あれから
生前祖母の事をおっきいばあちゃんと呼んでいたので、そう呼ばしてもらいます。
祖母の死
先日娘とお買い物に行きました。
その時、娘がぶつかりそうになったおばあちゃんが、おっきいばあちゃんそっくりでした。
謝り方
笑顔
体格
そして、おばあちゃん
と呼ぶ子供の声
そんなのを聞いたり見たりすると
娘と一緒に
あんなにそっくりなおばあちゃんみるとちょっと寂しいね
と。
やはり、似ている人やおばあちゃんと呼ぶ声を聞くとさみしいかな。
おばあちゃんと呼ぶ人はもういない。
でも、驚く位ちょっとなんです。
さみしいの。
それより、愛されている思いが降り注いできて、感動して泣いてしまう日々です。
私の記憶、行動、思い全ての中におっきいばあちゃんはいます。
そして、教わった全てで生きている私。
それを娘に教えている。
洗濯物のたたみ方ひとつ、おっきいばあちゃんに教わりました。
そして、一緒にたたみながら、それを娘に教えているの。
そんな中にもおっきいばあちゃんは生きている。
そして、
おっきいばあちゃんは私や娘、父に大きなパワーをくれています。
父は人生の半分以上歩いていないのです。
今リハビリをしていますが、要は父の脳が歩き方を思い出せるかどうか。
歩けると思えるかどうか
なんです。
そしたら、おっきいばあちゃんは
私は歩いてたから歩き方知ってる。
父にその私の知ってることを教えてあげる。
と言っていました。
母は、おっきいばあちゃんに、その元気だった足頂戴
って言っていたけれど、
足じゃなくって
歩き方を知ってる私の脳の記憶をあげる
ですって。
足は私も歩くから嫌よ
ですって^^
娘は
おっきいばあちゃんがいつも自分のピアノを応援している
そして、娘がちゃんとピアノを始めてからは、足腰がイマイチ悪くなって
娘のピアノを聞きに来ることは出来なかった。
だれよりも、娘のピアノが大好きで、舞台で弾くときは聞きに行きたくていた人。
この前の10日のコンクールには、
もう体が軽いのよって言いながら、見に来ていた。
それを見えていた娘は、おっきいばあちゃんがいるから大丈夫
って勇気に変えてた。
自然とおっきいばあちゃんの愛が
娘の中で勇気と自信へと変わっていた。
とっても普段の娘らしい演奏だった。
私にもおっきいばあちゃんは力をくれている。
私は死の恐怖がある
突然大切な人が死なないかとても怖くなる時がある。
けれど、これはおっきいばあちゃんが死を迎えてから、ピタッと無くなった。
どう考えても、おっきいばあちゃんが守ってくれているし、
誰よりも私のソバにいた人。
魂が近くにいた人。
おっきいばあちゃんのサインが分からない訳がない私。
理屈じゃない。
見えるからじゃない
何があっても、人間の私が物理的に目か届かない部分は、おっきいばあちゃんが担当してみててくれるだろう。
そう思ったら、怖くなくなった。
まだ数日だけど、こんなにもたくさんのパワーをプレゼントしてくれているおっきいばあちゃん。
そして、仕切りに娘の演奏を聞いて
咲希ちゃんが1番上手かった
とずっと言い続けてた^^
この言い方おっきいばあちゃんらしい。
娘は最優秀賞ではなく優秀賞だったから、実際は1番良かったわけじゃない。
けれど、娘が1番だった
と言い張る所なんて笑ってしまった。
あなたに今も愛されている私達家族がいる。
あなたの言葉、笑顔に今を生きる勇気を貰っている私達がいる。
あなたの大切な人
いなくなってからでは遅い。
悔いのない様に、今言いたいこと、してあげたいことはしよう。
私は後悔していない。
最後迄一緒にいれた。
そして、今も一緒にいる。
私はさらにパワーアップしています^^
だって、あの頑固で強情でかわいいおっきいばあちゃんがアマちゃんと一緒に私に力を貸してくれるから。
沢山の人へ愛を届けよう。
私がおっきいばあちゃんとアマちゃん、それ以外のたくさんの神様に注いでもらっている愛全てを今必要としているあなたへ。
届けよう。
私が生きている限り、人として。
そして、いつか光となったら、そっちから^^
愛を送り続けよう。