女将さんが何を言いかけたのかはぐらかされ、本心では気にしながらも私は表面上は何もなかった顔で春と部屋にいた。
会話が途切れたところで、遠慮がちなノックと静かな声が扉越しに聞こえてきた。
??「失礼します、お邪魔してもよろしいでしょうか」
春「どうぞ」
どこか慣れた様子で春が返事をすると、静かに襖が空く。
女将「改めまして、本日はお越し頂きありがとうございます」
見とれてしまうような所作で頭を下げ、女将さんが挨拶をしながら微笑む。
女将「投菅にお越しのお客様には、ささやかな気持ちと致しまして、お抹茶をお出ししております。もしよろ
しければ一服いかがでしょうか?」
お抹茶をたてるための一式をそっと手元に引き寄せ、尋ねてくる。
彩「あ、お願いします」
反射的に答えると、春も同意するように静かに頷いた。
女将「かしこまりました。簡略式ではございますが……」
明るく笑い声を上げ、女将さんは手早くお抹茶を点て始めた。
少しして、目の前に置かれたお抹茶をお茶うけと一緒に頂いていると、女将さんがまた嬉しそうに微笑みながら口を開く。
女将「先ほどは玄関先で失礼致しました。つい懐かしい気持ちが先立ってしまって」
春「……」
無言のまま静かにお抹茶を呑む春を気にすることもなく女将さんは続ける。
女将「JADEの皆さんのご活躍は、tれ日などで拝見しておりましたけれど…… 私には、やはりあの日の皆さんの表情や言葉が懐かしく思います」
『あの日』を思いだしているのか、女将さんがスッと目を細めた。
それを見て、それまではお茶うけと一緒においしく頂いていたお抹茶が、急に苦く感じ始める。
女将「神堂さん、あの時の……」
春「……覚えててくださったことは嬉しく思います。ですが、昔の話はあまり……」
女将「あらまあ…… でも、あのお話でしたら問題ございませんでしょう?」
春にしては歯切れの悪い言葉に、女将さんはますます楽しそうに笑いだす。
(春は……私の知らない話題にならないようにって気遣ってくれてる)
頭では理解しても、話を遮ってまで隠さなければいけない何かがあるのではと、どうしても考えてしまいそうになる。
彩「……」
(春に限ってそんなこと……、でも……)
(選択してください)
A:お抹茶、美味しいです
「……お抹茶、美味しいですね」
私は精一杯そう取り繕ってみせる。
(春の気遣いが、必死に何かを隠してるように思えるよ……)
今は隣に座る春を見ることができなくて、私は笑顔をつくって女将を見る。
女将「ありがとうございます。ご滞在中に機会がございましたら、ぜひ当店自慢の茶室でも一服。ああ、そういえば……」
女将さんも笑顔を返し、ふと思い出したように手を叩く。
女将「数年前、JADEの皆さんがいらっしゃったときにも、こうしてお抹茶を立てさせて頂きました」
彩「そうなんですね」
動揺する気持ちを抑えて、私は続きを促すように笑みをさらに深くする。
女将「あのときは水島さんが足が痺れたと涙交じりに呻いていらして、井上さんが呆れてましたっけね。折原さんは何度も頭を下げていらして、神堂さんは……」
チラッと、ちょうどお抹茶を飲み干した春を見て女将さんがにこやかに笑う。
女将「今と変わらず、ご自分のペースと申しますか静かにお飲みで……ですから、あの日に――」
春「そろそろ2人きりにしてもらえないか」
『あの日』の話題に掠めた瞬間、春が女将さんの声を遮った。
B:前にここに来た時は…
「前に春、いえ……JADEの皆さんでここに来た時は、皆さんはどういったご様子だったんですか?」
私は遠回しにではなく、ズバリと直球で尋ねた。
すると女将さんは、私に向き直り嬉しそうに口を開く。
女将「それはもういろいろとお話は尽きないものでございますよ。たとえば――」
春「いつもと変わりなかった」
女将さんの言葉を遮るように言いきって、春は空になったお茶碗をそっと置いた。
(春……)
ここまで昔の話を遮られてしまうとたまらない気持ちになる。
どこまでも優しい春だから、本当に他意なんてないのかもしれない。
(そう思いたい、思いたいけど……)
女将「これは大変失礼しました。あの日の言葉がとても印象に残っていて、つい……」
とうとう女将さんは話すことを諦めてしまったのか、苦笑いめいた笑みを浮かべた。
(また、『あの日』……)
何だかもう何もいえずに黙りこむと、女将さんはどこか気まずそうにお茶の道具を片付け始める。
女将「楽しい旅行に水を差したようで申し訳ございません。……よろしければ裏庭の滝なども見てくださいね。紅葉が映えて大変、綺麗ですから……」
手早く片付けを終えると、女将さんはそれだけ言って部屋を出て行った。