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【私とわたしがつながる旅】第5話

~アダルトチルドレンを克服して自分らしく生きる~

~赤ちゃんから幼児期vol.5~

 

こんにちは、阿部恵嶺です。

世界観ブログへようこそ~

 

久しぶりの投稿です

目標100記事!!

前進あるのみ!!

 

幼少期の頃のわたしと

今回もつながっていきます。

 

思い起こせば

七五三の思い出

 

着物を着てはしゃいでいたときの

ハプニング、、

 

七五三のお祝い当日

 

何と、わたしは

ストーブに手があたって

大やけどをしてしまったらしいのです。

 

いとこや親戚が集まり

きっと嬉しくて

動き回っていたのでしょう

 

妹と歳の差は

2歳ですが

七五三のお祝いを

何歳でしてもらったか、、

 

神社参拝や

お出かけはせず、

おとなしく1日を

過ごしたのか、、

 

記憶に残らないくらい

ショックな出来事だったようです

 

ひとは

あまりにショックな

出来事があると

記憶を消してしまう機能があります。

 

便利な機能ですよね。

 

正座をして

食事は残さず食べること

 

食べ終わるまで

席を立ってはいけない、など

 

躾に厳しく育てられた母の

顔色をみながら生活していましたので、

 

わたしは、きっと

母に𠮟られるのが怖くて

 

やけどをしたことを

痛いとも言わず

我慢してすごしたみたいです。

 

七五三のお祝いが終わった後、

母が私を病院へ連れて行ってくれたとき

 

皮のめくれた火傷をした

手をみながら、

こんなになるまで放っておいて、

なぜ、早く連れてこなかったのかと、

病院の先生から叱られたと

話していました。

 

火傷をしたときは、

どれくらい痛かったのか、

手の傷跡が薄くなっていくと共に

 

七五三の頃の

記憶もうっすらとしか

思い出せませんが、

 

火傷の

傷の痛みより、

たくさんの人が

家に来たことが、とにかく

嬉しかったのだと思います。

 

わたしの

子どもの頃は、

着物を着た女性が多く、

わたしの母も、

着物を着て

日常を過ごしていたので、

七五三のお祝いのときには、

色鮮やか赤色の振袖を

きせてもらったことだけ覚えています。

 

今は

どこにいってしまったか

分からない幼い頃の

写真の中のわたしは

どの写真も

笑顔で楽しそうで、

 

飾らない

自然な本来の

自分自身の姿でいたと思います

 

私も親になり、

子供を育て、

子供を大切に想う

母の気持ちに

少しずつ寄り添うことが

できるようになりました。

 

親も一人の人間で

未完全で未熟な存在

 

家族と楽しく仲良く

すごしたかっただけで、

 

自分と

人との関り方を

知らなかったんだ、とも

思える私になりました。

 

封印していた

自分の思い出と

真正面から

向き合うことで、

過去が新しく

書き換えられている

気がします。

 

亡き母からの

数多くは聞くことが

できなかった

七五三の出来事。

 

今回も

過去のわたしとつながることで

人生を更新しています。

 

人生の旅はまだまだ続きます

 

今回も

読んでいただきありがとうございました。

 

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