ドコかにありそうなハナシ | ちょぶんちょぶんとティウンティウン

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徒然なるままに、随想を…

その「女」は、かつて勤務していた職場への

復職を考えていた。

 

「企業」に、連絡をとる。

電話先に応じる「声」は、「女」のことを憶えていた。

 

退職してからの数年、何をしていたのですか ―――

訊かれた「女」は、今日に至るまでの出来事、

加えて復職を志望する動機を掻いつまんで聞かせる。

 

『退職後に入社された「会社」というのは、

 ひょっとして ‟あの”…』

 

 

‟あの” とは、かつて「女」と同様に

件の「企業」に所属していた従業員のことだ。

 

その「男」は、優秀な人材だった。

「男」と組んで進める仕事は、いつでもうまく

運ぶ ――― 「女」は「男」に絶大な信頼を寄せ、

「男」もまた、そんな「女」を買ってくれていた。

 

やがて「男」は独立し起業、ほどなくして

転職を考え始めていた「女」は「男」の人脈を頼り

就職ルートを確保後、「企業」を退社していた。

 

 

電話先の「声」は、「女」がそんな「男」のつくった

「会社」に入っていたのではないか…それを

問うているように聞こえた。

 

そんな事実は、ない。

だが多少の関りは、あった。

 

その関係性を説明するには、少々の文字数が必要で。

電話口での長話を避けたかった「女」は、

のちの入社面接の際に詳細を語る腹積もりで

 

『ご想像にお任せします』

 

ニヤリと笑みを浮かべつつそう言い放つと、

やがて電話を切った。

 

 

面接、当日。

「女」は、事態が自らの想像しない

意外な方向に進んでいたことを知る。

 

「男」のつくった「会社」は、「企業」を大いに苦しめていた。

奪われる顧客、落ち込む売り上げ。

 

『やり方がえげつない』

 

向かい合う「声」は、「女」にそう語りかける。

 

類似する商品を、取り扱っていた。

「企業」は、「男」が退職する際、何んらかの

‟情報” を持ち出していたのではないか ―――

そう疑っていた。

 

話を聞き終えた「女」は、即座に察する。

自らも、疑われているのだと。

自らも、大きな不信感を抱かれているのだと。

 

 

かつて「企業」に在籍していた当時から、

「男」と「女」のつながりの深さは周知されていた。

だから「女」が退職したときも、きっと「男」の

「会社」にでも入ったのだろう ――― そんな

噂が自然に発生していたのだろうことは、

「女」にも容易に想像がついた。

 

だが、事実は異なる。

「女」は、「男」の「会社」に入っていなかった。

 

「男」は、自身が業務提携を目論む「取引先」に

「女」を紹介する。

 

「女」は、就職を斡旋してもらえる。

 

そして「取引先」は、求めていた人材を得る。

 

――― まさに、それぞれの利害が一致した展開。

それが「女」の転職、その正体だった。

 

しかし、のちに「女」が心を病み、「取引先」を退社。

「男」の顔に泥を塗ってしまったことと、

とめどなく溢れる自身への無力感から鬱を発症すると、

「女」はしばしの間社会と距離を置く。

 

やがて立ち直った「女」は社会復帰の道を模索し、

かつて所属していた「企業」に接触した ―――

そんな顛末を、あわてて捲くし立てる「女」。

 

 

『まだ、連絡はとっているのですか』

(あなたは「男」の手先なのではないですか)

 

‟直訳” した「女」は、「取引先」を退社したのち、

ほどなくして当時所持していた携帯電話を解約、

以後「男」と一切連絡をとっていないことを伝える。

 

なおも追求を続ける「声」の隣に座する「人物」が、

「女」を見ていた。

厳しさを多分に含んだ、眼差し。

 

『いつでも戻ってきなよ』

 

――― かつて、「女」にそう告げた「人物」の

柔和な眼差しとは、大きくかけ離れている気がした。

 

 

誠実な仕事振りで評価されていた、「女」。

多くの顔なじみから笑顔で送り出してもらった、「女」。

 

いま、その‟笑顔” の多くが憎悪、或いは軽蔑の色で

塗りつぶされているのだと思うと ――― 「女」は、

自身の想像以上に深刻な様相を呈する現状に、

狼狽を覚えるしかなかった。

 

 

『先日のお電話で、言葉を濁されていたので…』

 

楽観的に、どこか気取った心もちで笑みを

浮かべてしまった数日前の自分自身、

その軽率さを、殊更「女」は呪うのだった。