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ちょこボラ!しよう

「ちょこボラ」とは、「ちょこっとボランティアする」こと。今すぐ簡単にはじめられる「ちょこボラ」の数々を紹介します。


最近は母親の影響を受けてか、老人ホームに興味津々。そりゃ、私自身はまだまだ関係ないと思うけど、「入所金ウン千万」とかいうのを耳にすると、「ええっ!老人ホームってそんなに高いの!地獄の沙汰も金しだいならぬ、老後の沙汰も金しだいってわけかい~」と、今から我が身案じてしまう。そんなお金、稼げるかどうかわからない(><;)。今さらながら、格差社会を実感してしまう。高級ホテルみたいなのはいらないし、お達者クラブみたいなサークルもいらないから、もっと安くて質実剛健なホームができてくるとうれしいんだが…。誰か、つくってくれないかなあ。
と嘆いてても始まらないですね。物件探し、お部屋の内見はわりと好きなので、近所で見つけた、わりと高級なホームを勉強がてら見学させていただきました(「母親が物件探しをしてるので…」とお願いしたら、快く案内してくれました)。
お部屋は南向きか東向き(南向きなら海が見える)。広さも一人ならまったく問題なし。高級感はあるけれど、嫌みな感じはあまりしない。規模も50人前後とアットホームな雰囲気。設備もセキュリティもしっかりしてるし、う~ん、なかなかいい感じ。
でも、入所金が約4000万~なのよね。嗚呼、残念無念。ま、いっか。

[余談]
今回は湘南はTヶ崎の海沿いにあるホームを見学。ていねいに説明,案内してくださったスタッフの方、ありがとうございました。おしつけがましくなく、さりとてそっけなくもなく、不意の客に対して誠実に対応してくださいました。


ホーム眺め

窓からの眺めがとてもよかった。やっぱ海沿いはいいのう…。
来月早々に出産を控えた友達に会ってきた。
臨月とあって、さすがにおなかが大きくなっている。手でおなかを支えたり、クッションを支えにしていないとつかれてしまうという。いわれてみれば、私もそうだった。大きなボールを常に抱えて暮らしているようなもので、意外に負担が大きいのだ。「妊娠するって、けっこうタイヘンだよね」と友達はいっていたが、まさにその通り。妊娠も出産も、負担負担の連続なのである。

でも、正直にいうと、私は妊娠期間は決して嫌いではない。いや、むしろ楽しかったといってもいい。妊娠期間はわけもなくウキウキして、リラックスできて、とても気分がよかった。妊娠につきものの出産と子育てさえなければ、また妊娠したいと思うくらいだ。それに、妊婦になると、街なかや電車のなかなどで気づかってもらうことも多くなる。席をゆずってもらったり、荷物をもってもらったりして、他人の情けが身にしみた。だから、私の場合、出産しておなかがぺたんこになったあと、軽いマタニティブルーになった。これまでいっしょにいたものが切り離されて、心にすきまができてしまったかのようだった。もっとも、その後すぐ子育ての忙しさにおわれて、ブルーになっているヒマもなかったけれど。

妊娠期間は気分がよかったからまた妊娠してもいいなどといっている自分だが、決して子供好きではない。「できたら産んでもいいかな」程度に考えていたら、子供を授かった。で、産んでみた。という、なんとも行き当りばったり的な出産だった。だから、子供がほしいと切実に望んでいるという人のことを聞くと、いくぶん申し訳ないような気になる。「望んでもいなかった」者に与えられて、「強く望んでいる」者には与えられない。それどころか、なかにはせっかく与えられたのにみずからの手で子を痛めつけたり葬ってしまう者もある。皮肉なものだ。

妊娠中のその友達には、不妊治療を行っている友達がいるのだそうだ。不妊治療は値段が高いうえ、肉体的にも精神的にも負担を強いられる。妻にも夫にも問題がないのに不妊ということもあるし、治療を続けたからといって子が授かるという保証もない。原因も求められないし、結果も求められない。これほどつらいことはないと思う。
しかも、定期的に通うには会社を遅刻したり休んだりしなければならない。「不妊治療のために会社を休みます」というのはいいにくいことだから、つねに別の口実をつくらなければいけないこともあるだろう。おまけに、人気の病院では待ち時間が長く、受け付けてから4、5時間待ちも当たり前というケースも多いらしい。これが毎週となったら、すりへってしまうのもうなずける。「いっそ会社を辞めて治療に専念して」とも思うが、不妊治療は保険がきかないため、1回につき万単位のお金がかかる。治療を続けるにはお金が必要で、会社を辞めるわけにもゆかないのだ。

経済的にムリ。肉体的にむずかしい。少子化の背景には、複雑な事情がたくさんあると思う。その複雑で深刻な事情をこまやかに調べて解決していく、効果的な少子化対策を御上は考えてほしいものだ。不妊治療に保険を適用するとか、今すぐ保育園の増設にとりかかるとか。そういう予算は、よぶんな接待費を省けば簡単に捻出できるはずと思うのだが、そういうことにはなかなかならない。この国はなにからなにまで「自己責任大国」なのかもしれない。

「自立型有料老人ホームセミナー」という集まりに参加してみました。仕事がらみもさることながら、御年74歳になる母親がたいへん興味を抱いているという事情もあって、セミナー参加に申し込んでみたのであります。。。

会場に行ってみると、大手ホームの営業さんたちが客席後部に陣取っていたため、「もしかすると、民間の老人ホームの宣伝文句を聞かされるだけ?」と危惧してもいたのですが、それはあくまでセミナー終了後のオプション。セミナーでは昨今のホーム事情、どんなことを目安にホームを選べばよいのかをきっちりとアドバイスしてくれて、なかなか勉強になりました。
(くわしくは、ヤフーボランティアの拙コラム「プチボラしよう!」で後日ご報告しますね)

それにしても、有料老人ホームの入所金って高いよなあ。どんなに安くても3000万円代から。上はウン億とかいうのもありますし。格差社会であることを如実に感じさせられますが、このバカ高い入所金って、なんとかならんもんなのでしょうか。
おまけに、自立型老人ホームでは日常生活の細かい作業(手紙を出す、ファックスを送る、お金をおろすなど)の代行もすべて有料で行うサービスになっているようで、その代行&料金表を見ていると「なんでもお金、の時代なんだなあ」とうすら寂しくも思います(´_`。)。そりゃ、タダで引き受けていたらキリないでしょうから、お金で換算するというのもいたしかたないんでしょうけど…。

講演をされた全国有料老人ホーム協会の理事によれば、自立型有料老人ホームは「この先買い手市場になると予測される」とのこと。誠実で良心的で、ユーモラスな発想で低価格高品質を実現してくれる業者の活躍を、心待ちにしたいところですね(^_^)v


老人ホームセミナー
止まるところを知らない、おエライさんの失言問題。あまりにも続出していて、驚きも怒りも感じなくなってしまったが、それにしても「産む機械」とは、いってくれるよなあ( ̄へ  ̄ 凸。いのちってものが、機械から産まれるとでも思ってるのかしら?

常々思っていたことだが、出産は「並大抵」のことじゃあない。私の出産はまったくの安産で、タイヘンなことも危険なこともまったくなかった。でも、産み終わって感じたのは、「子供を産むってすごくタイヘンなことだったんだ」という感覚。

もちろん、そのぶん充実感や達成感もものすごい。これまでの人生でもっとも充実して幸せだったのは?と聞かれたら、私は迷わず「出産」と答えるだろう。そのくらい、出産は幸福感をもたらしてくれるものでもある。が、タイヘンなことにはちがいない。昔は出産で亡くなる人もいたというが、なるほど納得。今は出産で命を落とす人はほとんどいないと思うが、命を産むのは命がけ。というくらい、出産は大仕事だと思うのだ。

がしかし、そのわりには出産はあまりにも「普通のこと」ととらえられているように思えてならない。かくいう私自身、経験するまではそんな大仕事だとは思っていなかった。「みんな普通にやっているんだから、私だって普通にできるでしょう」と、その程度に考えていた。でも産み終わって感じたのは「こりゃ、タイヘンなことだぞ~。いやもう、スゴイ体験をしちまったぞ~」ということ。「こんなにタイヘンなことなのに、なんだか出産って軽視されてないか?」。

こんなことをいうと、これから子供を産もうという人は「ええええ! そんなにタイヘンなの? 痛いの? コワイの?」とビビってしまうかもしれない(ごめんね(^_^;))。ただし、ひとつ付け加えておくが、タイヘンだからといって、コワイとか痛いという恐怖に襲われるわけではない。これが出産の不思議なところなのだが、陣痛から出産まで、肉体的な痛みや不快感はあっても、恐怖感はほとんどない。もちろん個人差はあると思うので断定はできないが、少なくとも私自身や私の知る範囲では、出産後に恐怖や嫌悪感を覚えたという人はいない。「タイヘンだったけど、喜びのほうが大きいよね」と、なぜか「タイヘン」と「喜び」を結び付けるケースが多いのだ。

周囲も本人も「喜び」が勝るために「タイヘン」のほうを忘れてしまうのだろうか? いや、忘れてもいい。忘れちゃってもいいのだが、私は忘れられない。別に「タイヘン」だということを強調して出産とい行為を否定するつもりはまったくないのだ。むしろ、出産というタイヘンな行為を乗り越えたことを、みんながもっと、意識して誇りに思ってもいいのではないかと思うのだ。

女なんだから、産んで産めて当たり前。ではない。
出産は、LIFE(人生そして命)をかけた一大事なのです。



ビーチ



昨年の冬ころから取材&執筆を開始した「フェアトレード」の本がもうまもなく、この3月に上梓されることになりました。「フェアトレードは何ぞや?」から始まって、どんなふうにフェアトレードを暮らしのなかに取り入れているか、などを具体的に、エッセイ調でご紹介しているのですが、本書のなかでは「フェアトレードアイテムを、手作りふうにカスタマイズしてみよう」というアイディアを提案。お裁縫も編み物もからきしダメな自分が「手作り」だなんて、ぷっ、(`∀´)笑わせんな~と、思わず自分で自分を嘲笑したくなりもしましたが、これがなかなか楽しいのですわ。もちろん、シロウトくささがぷんぷんただよう、カンタンかつシンプルなものなんですが、つくってみると「おおっ。意外にイケてるんじゃな~い?」と自己満足することしきり。(≡^∇^≡)
このたびは、ネパリバザーロ(日本で活躍しているフェアトレード団体のひとつ)で購入したマクラメベルトに、レースリボンとスパンコールリボンを結びつけ、高円寺の雑貨屋でゲットしたレトロモダンなボタンをあしらってみちゃいました。ベルトにするのもよいけれど、首に巻いてマクラメネックレスにするのもよいかも。あ、ひょっとすると、もっといろんなものを結んだりくっつけたりしてもカワイイかな? 出来映えのほどはともかく、試行錯誤していると、なんだかみょ~に楽しいんですよね。


ベルト2
今日はちょこボラとは関係のないお話。
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新年早々、うちのチビが近所の野良とひどいケンカをやらかしたらしく、満身創痍で帰ってきた。ケンカなんてこれまでに何度もあったことだし、傷じたいはそれほどひどくはない(といっても、まぶた、おでこ、のど、せなかなど数カ所に痛々しい傷あと)けれど、落ち込み方としょぼくれかたがかなりひどい。おそらく、相手に負けたことによる精神的なショックが強いのかもしれない。おまけに、獣医さんに診てもらったところ、猫エイズであることも判明(ノ゚ο゚)ノ。
「自由外出の雄猫なら、エイズである可能性は高いんですよ。体力や免疫力は落ちますが、すぐに死んでしまうような病気ではないですから、あまり悲観しないで」
と先生はおっしゃっていたが、ううう、やはりちょっとは、いやかなりショック。チビは無邪気で元気で、恐れを知らない天晴れな性格だったのだ。そんなチビが猫エイズ、どこの猫の骨とも知らない野良に打ちのめされて、ボロボロにやつれてしまった。トレードマークだったくりくりの丸い目は今や半眼、表情は負け犬(猫)のようになっている。あああ…いったいどこのどいつがやったんだ! 今すぐ見つけだして、返り討ちにしてくれるわい!ヽ(`Д´)ノ
とはいうものの、自由外出の猫にケンカはつきもの。ケンカでは、強い者が勝って弱い者が負けるのはこの世の理。こんなことなら自由外出になんかしなければよかった。安全なおうちのなかで過ごすよう、しつければよかったのかな。。。
「お外が好きな猫ちゃんは、どんなことがあってもお外に行くのが楽しくて、それが幸せなんですよね。草とたわむれるのも、チョウチョを追いかけるのも、それにケンカするのも。でも、ケンカに負ければやっぱり悔しい。とくに男の子はね、やっぱり悔しいんですよ」
担当してくださった男性獣医さんがしみじみと、ちょっとさみしそうな顔でこんなことをおっしゃっていた。負けて悔しい男の心理は、猫でも同じか。いくら気を揉んで心配したところで、チビの気持ちを癒すことはできないのね…。なんか、歯がゆいというか辛いというか。男の子をもつ母親の気持ちがちょびっと理解できたような(T_T)。
治療してもらった翌日、チビは性懲りもなく、またお外に出かけていった。傷が治るまでダメ!といっても、ごろごろ甘えて「外に出たい」とおねだりおねだり。仕方なく外に出してやるが、帰ってくるまで気が気でない。
待っても待って帰って来ず、いずこへか姿を消してしまった。なあんていう日が来るのだろうか。
考えたくはないが、そういう日がいつ来るとも限らない。悔いと悲しみがわずかでも小さくなるよう、毎日毎日、チビの顔をじっと見ることにしよう。


ちび2
パンダ

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます!今年もゆるゆると、ちょこボラさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
というわけで、年頭初のちょこボラは、このかわゆいパンダのカレンダー。お正月にたまたまロフトで見つけて、「おお、かわゆい♪」と思って手にとってみたところ、何でも売り上げの一部がパンダの保護活動に役立てられるというではないですか。これはもう、買うしかない。ちょっと小振りで、スケジュール書き込みしにくいのですが、かわいさとちょこボラ魂に後押しされて即買い。今年の私の運命の動物(?)はパンダってことなのかな。ひょっとすると、パンダにご縁のある年になるのかもしれないですね~。

ところで、昨日DVDで「ナイロビの蜂」という映画を見ました。国際社会、アフリカの貧困や紛争といった社会問題を横糸にしつつ、全体のストーリーは恋愛ミステリーというエンターテインメント。ボランティア関係をテーマに取材、執筆している者のはしくれとして、見ておくべき映画かしら、などと思ってみたのですが、とってもとっても興味深い映画で、あっというまに見終えてしまいました。
でも、見終わったあと、切ない気持ちになると同時に、ヒンシュクをかうかもしれませんが、「貧困ってこわい。アフリカってコワイ」としみじみ思ってしまいました。人の命がとても軽く感じられて、正義よりも情熱よりも、恐怖感をひしひしと感じてしまったのです。
餓えもなく紛争もなく、命の危険にさらされもしない状況で暮らしながら、「貧困に苦しむ人のために、ちょこっとずつできることを」などと提案することが何だか脳天気にも感じられて、むなしいような、情けないような、ちょっと落ち込むような気持ちにもなりました。
国際協力を本気でつづけるには、こういう落ち込みと粘り強く渡り合う精神力が必要なのかもしれない。と、年のはじめから、ややブルーな気分の私なのでした。。。。
麻心

先日、実母と娘と私、3世代連れ立って、由比が浜にある「鎌倉文学館」に行ってまいりました。お目当ては企画展「芥川龍之介の鎌倉物語」。鎌倉文学館は小高い丘の上にあって、ありし日の芥川のプロフィールを眺めつつ、染まりかけた紅葉を愛でつつ、冬の鎌倉を歩きました(娘はタイクツそ~に、紅葉集めをしておりました)。
その途中、由比が浜にある麻の実料理のお店「麻心(まごころ)」でランチ。玄米と無農薬野菜を使ったカレーライスをいただきました。う~ん、ヘルシー。おまけに、エクアドルのフェアトレードコーヒーもあったので、これまた砂糖を使わないヘルシーなケーキといっしょにいただきました。こんなところでフェアトレードコーヒーに出会えるなんて、ちょっと感激。ご縁があるのね。。。
we21

年末大掃除の一環で衣類を整理。着用頻度の少ない美品の衣類を「WE21ジャパン」のお店に寄付してまいりました。寄付したのは、アウトドアコートやスエットのジャケット、男性用デニムやパンツ。お店の人にチェックしていただき、すべて受け取ってもらえました。
ちなみに、「WE21ジャパン」は神奈川県内で活動するボランティア団体で、寄付された衣類を販売してその収益を国際協力活動に用いています。
お店におうかがいしたのは夕方5時すぎでしたが、店内はお買い物客でいっぱい。みなさん、楽しそうにお洋服や小物を物色していらっしゃいました(^^)。

●WE21ジャパン
http://www.we21japan.org/
神奈川県下36のWE21地域POと連携し、市民の品物寄付・ボランティア参加が中心のリサイクルショップ「WEショップ」事業を推進。資源のリユース・リサイクルを進めると同時に、その収益でアジア地域の人々の生活向上と自立のために支援し、環境・人権・平和・共生について学び行動することを目的としています。 「WE」はWomen’s Empowerment(女性たちが力をつける)の略。
oggi12

1月から1年間連載してきたoggiのコラムが今月12月号で終了。はじめての雑誌連載でちょっと不安だったのですが、とても勉強になりました。読者の方には「ボランティアなのに、ロハスやスローライフのような内容が多くて、テーマがあいまい」というご意見もいただきました。より多くの人が気軽に読めるようにと、内容を広げ過ぎたのがあだになって、テーマがぼやけてしまったかもしれない。反省点多し。これからはもっと、つっこんだ内容でも多くの人が興味をもって読めるように、筆力アップ、鍛練しないといけないなあ。。。