美味しいって笑おう♡ -14ページ目

美味しいって笑おう♡

10年間におよぶ深刻な摂食障害から
それはそれは大きくて温かな学びと
愛の本質を知る喜びを体験しました。
すべてが必然すべてがギフトです♡
ここからありったけの「ありがとう」を込めまして。


みなさま、お久しぶりです(#^.^#)こんにちわ♪

新年のご挨拶もせず、はや1ヶ月が経ちました・・・・


改めまして。

新しい年の始まりを心からお慶び申し上げます(^。^)y-.。o○



さて。昨年は本当に『濃ゆ~い』1年だった私です、はい。まあ、思考の中身は8~9割、恋愛だったと記憶してございます(笑)いい歳してね・・・・でも、私にとっては素晴らしい変化でした。


思い返せば20歳くらいで本格的にセッショク業界(←もはや職人的な)(笑)に入って・・・・・ほんと恋なんてする気がなくなっていたなー、と。いや、まあいろいろお声をかけてくださる殿方はいらしたのだけれど、まったく興味がない。男性よりも、体重計にメロメロだったです(^_^;)




すべては『食事』と『体重』に飼い殺されていた。



そんな10年だったなー、と。


今ようやくこうして自分が世の中に出てる。日々それがごく普通になっているけど、本当はめちゃくちゃフシギです。ここで繋がってくださってきたみなさんは、20kg台の私をも見てくださってたわけなので(苦笑)

そうです、まだ1年半も経ってないんですよね・・・・・




2011年の9月7日の日記は自分でもときどき読み返すの。

私の『原点』だから―――


29kgで、どうしても30の壁を越えられずにいた。怖かった。手放せなかった。そこ越えたら、自分が自分でなくなる気がして。


あの日は、彼が夢を叶えていってること知って、いつになくウキウキしてた私。昔から家族みたいな存在だった。

それがなぜだか、あの日、激震が走るような・・・・言葉にはできない衝動が襲った。



『とりあえず、この人に会いに行ける体型にならなきゃ!!!!!!』



今でもわからない。あの衝動の理由は。とにかくそこから私は、ただひたすら突っ走った。


『体重は増やしたくない』けど『体型は戻して可愛くなりたい』


まじで意味不明なことを考えていた。(笑)体重増加を喜んだ日は1日もない。

それでも、何かに突き動かされるように・・・・私は“痩せ”の世界から脱却していった。


1年で約12kg。

みごとに計画された行動療法に思われるかもしれないが全くもって違う(笑)。先生は、『いやー理想的な体重の増やし方ですねーさすがです』と褒めてはくれたけど~



暗い闇のなかから、ただ1つ、ポラリスのような光に見えた―――彼という人。



体重増加のあの日々は、今思っても本当に恐怖の日々だった。彼に会える保証もなければ、関係を深めれる確証もない。

私は、『不確かさ』のなかで“痩せ”を手放すことが一番嫌なことだったから、その面においては

自分で自分を褒めてあげたいって思う。よくその不安のなか諦めなかったね、と。



積極的に冬を生きぬいたその先には、春は必ずある。



これは私自身の体験として、自信をもって言える。どんな人にもそう、必ず、冬の先には春がある。




昨年春、私は彼と会うことができた。

しかも、私が勇気を振り絞ってメールを送ろうとしていたときに、あちらからメールが来て、もう携帯が爆発するかと思うくらい(笑)びっくりして興奮したのを今でも思い出す。彼とは、昔からフシギなことが起こるんです。


が・・・・まあしかし、恋の道も千里から・・・・で(^_^;)思うようには彼との関係が進まずに、泣いて怒ってグダグダな夏を過ごし・・・・・秋には一度気持ちを葬って・・・・。


でも、やっぱり気持ちに嘘つけなくなって、気づけば彼に戻ってた―――なんて勝手ー!!!


でも。すべて必要なプロセスなんですよね。

そのときそのときでは感情の凸凹はあるもの、人間だもん。

けれど、絶対『だいじょうぶ』なんですよね。



人生は完璧なタイミングで完璧なことしか起こらない。

すべての人は幸せになるためにしか生まれていない。

不動の事実です。



私もまだまだだけど、もっかい気合入れ直して、またこの先どこまでいけるか。この先、どれだけHAPPYと奇跡を掴めるか。生きていきたいな。



そして今年はあらためて、彼への『感謝』を強く胸にもって過ごしていきたいなーって想っています。不器用だから、意思疎通が上手くいかなかったりするけれど。それもまた必要なプロセスで、お互いのために用意されてるステップだと捉えて、積極的にもう少しこの冬を生きぬいて・・・・そして春には温かな花が咲くと信じて。



摂食障害がくれた、たくさんの出会い。

摂食障害がくれた、家族の平和。

摂食障害がくれた、愛の学び。

摂食障害がくれた、守っていきたい彼の存在。


同じ病気を体験しているみんなにも

摂食障害がくれた宝物が必ずある☆☆


辛いこともあるけれど

私たちにしかできないから与えられた――

そして私たちに最高の奇跡を見せるために

この体験は与えられた―――

そう心から信じて・・・・


1日1日みなさまに愛がふりそそぎますように。

1日1日みなさまに幸せの笑顔が咲きますように。



美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~








美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~

こんにちは(#^.^#)


さて前々回の日記で書いたことを少し掘り下げたいと思います。


『目に見えないものを信じるにはどうしたらいいのか??』

『愛は自分にも与えられるのか??』


というあたりですよね、根柢の部分はたいていみんなここがガタ崩れです(苦笑)


私の場合は、その『信じる力』を何かのきっかけで失った、というよりは、育っていく過程で構築できなかったように思います。はなから、体験したことがなかったわけです(^_^;)

『目に見えないものを信じ、愛の確かさを知る』 人生において欠いてはならない力です。

うちの家庭は、まず両親自体この力を持ち合わせていません。ですから、子供がそれを構築できないのは当然です。夫婦が愛を疑って、ののしりあっているのに、子供が愛を信じられますか??

ただ、今は私は、両親を責める気持ちもなくて、両親も癒されない存在だったのだと共感すらしています。


私のように、それを1度も体験していない者にとって、この力をすぐに手に入れるのは難しかったです。

頭での理解は出来ても、なかなか心まで響いていかない。

今でもまだ、できる日とできない日がある(笑)


ただ、私はなにか実践することしかないと思ったんです。

例えば、『目に見えないものを信じたいなら目に見えるものをまず手放す』とか。

例えば、『愛を与えられたければ、まず自分から与えてみる』とか。

例えば、『孤独から解放されたいならば、大切な人に思いっきり甘えてみる』とか。

やってみてるうち、わかったんです。


すべて自分が主体になる―――――――――――それこそ幸せの鍵だ、と。


気付けば私、いつだって人生の主体が‘他’になっていました。

‘両親’が喜ぶように。

‘先生’が褒めてくれるように。

‘男性’が愛してくれるように。

‘職場’が選んでくれるように。



こんなんで果たして幸せになれるでしょうか???

だって、この人生、私のものですよね???

主体は、‘私’でしかあり得ないのですよね、本当は。

‘私’が喜ぶことをする。

‘私’が私を褒めてあげる。

‘私’が男性を愛する。

‘私’が職場を選ぶ。

ぜーんぶ自分!!!!これでいいんです、これがまず幸せの大前提なんですね。


誰かのために生きるんじゃない。私のために生きる。これに尽きます。


その思考転換から、私はすごーく強さを得ました。

最初は、そんなのワガママにならないか?とかエゴイスト??ナルシスト??、って思ってしまったりしますが、それが病気なので、気にせず突っ走っていいんだそうです(笑)


『私って素敵ー!かわいー!人生って楽しー!最高ー!』って叫んでください。

私も最初めっちゃ違和感あったけど、言ってるうちに慣れてくるから大丈夫(笑)

で、最初は無理やりでも、それがやがて絶対に‘現実’になるんだと思います。


辛い日は泣いてる自分をまるまる褒めてあげる。

辛いって感じることが奇跡だから。

嬉しい日は笑ってる自分をまるまるハグしたげる。

嬉しいって感じることが奇跡だから。

どんな感情も奇跡だから、絶対に責めない否定しない。

これも鉄則かなと思います。


だって、人生はドラマ、主役は私、そこに喜怒哀楽がなかったら視聴率0%やで??(笑)

それではもったいない。全部あり、なんですね☆


私たちは生まれたときから‘安心安全な世界’に居るよ。

だから、痩せという武器は要らないよ。

私たちは幸せになるためだけに生まれてきたよ。

だから、食べ物という敵は存在しないよ。


みんなの人生の主体が‘私’になって、愛の確かさを感じられるようになることを願って・・・・☆☆

いつも本当にありがとうございます(#^.^#)


                                               choco





今日は休憩blog。

少しまどろみます。


もう1週間前になりますが、診察日でした。ずっと読んでくださっているかたは、繰り返しになりますが、4月から主治医がかわりました。前・主治医が出身大学の病院に戻ることになったからです。

私と先生との出会いは2010年6月でした。5月に意識不明で倒れて地元の国立病院に医療保護入院し、でも任意入院かつ開放病棟にしたかったため、転院しました。そこで待っていたのが先生でした。


最初の印象は・・・・・(たぶん3つ上くらいやろなあ。。。)、(高校時代の友人のKに似てるなあ。。。)(医師にしてはエライ呑気な感じやなあ。。)とまあ・・・・(笑)

転院前の国立病院での主治医は、まじで寡黙で堅固で理知的な先生だったから、ここまで対極なオーラはそれはそれで面白かったのを覚えています(#^.^#)


でも、その時はね、私やっとこさ26kgの状態(^_^;) 18日間1200kcal完食して2kg増の状態なわけです。閉鎖病棟の辛さが爆発~!!!!で、とにかく泣く泣く泣く泣く!!!!!

私、まじで脱水症状になるんちゃうかってくらい涙流しました(笑)

感情は、8割‘怒り’でした。ほんとに自分でも何にムカついてるのかわからないけれど、怒ってたなあ(^_^;) だから、先生に対してもすごーくキツク当たってました。親と大喧嘩したストレスを先生にぶつける、食べ物に対するストレスを先生にぶつける、先生大迷惑やんね(苦笑)

タメ口で患者らしからぬ態度の私・・・耳だけで会話聞いてたら絶対友達同士です(^_^;)

そんな私に、プライドのプの字も出さず、いつも変わらない優しい態度で接してくれました。

そのときは、そのことを殊更にありがたく思ったりしなかったけど、時間が経てば経つほど・・・・じわじわわかってきました。



『あんないい先生おらへんわ。』


私は最近いつも母にそう呟いています。

ちょうど1年が経ちます。先生が転勤すると知って、これが先生との最後の入院だと意気込んで希望入院し2週間頑張りました。

1年か・・・・ ほんと泣けてきます。

先生は外来を週4日持ってて、めちゃ過密スケジュールの人。それなのに、毎朝8時と毎夕6時に必ず部屋に来てくれて、話をしてくれました。一応、回診、なんだけど内容はムダ話(笑)

というか、私のマシンガントークに付き合ってくれていました(^_^;)


ほんと、最強にワガママな患者。

ほんと、超ツンデレな患者。

ほんと、見事に病院食を残す患者(笑)


それでも、先生は私に付き合って、付き合って、付き合い続けてくれました。


思い出せば、いっぱい、ごめんな、って言いたい・・・

先生が部屋に回診来たのに、私は目も合わさずフン!ってそそくさと部屋出て行ったり。

行動範囲は院内のみの約束やのに普通に外出したり。

外来で疲れてるのに、さみしくて話聞いてほしくてつい長話しちゃったり。

病院食頑張ってみるって言ったくせに、やっぱり買い込んで食べてしまったり。

最強の劣等生でした。

人生で初めて、劣等生になれた、いや、ならせてくれた先生。

甘えることを教えてくれた先生。

今は、感謝の気持ちしかないです。


ん?なんか、先生へのラブレターみたいになってるなあ(笑)

違うよー!!先生は先生(^_^;)

恋でも友情でもない、別格の位置で~す)^o^(♡


今すぐにでも先生に会いたい。

会って、伝えたいことがある。・・・・

私、わかったよ。。。。(#^.^#)




1年後、自分がどうなっているかなんて誰にもわからない。

ただ確かなことは、必ず幸せになっていっているということ。

奇跡を信じている人は、みんな、必ず、日々幸せになっていくんだということ。


その真実に気付いた
美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~
2012年10月18日です♡