c5マネwから
前記事について、小分け&補足。
こちらで気になる(違和感覚える)のは、業界裏方の人について、亡くなったときの様子をずいぶん詳しく書くのだな、ということ。ご高齢だし、亡くなった、という事実だけで意味を成すだろうに。春馬さんたち一連の事件時同様、他意があって、それを伝えているのか?と思う。
あとNべぷろから《のれん分けの形で事務所から独立を》した、のですね。後年にも繰り返されている。
邪魔され叩かれるか否かは、のれん分け(バックや上納は維持)かどうか、でもある?
こちらの記事は更に様子を具体的に。
息のかかった媒体? 息のかかりかたが強い?
1973年、91&92年辺り…大いに気になる。
関係者で仕事や組織を増やし回し合ってる。
つくばの養成所兼芸能事務所も、そういう人間関係、そういう背景経緯、なのでは?
設立時は公共の施設を借りて週1程度のレッスン。
春馬さんが小5の頃にようやく自社スタジオ。
なのに、映画の企画制作に絡める"地方児童劇団"って不思議だと思ってた。
上画像内、Jニ所やSタダと並べる、って…(自社スタジオ持ったばかりでも)ぽっと出弱小事務所ではないってことでは?












