけど、同僚に聞いたら“早川さんらしいよ”と話していました」(前出の元社員)
《1986年の段階で借金3億》
《原盤権や写真を担保に(1500万)貸付》
…この、具体的な金額に注目しています。
また、原盤権や写真を担保に、というのが
春馬さんのカレンダーが出なくなったり、
ある時期から使われるのが『僕いた』の頃のあの写真ばかりになったりしたことに繋がっていないか?と。
非血族のあの人がC5のプロデュースに携わったのは1995年前後と見られます。
《99年暮れ〜2000年初め》の段階で
《ある日、会社にチンピラ風の連中が2〜3人どやどやと入って来て、マルチテープや所蔵品をごっそり持ち出し》
なんてことが、日本のどこかで起こっていたのですね。
99〜2000年というと、春馬さん9〜10歳頃。
つくば内で引越後、
土浦に移る前後の時期にあたります。
業界人とチンピラが絡むと、
《2〜3人どやどやと入って来てごっそり持ち出し》
再会後ご実父に聞いた設定の「幼少期の秘密を聞いた」の「秘密」って、この辺に繋がらないかな?と思ってしまいました。
『森の学校』で20日間関西に、『明智小五郎対怪人二十面相』(金故意局ドラマ)撮影で大連に滞在…家をまとまった期間不在にしてたのですからね。