とりのこども
最近になって家の窓から見える公園の
大きな木に巣を作った鳥の雛が孵ったみたいだ
毎日一定の時間が空いて
ぴぃ~よ ぴぃ~よと聞こえてくる
午前9時
午後12時
午後4時
午後8時
間が空いて…
午前4時…
午前4時はやめてぇ~
歩き始めたみよちゃんが もとい娘が
やっと やっと
夜泣きが治まってきたんだよ~
起こさないでぇ~
でも鳥の母さんも頑張ってるんだろう
オマエも頑張れ
私も頑張る
2005年6月23日(木)PM:2:17に上げた記事です。
初期のころのお気に入りの記事ですが、内容が微妙で、作文ちっくな文体。
コメントはありませんでした(笑)コメントできねーよっ。
この後、娘の夜泣きが治まったと思っていたのは気のせいだったと知ります。
そしてこの後約一年近く、夜泣きというか深夜徘徊に悩まされるのでした。おろろ~ん。
ここ1ヶ月、夜中ほとんど起きません。起きても、すぐ寝てくれます。卒業か!?卒業してくれるのか!?
寝る前の数々の工夫が実を結びました。
とりとめないのは人格も同じ
このブログの内容を改めて
ざっと読んでみたけど
どうにも一貫性のないブログだ
でも多分この一貫性のなさが
私、という人間をよくあらわしているんだろうな
パソコン画面のこちら側の私は
どこかいつも緊張していて
どこかいつもいらぬ気を使っている
ここに書いてあることは
こちら側の世界ではほとんどが口にしないこと
このブログを書いているのを知っている
こちら側の世界の人は
夫とメロスの友の二人だけ
これを見られても何の問題もないということは
多分この二人には
リアルな私の姿を見せられているんだろうな
ブログは
自分の頭の中を整理して
書き留めて
並べて見ることができて
更に私のあれやこれやの現実的な要素は関係なく
別の視点から思ったことを知らせてもらえる
画期的なメモ帳みたいなもの
2005年6月22日(水)PM:3:29に上げた記事です。
ブログ論の一種でしょうか。記事はいまもかなりとりとめないです。あ、人格も変ってないと思いますが。
PCのこちら側の世界で、ブログに書いているようなことを口にする人はかなり限られています。
その限られた人たちは、ブログのちょっちぷんを見ても違いはさほど感じないと思いますが
それ以外の人は、別人だと思いそうです。
言葉や行動のはしばしにそういう片鱗は見えていると思いますが(笑)
錆びたあたまがますますとりとめない
色々と一生懸命考えていたら知恵熱が出そうになったので
気分転換に格闘技のビデオを見た
今度夫の友人が前田プロデュースの大会に出ることが決まった
それに関連して昔のKOKを見直したくなったので
リングスをチョイス
そこへゲイの友人から電話があった
「何してんのよ」と言うので
リングスのビデオを見てると言ったら
格闘技好きな彼は熱く語り始めた
格闘技が好きなのもあるが
彼はまっちょめんが好きだ
余談だけど特にM選手はゲイの方々に大人気だったそうな
その昔M選手がゲイの方々に囲まれていたところを見たが
M選手はとても感じがよかった
ゲイの方々に好かれると
何故かわからないけど異常に嫌悪を示す人も結構いる
けどM選手は色々リクエスト応えてくれて
写真のためにポーズを取ったりしていた
格闘技を好きになって知り合った人は
9割が男性で残りの1割は女性とゲイ
だから食事に行ったり打ち上げしたりもほとんどが男性ばかり
でモチロン話すのは格闘技のことばっかり
それはいいんだけど
何故か世の男性は女子が格闘技を語るのをなかなか許してくれない
おミソ扱いされるか
女はだぁっとれっ!みたいなことを言われる
何も言われないことが一番多いけど
何か核心を突くような発言をすると
「ふうん、結構詳しいんだね…」と言って
凍りつきそうな目で見られる
なんでなんだ?
そのクセもっと女の子にも見てもらいたいよね☆とか言う
一般的な知名度を上げるためには云々…とか
でも好きさ加減が深ければ深いほど排他的だし…
そして一緒に観戦に行くと必ずと言っていいほど
隣で解説を始める
知ってるって言ってもするんだコレが
一人で見てるときも独り言のようにつぶやいてるんだろうか?
あ、そうかそれを聞かせるために
女の子にも見てもらいたいんだな
なーんて意地悪く思っちゃったりする
その点
「アタシはミーハー一筋だからね、安心よ」
とゲイの友人は言った
あ~私、彼と性別取り替えたいっ!
2005年6月21日(火)PM:1:11に上げた記事です。
この後、客層について考えて頭がまとまりました。
プロレス界と照らし合わせると、私がここでマニアと言っている人たちは
じつはそうマニアでもなかったようです。
この記事で登場するM選手、この後めでたくご結婚なされました。
なされましたが、奥様に他の女性と行ったラブホテルの領収書を渡すそうで。
奥さんがどう思っているかはわからないので、ヘンに世の常識とやらに照らし合わせたくないですが
個人的には、いくらいい人でもそりゃないぜセニョリータです。社員と社長的結婚でしょうか。
2度あることは3度あるときもある
今のうちに、と布団を干したら
玄関にあるブロックにかかとを思いっきりぶつけて
皮がむけた
続いて掃除をしていたら
ゴミ箱の上に何の気なしに置いてしまった
ガラスの広口ビンが頭をめがけて落ちてきた
コブが出来た
めげずに洗濯物を干した
私の手の届く範囲内にないフックへ手を伸ばし
より背伸びしようと壁に手をついたら
その手がすべってゴツゴツした壁で手をすりむいた
痛い
2005年6月21日(火)PM:0:41に上げた記事です。
いまだに(?)というか一生やるのでしょうが、最近もこういうことやっています。
柱に足の小指ぶつけたり。痛いです。
それに加え、娘の暴力行為が…。毎朝ネリチャギで目が覚めます。
心の中
自閉症について知ったこと
自閉症スペクトラムという帯があり、帯のどの部分の要素が強いかにより自閉症、学習障害、ADHD、アスペルガー症候群、などに細分化される。明確な境目はなく、いくつかの特性をもつ人もいる。境目は明確ではないが違いはある。どの部分にも特性があり、3つ組と呼ばれるものがある。それぞれの障害にはいくつもの診断基準があり、この分野の歴史はまだ短く、専門医は少なく医療関係者においても理解はまだ少ないらしい。
訂正:学習障害(LD)とADHDは自閉症スペクトラムには含まれません。発達障害という枠に含まれています。(複写にあたり06年5月23日に訂正)
理解を求める声は必ずしも個人へ向けられたものではなくて、群集心理のような、言わば世間一般、のようなものへ届いて欲しいと願っているのではないかな、と感じた。私はいわゆる「健常者」であるけれど、ただ未診断なだけかもしれない、ただの私だ。本当にごく正直に心の中を覗けば、その障害のある方たちの、どこかへ向けたわけではない日々の声の数々を読み、羨ましく、妬ましく思うことすらある。堂々と理解を求めることができて羨ましい、と。理解を得られることは、求める声を出せたからといって、それを口に出来ない「健常者」が得られるよりも遥かに少なく苦痛も多かろうとも思う。それでも人間として小さな私は声をあげられるそのことだけをうらやんでしまう気持ちを持ってしまう。少し頭の中を整理すれば、私がその方たちの声を聞くのはブログやHPという、われわれが生きている場所とはまた違う、ある一定のところでのみ、ということに気付く。そう、もし私がその方たちと実際に手を触れ合うほどの場所で生きていたら、その声は聞くことすらなかったかもしれない。実際に触れ合っているわけではないから、その声を聞くことが出来ただけなのかもしれない。私が声をあげることが出来ず羨ましい、と思うように彼らもまた、口を閉ざさざるを得ないのかもしれない。
私はのんきで無神経な子供だったと思う。今の私としか付き合いのない人からは想像できないと言われるが、天真爛漫な子供だった。母を亡くして初めて、砂を噛むような思いを味わい、大人になるにつれ神経質で理屈っぽく偏狭な人間になったように思う。人の心に目が向いたのは一重に自らの心を知りたいと思ったからに過ぎない。苦しいのは何故なのか、悲しいのを超えるためにどうすればいいのか、そのために心のメカニズムを知りたいと思った。心理学を学び、自分の心と向き合った。薄暗く、しまいこんだ思いを引っ張り出した。見栄をはりたい、大きく見せたい、人が見ている自分と自分が見ている自分の違いを知れば、自分の視点に変えたい、認められたい、寂しがっていること、苦しんでいること、努力していることを知ってもらいたい。そういうしまいこんだ澱のような自分と向き合うのは、とても恥ずかしくて辛い。認めたくない。だけど、出来る限りそれをしまわずに出して認めることで私はある部分強くなったし、あきらめる、ということを知った。それがいいか悪いかはわからないけれど、私には必要だった。知っていく過程で他人にも知らず知らず強要していたと思う。しまいこんだものにいきなり触れて傷つけたり、その傷つく姿を見て傷ついたりもした。今は、理解を深めたいと思っているけれど、どうしても自分の内面にばかり目が向いて、知識への理解が追いついていないことが多いけれど、少しづつでも知ることを続けたいと思っている。
結婚する前、仕事をしていたときは頭の中が常にクリアで自分が何について考えているかは、とてもハッキリしていた。同時に(厳密には同時ではないけれど)いくつかの考えを進行させて答えを導き出せていたと思う。でも仕事のことで悩み、過呼吸で電車の中で倒れて、救急車で運ばれたとき、私は恥ずかしかった。うつ病だね、と言われて、アナタは弱い人だね、と言われたように思った。自分に甘く、社会不適合者だと言われた気がした。改めて自分と向き合う必要があると思った。うつ病、と言われ感じたことは、そのまま他のうつ病で苦しむ人へ向きかねない。働くことは大切だけど、自分を知らぬまま必死になって社会の暗黙の了解の中で生きるのは怖い。急に色々なことが怖くなり、うつ病の原因ばかりを考えていた。あるとき、そんなスパイラルから逃げたくなり会社をやめた。考える習慣を捨てて何も考えないように「白い部屋」と草原のことを想像した。毎日毎日それを想像して時間をやり過ごした。自分のなかにある弱さと向き合いたかった。そんな日々を送りながら楽しいことを求めて毎日遊び歩いた。今まで演じていた自分を再度演じながら。
理解を求めたい。理解されたいと願う思いは私にも強く強くある。だから、障害を持つ人が叫ぶ声が気になる。自分がされてイヤなことをしない、それをする人はそれがイヤじゃないんだ。と思ってきたけど、中には自分はされたらイヤだけど、人にはする、という人もいる。でも私はイヤなことはされたくないから自分もしないように気をつける。本来のんきでマヌケなため理解が及ばず人のイヤなことをしてしまうこともある。気付いたときには一生懸命謝るし、考えを改めもする。だって私も理解されたいから。
きっと私が求める気持ちと同じように強く求めても理解を得られぬことが多いのだろう。理解を求める前に、偏見と向き合わねばならないのだろう。心の弱い部分をさらけ出すのに偏見と戦うのは想像できないほど苦しいのだろう。それならその戦いをする必要がなければ少しは楽になるのではないだろうか。そう思うから偏見を持ちたくない。「健常者」同士ですら偏見はあって、色眼鏡をかけた状態を払拭することは難しい戦いだけど。彼らが持たれる偏見や他人と違うことへの恐れは大きい。理解しようとしているつもりだけれど、私の人生では「彼ら」とであっていない。だからズレがあるかもしれない。でもズレや誤解は少しづつ解いていければ、と思う。前にも記事で書いたけれど、人は砂浜みたいなものだと思う。砂の粒を数えることは大変だし、面倒なことだけれど、それを投げ出したくはない。相手が「健常者」であろうが、障害を持つ人であろうが砂浜の砂粒を数えようとしつづけることが今の私には大事なことだと思っている。
2005年6月20日(月)AM:11:53に上げた記事です。
記念すべき、chargeupさん初登場の記事です。
しかし、情けないことにこの冒頭で、私は思い切り間違っています。
初コメントで、間違いを教えてもらっているのが情けないです(笑)
この後、私はここに書いたことが「他を知る」ということではなく「己を知る」行為だと気付きます。
文章も今読み返せば、自分自身の心の動きに焦点が合っています。
同じくして、新たな疑問も次々生まれました。
障害や病の漠然とした理解をしたいのか。それともそれを持つ「人」を理解したいのか。
例えば差別、区別、どちらにしても「なくそう、なくしたい」と思っても
「人」を知らなければ、最大公約数的理解にしかならない。
そしてその理解は本を読んだり、知識を得ることで繋がることが多い。
その最大公約数的理解が果たして差別や区別をしないことに繋がるだろうか。
苦しみの声は減るだろうか。
「人」への愛情、というか好感がなくして理解は得られないのか。
理解や、障害や病についての疑問や、対峙の仕方のことではありません。
上手く言えないのですが、知りたいのは「人」なのかな、と思っています。
私はボランティアや思いやりに対して、かなり定義を絞っています。
広範囲での意味でも、人によって千差万別の意味でもなく、私の持つ美しい形を知りたいのです。
思いやりについては、この後しつこく語ります。今後も語ります。
余裕のあるときにしか提供できないものは、私の中では思いやりではない。今のところは。
まだまだ疑問は疑問のままですが、少しずつ少しずつ、方向は定まってきています。
ふと気付けば、追記が記事並に長いです。いやん。
プロレスってなぁに?
プロレスって八百長?ってよく聞かれる
答えはこう
ドラマを見て「このお話本当?」って聞かないのと同じだよ
プロレスは素晴らしいエンターテインメントだ
八百長なんてものは存在しない
サルティンバンコやシルクドゥソレイユのようなものだから
プロレスを毛嫌いせず
ぜひ見てみて欲しいなぁ!
(プロレスラーの身体は毛嫌いしてもいいけど)
プロレスを見て子供がマネをしたくなって
怪我をしたら困るけど…
でも「あの人たちは何年も毎日技を受ける練習をして やっと試合が出来るんだよ」
「だから何年も受ける練習が出来たらプロレスしてもいいよ」
って言ったらマネしないかな?
マネと言えば
サルティンバンコやシルクドゥソレイユは子供は真似しないのかな?
あ、でもプロレスは野次が汚いからなー
そういうの子供にはよくないよね
2005年6月19日(日)AM:1:22に上げた記事です。
この前に上げた記事を、1番上においておくのがしのびなくて書いたものです。
私はこういうことをよくします。それほど意味があるとは思えないけれど、気分的なものですね。
プロレスは本当に楽しいです。アメリカのWWEなんて本当に楽しい。
地上波での放映が終わってしまったのが哀しいです。
そうそう!実は先日、妹にみくしに誘われて覗くだけー、と登録したのです。
何も書いてませんし、妹んとこくらいしか見ていないのですが
昨日(06.05.22)久しぶりに覗いて、足跡ってやつを見たら、知ってる格闘家が来ていて肝が冷えました。
プロフィールにすごいふざけたこと書いてしまったので、リアル私がバレることはないと思いますが
これで私だとバレたら、夫が可哀相です。ひえー。世界って狭い。
おばあちゃん
今日 おばあちゃんがいるところへ行ってきた
おばあちゃんは介護老人ホームにいる
おばあちゃんは今で言うなら「認知症」だ
一般的に知名度が高いのは「痴呆症」だろう
私は産まれてから5歳になるまでおばあちゃんと住んでいた
働いていた母に代わり私を育ててくれた
一時は「ママよりおばあちゃんが好き」と言って
母を泣かせたこともあるらしい
その後 母が死んだ17歳の時まで
私はおばあちゃんがいる世界で生きてきた
母が死んで
母と父の結婚に反対していた母の姉妹や
その旦那さんたちと
父の兄姉がモメて
私はおばあちゃんに会えなくなった
「あんたたちが来ると迷惑なのよ」
「ママが死んだんだからもう他人」
「お父さんの兄姉が悪かったわね」
そう言われて
まだ高校生だった私は
死にたくなった
母は私をそんなふうに言われるように育てたのだろうか
父が病気になるまでは
学生で そして子供でいられた
父が病気になって
がむしゃらに
私は私の面倒を見て
まだまだ幼さの残る高校生の妹の面倒を見て
そして大病した父の生活も面倒を見た
後ろ指をさされたくなかった
誰にも頼れなかった
本当の意味で一人だった
だから今も一人きりで何でも出来る
それでも母を おばあちゃんを求めている
今の私には夫がいるけれど
それでも幼いころのように求めている
幼いころのように
おばあちゃんと手をつなぎ散歩して
最中のアイスを買ってもらいたい
ずっと思っている
時が過ぎて
いつの間にか言われるようになった
「たまにはおばあちゃんのところへ行ってあげなさい」
「近くにいるのに冷たいわね」
どんな思いで私が離れていたと思っているのか
離れていたときを返して欲しいくらいだ
いつの日かおばあちゃんは「認知症」になっていた
でもおばあちゃんは私のことを忘れていない
「またあの公園へ行こうよ」と言ってくれるのだ
毎朝一緒に行った散歩のコースを
今日おばあちゃんは
何度も
「家に帰りたいよ」と言った
切なくて涙がこぼれそうだった
でも涙をこぼしたら
おばあちゃんは不安になる
そう思うと
涙は消えてなくなった
私がもっと強くて
もっと頑丈だったら
一緒に住もうと言ってあげられたのかな?
母を亡くした時のように
2度と後悔したくないと改めて思う午後
2005年6月19日(日)AM:1:05に上げた記事です。
この後、祖母は亡くなりました。
後悔はありません。母と違い、少し距離があるせいかもしれません。
この日から、時間のあるときはなるべく祖母に会いに行きました。
祖母は私と妹とだけは、過去の話をして、今の姿を見てくれました。
たくさん話して、一緒に散歩して、一緒に美味しいものを少しだけ食べました。
心から、ありがとう。おばあちゃんに愛を捧ぐ。さようなら。
許せん!
スーフリの和田という人が上告した
2審も最初と同じ量刑だった
それに不服と上告したらしい
なんで?なんで?
どこまで 人の気持ち 女の人を軽んじるんだ!
おまえのしたことは14年で償えることなのか?
たった一つ嘘をついただけで
一生罪の意識に苛まれて苦しむ人もいるというのに
もう存在そのものが恥ずかしい!
2005年6月17日(金)PM:7:47に上げた記事です。
多分、この時私は気持ち的に被害者の親に自分を投影しています。
この手の弱者支配系犯罪がもっともモヤモヤし、もっとも不愉快です。
不服じゃねーよ。死ねばいいのに。(大変不適切な発言ですが、率直な気持ちです)
そう思っているのは事実ですが、これを写して改めて読むと
それはそれで、なんとなく恥ずかしいというか、うそ臭いというか。微妙です。
人の起こす犯罪は罰する、赦す、のライン引きが非常に難しいものだとは思います。
思いますが、どんな理由や背景があれ、やはり悪いことは悪い。
死刑のかわりに、地雷撤去の数で量刑を決めたらどうでしょう。
決まった数を撤去ののち、死ぬまで紛争地区でのボラ ンティアして。
追加の文章で大変危険な思想をぶちまけてしまったことをお詫びいたします。
気になるぅ~
教育テレビでやってる かんじる算数?という番組のオープニングソングで
サビのところで歌詞にいち、に、さーんって歌うとこがあるんですよ
そこの「いち、に、さーん」の「さーん」が
どう聞いても「すぁーん」なんです…
どうでもいいんだけど ものすごい気になる!
あと ラジオの司会とかテレビ番組のナレーションしてる人で
昔で言う小林克也みたいな 英語ペラペーラのジャポネーゼ
あの人たちがしゃべる日本語の
イントネーションじゃなくて…
あ、発音発音!
なんであの人たち日本人なのに日本語の発音ヘンなのかな?
「す」とか「つ」とかがすっごく独特
英語の発音に慣れるとそうなるのかな?
最近そういうくだらないことが気になる~
2005年6月17日(金)PM:7:40に上げた記事です。
今も気になります。滝川クリステルさんとかが話す日本語、「す」とか「つ」が独特ですよね。
あれは不思議です。英語が母国語の人が話す日本語とも違うし。
小さなころからバイリンガルで 育つと、そんな感じなのでしょうか。
そして後々、日本語と英語の音の周波数が違うことを知りました。
音が合わないのかもしれないなー。
文中、「ヘン」という表現をしてしまったこと、後で反省しました。
バカ親の喜び
じゃじゃ~ん!!
娘が!
歩きました~!!
パチパチパチパチパチパチ!(拍手)
↑
バカ親代表
水曜日の朝とっても機嫌が悪くて
すっごい声で泣いていた
最近
すっごいママっ子になってて
毎朝泣いて後追いしてたんだけど
涙をのんで置いてきてた
でも水曜はちょっとひどい泣き方だったから
昼に様子を見に来ますって言って
昼に行ったら案の定調子が悪くて
今まで一番ちっちゃいのに
一番食べる娘が
全然ご飯食べなかった
って言われて
あ こりゃ熱があるなと
思って連れて帰る支度をしていたら…
していたら~!!
先生が言った
「そうだ!ママ今日ね、娘ちゃん歩いたんだよ!」
ががーーん!!
「ごめんね~、先に見ちゃったよ~」
いやぁそういうことあるなぁって
思ってたけど…
ま、いいや
なんでも自分が見た成長の証が
必ずしも人生で初めてのことじゃない可能性はある
と自分で自分をなぐさめつつ
歩いてるのをこの目で見たい~と思ってたら…
…!!
歩いた!!!!!
今見たんだー
可愛いなー
2005年6月17日(金)PM:7:27に上げた記事です。
今は前のめりに走りまくっています。はしごを渡れるようにもなりました。
日々、見ているようで、いつの間にか成長していてじっくり見ていないことも多いです。
でもこの時は本当に嬉しかったなぁ。ほんの少し2歩か3歩だけど、胸が熱くなりました。
娘にとっては自然なこと。そして毎日が初めて歩いたときと同じ成長。
感慨深いです。
最近は泣かずに、バイバイと行ってしまいます…。
それはそれで寂しい母であります。勝手なもんだ。