ぼくらの脳には

なぁ〜んにもしないで

ぼーっと過ごす時間が必要だって

そうしないと
次の活動が効果的にできなくなる

そんな性質があるんだって


だから

スマホべったりの生活にならないように
気をつけようって

テレビの番組でやっていた




これだけ便利に

何でも手に入る時代になっても


仕事を奪われてしまうかも!^^; 

と心配しながらまで

AIを育てて もっと便利にするには

どうすればいいだろう と

あれこれやっている




片方で デジタルがなければ⁇ というような

未来のためのこと頑張りながら


そのデジタルは

電気がなければ...

レアメタルがなければ...

というような方向に

どんどん進んでいこうとしているみたい



でその一方でまた

デジタルデトックスしないと...

とやっている



今のデジタル化は

まだ始まったばかり⁇ だとしても


ぼくらの体は

デジタルデトックスを必要なんだとしたら⁇




ただ そんな

一休さんの頭の中みたいなことは

さておいておこうとするなら


ぼくらは何か違うものを

必要としているような気がする





美味しいものを

いつでも安心して食べられるようにするには

どうすればいいだろう?


たとえば

そんな毎日のあたりまえを

あたりまえだから忘れているかもしれないことを

思い出せるようにならないものかな⁇



かつて

チェーンソーを使いながら


木を育てるにはどうすればいいだろう

と考えたことを思い出す


チェーンソーは

1時間とかけずに

倒した木で

ダンプをいっぱいにすることもできる


けれど

それだけの木を育てることは

ぼくの一生をかけて

どれだけできるだろうか と

考えたことを






ひとりぼっちで暮らす WALLY の世界


なんだか ぼくらは

あんな世界に向かっていないのかな?

と思ったりしたことを







世界がもし100人の村だったら



あの小さな本の作者は

何十年も前に

このままでは

ぼくらの地球は危なくない? と語っていた



この小さな本を読むと


人は

自分を振り返ることができない生き物だ

そう言われているような気もする


そして

忘れていることを思い出すのは...









人は 
ふたつのことを同時にできない生き物だ

とも思う


そして

できないでいた もうひとつを思い出すのは...









そして

AI の権威ある人が話していた


人は ひとつずつを持ちあって

みんなでひとつのものを完成させるんだって




もしそうだとしたら


ぼくは
どんなひとつを持っていたんだったかな?


どんなひとつを作ろうと

していたんだったかな⁇








サザンカ が終われば

サクラ

ハナミズキ

そして


ハナショウブ

カキツバタ




たぬき や ひばり が暮らす世界で

綺麗な花を咲かせてほしいと

見つめていたことを

思うのです





今の ぼくの仕事のすぐ向こうに

IoT や AI


自動車やガソリン

電気の世界があるから