小学校の勉強はとても簡単で、大抵の教科は授業を聞かずとも理解できた。天才と渾名をつけられ、自分も自分を天才だと思っていた。
当然のように中学受験の勉強を始めるが、ここで第一の挫折をする。中学受験の入試は下手すれば私立高校受験並みの知識を求められるため、公立の小学生の分際では人並に努力しなければ当然求められる水準には届かない。しかし私は天才なので、小学生らしからぬ天才的な頭脳を発揮して私立最難関でも何でも受かるものだと根拠のない自信に満ち溢れていた。
結局一番下の滑り止めの中学しか受からず、そこに行った。
一番下と言っても中高一貫の進学校らしくカリキュラムはしっかり組まれていて、中学のうちから高校の範囲が組み込まれていた。ここで第二の挫折。1年前高校に近いレベルで躓いたのだから、それより難しい内容にまた努力もしないでついていける訳がない。
上で「第一の挫折を『味わう』」と書かなかったのは、その挫折を大して悔しくも思わず、努力しなかった自分ではなく自分に理解出来なかった勉強が悪いということにし、挫折から何ひとつ学ばなかったからだ。
たまにまぐれで96点とか取ったりしたが所詮まぐれである。紆余曲折ありこの中学を辞め、地元の公立に編入。
公立の中学は小学校同様甘い。中間も期末も毎回90点台後半に舞い戻った。数学ではたまに100点を取った。テスト返しの時は毎回女子からは羨望の目を、男子からは嫉妬の目を向けられた。
公立高校の入試は正直全く難しくなかった。苦手だった理社は本番前一週間で暗記事項を叩き込み、試験後1日で忘れた。公立最難関に当然のように受かり、意気揚々と進学した。
高校に入学すると途端にまたついていけなくなった。第三の挫折である。今回は勉強そのものへの意義を見出せなくなり、入学前75だった偏差値は半年で27に暴落した。教師陣には落ちこぼれの烙印を押され、現実逃避の為にネット依存になりますます状況は悪化した。
「問題集を解いて解らないところがあったら先生に訊く」という、恐らく学生なら当たり前の行為を私は知らなかった。知らなかったし、そう教えられてもどうすればいいか、何から手を付けたらいいかも解らなかった。
幸い親や担任のサポートもあり、評定オール2の通知表を引っ提げて無事に3年で卒業する事が出来た。
そして半年経った今、私は大学受験に向けてやっと腰を据えたところにいる。
授業を聞くだけで習得できることを勉強だと思っていた。そんな「勉強」が出来る自分は天才か何かのようだった。
そんな天才な自分が大好きなので、勉強も好きだった。理解できなくなった途端に嫌いになった。
つまるところ、私は勉強の仕方を知らなかったのだ。
勉強が出来ない子はある意味とても幸福なのだ。努力することを知っているから。
努力せずとも出来てしまうこどもは、出来たという行為の喜びを知らない。知らないから、努力することに価値を見出せず、躓いてしまう。躓いて、出来ないならもう良いやと拗ねて。
小学校で足し算引き算が出来なくて居残りをさせられていた子達は、まだ年齢が一桁のうちに「出来ないことを自分の力でどうにかして出来るようになる」ことを無意識のうちに学び取るのだろう。十数年前の私は内心馬鹿にしていたし、1年前の私だって笑い飛ばしていたかも知れないけれど、今の私にはそんな子たちが羨ましくてたまらない。
これから知らなかったなりに努力して大学入学に漕ぎつけても、万が一世の中で成功と言われるような人生を歩んだとしても、きっと死ぬまで私はふとこの十数年のことを思い返し、後悔するだろう。それでも良い人生だったと思うかどうかは別にして、もしやり直せるならとか、思ってしまうのだろう。
それでも、せめて今よりこの先の人生が良いものであるように。
ずっと。