今日は昔の記憶を思い出した。
お腹が弱かった私に
症状を訴えると
「いつもおなかが痛くて、
それは私を困らせようとしているのね」
という母の心無い言葉。
誰かのうちに遊びに行ったあと
帰るのが嫌だとか騒いだり
その楽しかった話が気に入らなければ
「そのうちの子になりなさい」
という母の心無い言葉。
嫌いなものが食べられず
食事を残すと
「私の食事がダメなのね」
という母の心無い言葉。
実の母からのそんな言葉に
どんな心なら娘は耐えられるのだろう
母は
頑張り屋さんの母だ。
子育ても
仕事も
嫁も
母も
その調子ならおそらく娘としても
とにかく出来るように努めたのだろう
忙しかったに違いない
必死だったに違いない
今の私が
母の当時の同じことをこなせるか
と言われると
到底無理だと思う。
でも
だからと言って
私の記憶の中にある
この言葉たちは
それだけよく出来た母でも
使っていい言葉ではないんだ。
くれぐれも言っておくけれども
母は
人一倍世話焼きで
人一倍家族が大事で
人一倍家庭を大事にしたい
本来やさしい母だ。
でも
私はそうした母に
知らないうちに
傷つけられていたことを思い出した。
母は正しい
そういう意識のもとで
生きてきたから
私が母を困らせる
私が母を悲しませている
私が悪いのだろう
そう言った意識が
無意識に私の中の正解に
なっていたのだと思う。
だから
コレからはそんな母を恨むのではなく、
母は私を傷つけ得る
母だって人並みに間違うことがある
だから
私は私の思ったことを
言ったり信じたりしていい
私は私の価値観
私は私の感覚を
尊重していいんだと思いたい。
母のものさしは
私のものさしではないんだ。
傷ついたんだったなぁ、
あのとき。
かわいそうだったなぁ、
あの時の私。
ひどいこと言われたね…、
あの時の私。
と、
私が私を慰めることにしよう。
今度そんなことがあったら
「そんなこと言わないで」って
言えるように。
そして、
その場で仲直りできるように。
あの時の必死だった私のお母さん、
家族のために必死になってくれてありがとう。
でも傷ついたことは
気づいて欲しかった。
これからは対等に行こうね。