ひな子は横浜駅のルミネの前で待っていた。
仕事を6時に切り上げた後の1時間半の間に、カードで光沢のあるタイトなワンピースとブーツを買い、それをコートの下にわざと見せるように着て、しっかりとメイクをし、髪を巻き、どこからどう見てもカッコカワイイ系の女に変身している。今日会社に持ってきていたカバンが安物のカバンでなく、グッチでよかったとホッとした。
今日は金曜。中央改札口は、歩きにくいほど人でごった返している。
同僚と飲みに行くサラリーマンや、彼氏を待っている女の子があちこちにいる。
…涼はどんなところに連れてってくれるんだろう?
ひな子は涼のプランを想像した。単なる遊び相手としてなら、サプライズ的な高いレストランに行くことは多分ない。だとすると、西口の安いイタリアンかもしかしたらそこらへんの居酒屋?
そちらはあまり考えたくなかった。
お酒に酔ったあと、きっとウチに来て、大事なものを取りに来たついでにとかいって泊まっていくんだろうな。
そしてきっとセックスする。わたしは1度目は全然記憶にないから、初めてのセックスみたいなものね。
1度目ってどんなだったんだろう?
「けっこうHなんだね」
涼の言葉がこだました。
わたし感じて大声でも出してたのかな…?
涼ってどんなセックスするんだろう。
それは今日わかる。ひな子は期待してしまった。
「こんばんわ」
目の前で聞き覚えのある声がした。
涼だった。
「こ、んばんわ」
あまりに唐突でヘンなタイミングだったので、おかしな返事になった。
涼は予想を裏切ってスーツではなかった。ジーンズに黒い細身のショートコートを着て、中は数字の入ったTシャツというカジュアルかつオシャレな雰囲気だ。鼻が高く、整った顔だちに長身なので、モデルみたいによく似合っている。涼を惑わすつもりが、こっちが戸惑ってしまった。
涼はひな子の会心の出来の服装に一瞬焦点が合ってから言った。
「もしかしてけっこう待っちゃってた?ごめんな。一回家戻ったからな」
「大丈夫だよ。なんで家に戻ったの?」
「ん、まあちょっと用事あって」
「そう」
そういうこともあるかと思い、ひな子は深く聞かなかった。
「とりあえず、こっち行こう」
急に涼がひな子の手を握って引っ張ってきた。男に手を握られることには多少慣れているが、さすがに涼にはドキドキする。今までのどんな美形の男とも次元が違う、完璧ともいえるルックスがそうさせるのかもしれない。
涼に引っ張られる形で西口の高島屋方面に抜けていく間、それとなく女子からの視線を感じるようだった。涼の顔はとにかく目立つのだ。ジロジロとはっきり見てくる視線もある。が、ひな子にはそれが心地よく、思わず優越感を感じてしまった。
自慢の彼氏に手をつながれている構図。女の誰もが羨ましがる絵。
オトコってやっぱ顔?
収入でも性格でもなくて、見た目?
なんかすごい快感…
高島屋を過ぎたところに来て、涼は立ち止まった。横に黒いB系のワゴン車があった。
「乗って」
涼が言いながら運転席に乗る。
歩きでどこかに行くことを予想していたひな子はこの展開に凍った。
のろのろとドアを開け、乗ろうかどうか迷う。よく知らない男の車に乗って大丈夫なんだろうか?
コイツ、実はヤバイ男なんじゃ…
ひな子の頭がどんどん悪いイメージを作り出した。
涼が途中で豹変してひどい暴力を受けるとか、脅されて金を騙し取られる。
車で行った先に仲間が居て、何人にも暴行されるかもしれない。
心配するのはひな子の悪いクセだったとしても、世の中にはそんなニュースが日々あふれている。注意するには十分すぎる状況だった。自分の浅はかさを呪った。
「大丈夫だって。俺ってアヤシイ感じ?」
戸惑うひな子を察して涼が優しく声をかけてくる。
「そんなことないけど…」
そんなことある。
中から好きなR&Bが流れてきた。Ne-Yoだ。少し親近感を覚えた。
涼に対する好奇心はやはり抑えられなかった。このまま拒否すればもうこの魅力的な男には会えない気がした。見たままの涼の人柄を信じ、ひな子は覚悟を決めて助手席に乗った。
「とりあえず、メシね」
「そうだね。ねえねえどこ連れてってくれるの?」
猫が甘えるようにひな子はきいた。
涼のカッコよさに圧倒されていたが、圧倒するのは本来ひな子でなくてはならなかった。だから、一緒に居る間はできるだけ計算高く、魅力的にふるまうことにしようと思っている。なんといっても、このゲームに勝つのはひな子なのだ。
「着いてからのお楽しみ」
不敵に涼が笑った。その瞳がいたずらっぽく光って魅力的だった。
涼はi-podをいじって、全く知らない曲になった。ROCKとラップを合わせたようなもので(レイジアゲインストザマシーンだと教えてくれた)、ウーファーから出るガンガンの低音とギターとが骨と頭に来るようだ。ほとんど未知との遭遇だ。
へえ、意外とやんちゃなんだ。
車は高島屋を離れ、ひな子の運命を乗せてどこかに向けて走り出した。