夫の母の母(夫家では彼女をグラニー Grannyと呼んでいます)が亡くなりました。
グラニーの年齢はエリザベス女王より2、3歳下だったと思います。
私が渡英して来てからここ1年程は体調が優れず、入退院を繰り返していました。
何度も心筋梗塞を起こし、コロナにも感染し、帯状疱疹にもなり、不安なことはたくさんあったのですが、いつも驚くほどの体力で復活してきました。
「今回はもう本当にだめかもしれない」と義母から連絡があったのが先週月曜日の夜のこと。
夫と私は火曜日早朝にそのメッセージを読み、それぞれマネージャーから休んでいいと許可を取り、グラニーに会いに、片道4時間車を走らせて会いに行って来ました。
職場が、こういう時さらっと休ませてくれるのがとてもありがたい、といつも思います。
月曜日の夜に、かなり多くのモルヒネを投与されたらしく、火曜日の朝の時点ではグラニーの意識ははっきりしていなかったらしいのですが、昼頃に到着した時はかなりはっきりしていて、私たちのことも認識してくれて、少し話すことができました。
義母曰く、end of life palliative careの段階に入ったらしく、亡くなるのを待つのみ、という空気がとても辛かったです。
火曜日にはグラニーの子どもたちは全員集合、夫を含む数人の孫たち、近所のお友だちもグラニーに会いに来ていました。
グラニーの死因は、いわゆる老衰ということになるのかなと思うのですが、心臓が弱くなり、亡くなる時期が近づくにつれ、呼吸が困難になっていました。
私たちが会った時も、呼吸のたびにヒューヒューという音が聞こえ、気管が細くなっているようでした。
私も喘息があるので、呼吸困難の苦しみは少しわかります。本当に不安で苦しかっただろうと思うと、グラニーがとてもかわいそうで辛かったです。
グラニーはこの呼吸困難がとても怖くて、パニックになるらしく、月曜日以降はモルヒネが投与されたそうです。
と言っても、ドクターやナースの到着が遅く、グラニーはたびたび苦しい時間を過ごしたそうですが…。
病院に行くという選択肢は、前回入院した時のナースの対応が酷かったため、グラニーが頑なに拒否し、自宅で最期を迎えることは決まっていました。
グラニーの最期の様子を、立ち会った義姉は、horribleと形容しました。
苦しみを軽減するためにかなりの量のモルヒネが投与されたのですが、意識を失っても、グラニーは呼吸が苦しそうで辛そうだったそうです。
私は正直あまりグラニーとの思い出はありません。グラニーの家族の多くはグラニーの近くに住んでいますが、夫の家族は遠くに住んでいるので、会う機会もあまりありませんでした。
でも、クリスマスに私の分までプレゼントを用意してくれたり、会うたびにいろいろ気にかけてくれたり、優しく接してくれました。
ほんの少しの思い出ですが、もうグラニーに会えないと思うと悲しいです。
グラニーは、旦那さんを30年程前に亡くしているらしく、その時に自分のお墓も買って、自分の葬儀の手続き・支払いもすべてしてあるそうです。
グラニーと旦那さんは隣同士のお墓で、同じ墓地内にはグラニーのお母さんとそのお母さんのお墓もあるそうです。
人は誰しもいつか死にますが、昨年母が亡くなり、今年はグラニーが亡くなり、、、身近な人が亡くなったこともあり、私はどんなふうに死ぬんだろう、と考えてしまいます。
グラニー、幸せな人生だったかな。
幸せな人生だったらいいな。
天国で旦那さんに会えてるかな。
お葬式は2週間後くらいにある予定です。
Rest in peace, Granny.