「斎木さん。さっき発注お願いしたノイシュタイン社のフォーク300セットどうなってる?」


呼びかけられてもひな子は無反応だった。

石のように固まっていた。


「斎木さん!」

「はい!」

肩を叩かれて飛び上がった。部長だった。周りから笑いのさざなみが起こる。

「困るわね~。どうしちゃったの?さっきから何べんも話しかけてるのに。ちゃんと仕事してるの?」

「スミマセン部長。えっと…」

「ノイシュタインのフォークの件よ」

やっと言われていることが飲み込めた。

「ああ、あの今朝発注かけました。でも3週間後までに全部用意するのは難しいっていう返事が…」

「あらそうなの?早く言ってほしかったわ。先方にとにかく急ぎでって返事を催促されてるのよ。いいわ、先方にはわたしから伝えておくから、その件保留ね」

「はい、スミマセン…」

「そろそろあなたも入社7年目でしょう?後輩を指導していく立場にもならなきゃいけないんだから、気をつけてよね」

「はい」

輸入課の全員がくすくすと笑う。


あ~何やってるんだろ~わたし。。仕事しなきゃいけないのに。でも全然力が入らないよ。


「部長が怒るのなんていつもなんすから気にしないほうがいいですよ姉さん。それより何かあったんすか姉さん」

話しかけてきたのはやたら「姉さん」を強調する2コ下の後輩、木下だ。


こいつ、フォローしてるように見えて絶対わたしのこと笑ってるんだよね。やなヤツ。


「別に…なんでもないわよ。さ、仕事仕事。」

ハケてくれというようにひな子は木下を追いやった。

「もしかしてまた男フッたんすか?あんまり理想高くしないほうがいいすよ、姉さん」

全然見当違いのことだけど相当腹がたつことを言われたものの、聴いてないふりをきめた。


ほんとにコイツ、ちょームカツク!ちょー失礼!


木下は輸入課の新人の女子に「うちの課はババアばっかだから君みたいな若い子が来てくれると仕事がはかどるよ」と言ったらしい。というのをその新人女子から直接聞いていた。(そんなことを報告してくるその子もその子)


ひな子はどうしても年下が苦手だった。目上に対する甘えや経験不足からつい失礼なことを口にしてくる。かつての自分も目上に対してしていたことではあったが。だから、今はかつての先輩たちには申し訳ない気持ちだ。


~別に理想高くないし。男もフッてないし。


ただ昨日わたしがしたことにショックを受けてるのと、彼のことが気になってるだけ。

昨日はわたしから彼を誘った(らしい)とはいえ、相当なダメージだよ。

29才にもなって、こんなバカをしてるなんて。

彼は寂しさのあまり泣いてるわたしに、ただ同情か何かで思わずなぐさめて(?)くれたんだと思う。

優しい人だ。


でも待って?…なんか違和感。


なんで一人で飲んでるわたしの隣にタイミングよく座ってくるわけ?

しかもあんなチョーイケメンが。

そりゃあ、わたしだって美人といえば美人の部類に入ると思うけど、なんか彼とは格差を感じる。

あの芸能人みたいな顔にわたしの顔が釣り合ってない。

だってわたし、よくいる美人だもん。チマタにあふれてる美人だもん。

それとも、わたしみたいのが好みなのかなあ?意外とわたしも上の方の格付け?ははは。


きっと彼とは1回だけの関係なんだろうなあ。。





ひな子がノイシュタイン社の担当に向かって発注保留の英字のメールを打っていると、突然携帯が振動した。

トイレに行くふりをして廊下で携帯を開くと、メールが入っている。ひな子は目を疑った。




「こんにちは!今朝はどうも。オレは奥田涼(おくだりょう)っていいます。ねえねえ、なんかオレ、今朝大事なもの忘れちゃったんだけど。夜取りに行ってもいい?」





彼からだった。

目覚めた時、ひな子は自分の家のベッドの上にいた。ただ、いつもと違う心地よい温かさが横にあった。

よく見てみるとそれは男の腕で、裸の、知らない顔だった。と同時に自分も裸だということに気づく。


え!?

わたし昨日どうしたっけ?あのカフェバーでお酒飲んでて…隣にこの人が座ってきて…


「おはよ」

突然声をかけられた。引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられてキスされる。

その甘い感触を味わいながら、近づく顔を確かめると、やはり昨日意識が落ちる前に見た超イケメンだった。

生田斗○と玉○宏を合わせたような感じだ。

どきどきし、戸惑いながらも、どうしても昨日のことを聞き出さなければならなかった。

「あ、あの…わたし昨日…」

何してた!?しかもシちゃった?!

「昨日?すごかったな~あのバーでオレを泣きながらいきなり抱きしめてきたんだよ。なんかほっとけない感じでさ。で、家まで送ってあげたら…まあこんな感じになっちゃったんだけど」

「うわぁ…」


寝たんだ。しかも自分から誘ったようなもんじゃん。。最低だ~何してんのよ~~~!!


ひな子は自分に嫌悪感が沸いた。

見ず知らずの男と寝たという目の前の事実が、自分の主義信条に全く反していた。

お父さんお母さんごめんなさい…


「お、そろそろ会社に行く時間だ。シャワー借りていい?」

そういうと彼はあわててシャワーを浴びに行き、さっさと支度を進めた。

ひな子もずるずると支度を始める。入れ替わりにシャワーを浴びて、タオルで体を拭いていると、風呂のドアが開いた。

名前もわからないその彼がスーツ姿になって、改めて見ると一段とかっこよく見える。ひな子の裸を上から下まで眺めながら

「オレもう行くね」

「あ、ああ、うん」

あいまいに返事をしていると、再び引き寄せられて唇を奪われた。

そして耳元でささやいた。


「かわいかったよ、昨日のひなちゃん。けっこうHなんだね」

そういって家を出て行った。


うわ~~昨日わたしあの人に何したんだろう…

全然覚えてない。


ガクゼンと立ち尽くした。

斎木ひな子。


職業一般事務。29才彼氏なし。

それなりの美人。


だけど最近いろいろ崖っぷち。





あーあ。

ついに明日香も結婚かあ。

わたしは自分の力で生きてく。絶対結婚しないって言ってたあの子が。


裏切り者…


なーんて言ってもしょうがないんだけど。


ひな子は、結婚式の招待状をぼんやり見つめながら思った。

安いカクテルの缶は半分まで減っている。

酔いながらボールペンで「出席」に○をつける。


3月に横浜のセント・ジョシュアホールで挙式。

あの式場って予約取りにくいので有名なんだよね。


なんだか皮肉だなあ。

わたしのほうが結婚願望強かったのに、彼女が先に結婚して。

もちろん明日香とは長い付き合いだし、結婚は嬉しいけど。。


置いてかれた感。


結婚は競争ではないけど、やっぱり同性の友達が結婚するのは焦りがある。

周りは結婚していくけど、わたしはいつ結婚できるんだろう??

その前に結婚する相手いる?


わたしには一人で生きてくなんて到底できない。

わたしは弱く、誰かと支えあって生きていかないとダメだ。


大体、そんなに仕事ができるタイプではないし、このままなんとなく一般事務をしていても年齢の限界がある。

去年転職を考えたときに女の転職エージェントからキッパリ言われたことだ。


「見たところあまりスキルとしてアピールできるものがないというか…。現職と同じように一般事務に転職するにしてもご年齢が厳しいと思うんですね。転職のマーケットとしては27才までがピークなんです。一般事務での募集ならもっと若い方をとられますよ。」


そんなにはっきり言われたけど、結局それが現実なんだからと思って受け入れるしかなかった。

年齢が恨めしい。就職氷河期も。

だけど結局、自分が悪いんだけどね。。




こんな気持ちを抱えたままでの一人は寂しすぎて、ひな子は外に出ることにした。

コンビニを通り過ぎ、駅近くのカフェバーに辿り着く。

カウンターに座り、やばいやばいと思いながらも、寂しさを紛らわすために焼酎をロックで3杯、4杯。



あれ?

なんかいつの間にか隣に男の子が座ってるけど。

だれ?


なんか…ちょっといいかも。ううんすごい好みかも。

芸能人にいそうな顔。信じられないくらいかっこいい!


あなたみたいな人を待ってたんだ。


でもなんでこんなとこ、ろ、に…



男の顔に手を伸ばしながらひな子の意識が心地よく飛んだ。