
( 福島市 吾妻小富士 )

( 福島市 荒川と吾妻小富士 ) → 通過します

久しぶりの帰省でした。
春に戻って以来なので、お墓参りや施設に入っているおばさんのお見舞いや
ストーブの煙突掃除、薪つくり、玄関周りの草むしり、毎日の食事の用意と
やるべきこと、しなければならないことが山のようにあります。

のんびり、本を読んでいたいのですが、帰省中は意外に忙しく疲れます。
その中での楽しみはやはり、温泉です。
父とほぼ一日おきに行っていました。
温泉はいいですなぁ。

で、実家に戻った日。
妙に父の言動がおかしいのです。
「やぁ」と家に入ったのですが (無連絡、突然の勝手な帰省)
「はっ!」という顔をして、しばらくは喜んでいたのですが話が続かない。
「どうも様子がおかしいな」
「父は何か隠し事をしておるな」と私は感じていました。
あれこれと聞くのも疲れるので、初日は特別詮索をせずにいました。
2日目になり、観念したのかぼそぼそと話し始めました。
「実は・・」
「何っ!?」(まだ何も言っていない!)
「車が・・ぼそぼそ・・」
「Keiさんは車検に出して整備も終えて、きれいになって戻ってきたからよかったな」
「塗装してもらったからサビが目立たなくなった」
(シーン)

「車を車庫に入れる時に・・ブレーキとホラなんだっけ?」
「アクセルのこと?」(すごく悪い予感が始まる・・)
「そ、そ、アクセル」
「まさか、踏み間違えたとか?」
「うん、間違えた!」
「で?」
「後ろがちょっとばかし、へこんでしまって・・」
「へこんだ?」
「いや、大したことないんで、車は別にそのままで修理にも出さなくても
いいかななんて・・思っていて・・なんて・・」
「なにおーっ!!」
「Keiさんのうしろをへこませたぁ!」
「最愛のKeiさんにキズをつけただと!」
「いつの話なの?」
「車検をとってすぐ・・」
「えぇぇぇっぇぇぇぇぇ・・」

( 鳥海山 )
「Kei!」
家の近くの鳥海山の山頂まで聞こえるくらいの声を上げながら
Keiさんの元へ急ぎました。
「Kei! 大丈夫か!」
「うおーっ! すごい へこんでいる!!」
「ひどいな、ひどすぎるよな!」

愛するKeiさんのバックドアの中央部にたてにへこみが入っています。
おそらく数十センチの距離とはいえ、瞬間的にそこそこのスピードが
出たのだと思います。
車庫の後ろには車止めのためにタイヤを置いていたのですがその場所を
ちょうどかすめて車庫の後ろに配置した柱にぶつかったようでした。
負傷者のいない自損事故でよかったと思いました。
もし、誰かがケガでもしていたらと考えるとぞっとします。
「なぜだろう、なぞこんなことが起きるのだろう?」
父は私よりも数千倍 車庫入れが上手なはずなのです。
「Keiさん かたじけない 許してくれ!」
私はすぐさま、家の作業場に行き、手ごろな木材と かなづち をみつけて
車庫に戻りました。
「直してやるからな!」

バックドアを開けて、裏のカバーをはずしてみます。


「へぇー車の車体の裏ってこうなっているんだ」
へこみの部分の裏側から叩けばへこみはなくなるなと考えたのですが
素人がガンガン叩いたらへこみはなくなるかもしれませんがきれいには
戻らずにただ単にボディの表面がボコボコになるような感じがしました。
この作戦は中止です。
ふと頭をよぎったことがありました。
以前、youtubeで見たのですが、ドライヤーと冷却スプレーを使って
へこんだ車のボディを修復する方法を思い出しました。
ドライヤーで加熱して、金属面を膨張させてから すぐに冷却スプレーで
冷やせばその反動でボディのへこみが戻るということでした。
「この家にドライヤーはあるの?」 - 「ない!」 はい中止です。
「絶対に直すからな!」 - 「ってもお金が・・」
「10万円くらいはかかるかなぁ?」 - 「じゅ、十万円!?」
「責任は取ってもらう、よいですな?」 - 「・・・」
「販売店に行って相談する 修理の見積もりを出してもらおう」
と、同時にネットで部品を探しました。
けっこうな数がオークションで出ています。
さすが、今となっては充分すぎるくらいの中古車のKeiさんです。
家のKeiさんは2ドア+バックドアの3ドアの車ですが5ドアのKeiさんと
多くの部品の規格が同じに出来ています。
ロングセラーの車なので全国にたくさんの仲間がいます。
部品どりをするにしても、こういう場合は助かります。

よさげなもので1万円ほどで買えます。 送料は4000円か。
まぁ、それでも安いのかな。
部品を取り寄せて、自分で取り付けることも考えましたが、とりあえず
販売店で相談することにしました。
部品交換なしで修理するのと、中古部品を購入してそれを取り付けるのと
見た目や修理代金にどのような差が生じるのかを聞いてからどうするのかを
決めるつもりでいました。
父はというと何か憑きものが落ちたように、いつものように
いろいろと話しかけてきました。
すべてを話して気が楽になったのかもしれません。
「これ、お前 開けられるかな?」
差し出されたものは、どこかの骨董屋で手に入れた寄木細工の小箱でした。

上品な柄です。
ですが、どの面にも開けられそうなフタが存在しないのです。
からくり小箱です。
父は勝ち誇った どや顔をして私を見下ろしています。
「なんなんだよ、このじじいは面倒くせー男だなー」(口には出しませんよ)
実は私、これと同じ小箱に触ったことがあります。
よく、観光地のお土産屋などに置かれているものです。
確か値段は650円?くらいだったと思います。
もちろん、開け方も知っています。
「ホラッ」と開けてみせると「おぉ、開けたか!」

「きれいな小箱だろう それ やるよ」
父は私の好みを知っています。
きれいな小箱は私の弱点なのです。
「いくらで買った?」
「1000円!」 「うーん」
中にはなぜか明治25年の1円硬貨と現在流通している1円硬貨が入っていました。

「これは?」 「おまけでもらった」
明治25年の1円硬貨は市場では2000円ほどの値段をつけています。
「2枚で4000円相当か」 「まぁ、許される範囲の買い物かな」
「これも、いいよ」とか言って他の小箱も見せてくれました。

ただ単に小箱なのですが、宝石箱のようです。
中には寛永通宝の古銭が入っていました。
(この家では小箱と古銭はセットなのかなぁ?)

この寛永通宝は江戸時代、明和6年 1769年以降に作られた4文銭です。
裏面の波の模様は発案者の川井久敬家の家紋(丸に青海波)です。
初めて作られた明和5年当時 波は21ありましたが、翌年からは11になりました。
ひとまわり小さな寛永通宝は1文銭です。
このお金が流通していた頃、ひと串にささった4つのだんごの値段が
4文だったそうです。
現在、この4文銭の市場価格はおよそ50円ほどです。
状態がいいので、これなら500円までは出せるかなぁ?
江戸時代に造られたお金が現在でも、こうして現存していることに妙に
こころがときめきます。
おふじが触れた4文銭かもしれません(誰だよ、それ!)
いや、小野十蔵がだんごを食べた時に使ったものかもしれません(誰なんですか?)
4文銭を一枚だけ頂戴して、お守りとして小銭入れに入れました。
父と共にKeiさんの販売店へ行き、状態を見せて説明しました。
プロの見立てとしては、部品交換なしで叩いて修理した方が安く上がる
ということでした。

例え部品を替えても色の違いがあるのでそれを合わせるために
吹き付け塗装をしなければならなくなるそうです。
まぁ、使えるものであれば元々Keiさんの身体をそのまま使っていった
方がいいとも思います。
ついでに、フェンダーモールの黒色が薄れてきているので吹き付け塗装を
してほしいとお願いしました。

ボディのへこみもなくなり、薄くなってきた色を元のようにすることが出来れば
新車のようにとはいいいませんが、Keiさんの美しさは相当あがるはずです。
「この車はすごく気に入っていて、長く乗りたいと思っています」
「えっ!?そうなの?」(何かおかしな事言ってますか?)
「んじゃ、サビの部分も直す? これ いずれ穴があいてくるよ」
「とにかく最高の状態にしてください」
(気がついたら、こんな事を口走っていました)
父は横に立ち、ポカーンとしています。
Keiさんは年式も古く、16万キロ弱の走行距離にもなる車です。

でも、たとえ古くても私にとっては最高の車です。
最愛の車なのです。
家に戻り、私はすぐに宣言しました。
「Keiさんには限界まで乗る!」
「はっ!?」
「げ・ん・か・い まで乗る!!!」
販売店からの電話でおおよその修理の見積額が示されました。
「8万円でやらせていただけないでしょうか」
「わかりました お願いします」
先方の言い値をそのままのみました。
いい仕事をしてもらうためには金に糸目はつけません。(なんちゃって)
(高級車に乗られている方には桁が違う世界だと思いますが
広く、温かな心で受け止めてください)
「8万円だって」
「・・・もっと掛かると思った」
「うーん、どうするかね」
「うーん」
私が江戸へ戻る日の朝、Keiさんは販売店の社長の運転で修理へ向かいました。
Keiさんにしてみれば、この販売店が実家という事になるのかも知れません。
「美しく、最高の車になって戻ってくるんだよ」
「途中、事故にあうなよ」

「兄上、行かれるのですか?」
「うむ、父とKeiさんのことを頼むぞ」
「父上のことを責めないでいただきとうござります」
「わかっている」

「ところで、このお腹の絵はクマさんですか?」
「違うよ、ネズミだよ」
「可愛いですね」
「うん、可愛い、ネズミも留美も」

「気になっていたのだが、隣の子は何者か?」
「(いもうとのアブちゃん)と申しておりました」

「それは留美の妹ということなのか」
「いや、苗字と名前になるかと思います」
「いもうとの までが苗字になるのかな?」
「それは定かではありません」
父はKeiさんのボディをへこませた後に反省文をしたためていました。

車の運転をやめる覚悟が固まったようです。
今後の免許更新はしないし、車にも乗らないと言っていました。
大きな事故を起こしてからでは遅いのです。
取り返しがつかなくなります。
年配でも若い人でも、誰であっても事故を起こしたり、事故に巻き込まれる
可能性はあります。
考えようによっては、この機会に車のある生活からおさらばする選択肢があります。
父は今後、移動手段は歩きとバスかタクシーになります。
私が実家に戻った時に車が必要であればレンタカーを使えば安上がりかもしれません。
でも、Keiさんと別れられません。
Keiさんは私にとっては特別な車なのです。
地球上でいちばんの車なのです。
走行不能になったとしても家の中に飾っておきたいくらいです。

修理費の8万円は私の秘密貯金から捻出します。
何事も物を維持するというのはお金が掛かりますね。
車検や任意保険などを合わせると年間維持費は約16万円になります。
走ればその分だけガソリン代が必要です。
税金もあるので更に必要経費はかさむことになるのでしょう。
でも、頭に浮かぶのは美しい姿のKeiさんです。
こんなに可愛らしい車は他にありません。
頻繁に乗れるわけではありませんが、Keiさんと共に限界を突破します。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

台風15号、19号の被害は時間が経ってもまだなお続いています。
今まで築きあげてきた日常が、一瞬で奪われることほど虚しいことはないと思います。
被災された方々にこころからお見舞い申し上げます。