自分の体の一部分が突然 不自由になったり 重い病気になったりするのは『気づき』を与えられたことにもなります。
その状態までにならなければ、自分の体やまわりの人に 感謝する気持ちがわかない人がいるから。
不自由になって初めて 自分を心配してくれたり 手伝ってくれる人の優しさがわかり、体に対しても 普通にできることが当たり前ではないことがわかり、自然と感謝せずにはいられなくなる。
そして、自分が不自由な身になって 初めて不自由になった体の人の気持ちもわかる。
外から見れば その出来事は 不幸な出来事ではあるけれど、その出来事によって気づけられたら、不幸な出来事にさえも感謝できると思います。
それは なにも体に限ったことではありません。
親の存在が当たり前だと思っていると 突然失うことがおきたり、給料もらえることが当たり前だと思っていると 突然会社が倒産したり、蛇口をひねれば水が出るのを当たり前だと思っていると 水が止まってしまうような出来事がおきたりと、不幸で不自由な経験をさせて 感謝に気づかせようとします。
失って初めて その大切さに気づくと言いますが、失う前に気づけた方が いいと思いませんか😇