今日は気分がネイビー・・・じゃないアンニュイ(全然違う)な感じなので、ふと思ったことを普段以上に脈絡もなく書き殴ります。
話しがおもーくなりそうな気がするのでみっちのイメージが崩れそうでしたらUターンお願いします^^
帰り道に月を見たら、ちゃんと欠けてるんですよね、先日写真をアップした記事が満月だったから確実に。
何日で満月で、何日で新月で、なんていうのは人間が勝手に決めただけで、宇宙規模だとただただ運命に従って流れている一部でしかないんだなーなんてことを思いました。
月が満ちるのも運命、欠けるのも運命、いつか地球が爆発するのも運命なのか、と。
運命とは、とは?ともう哲学なのかなんなのか芸術じゃないのに頭が爆発しそうですが、都合のいいことは運命にしておいて、そうじゃないことはこんなの運命じゃない!って思っていていいものじゃないかなーというところに落ち着きました。
あくまで私の気持ちがね。
占いと一緒です。
となると、私の一生ってどうなんだろうと考えてみました。
生まれる、4年生になるときに転校、中2の秋に転勤、大学で東京に戻り、現在。
逆らおうと思えばどうにかなった時点がいくつかあったなあと今は思いますが、当時の自分は流されるしかなかったんだろうなと思いました。
特に中2の転勤は東京から兵庫で、部活も絶好調のときだったので、ものすごく泣いた記憶があります。
でもこれを例に挙げると、祖母が徒歩30分ほどのところに住んでいたのでもし私がどうにかこうにかして3年間同じ中学に通っていたら、きっと人生は変わっていた。
中学、高校で親友ができ、東と西の文化の違い、景色の違い・・・そういうものを得られずに今の年齢になっていたら、きっと今の私とは違う私が出来上がっていたと思います。
でも
3人、私は同級生を亡くしました。
一人は中学3年生のとき、ずっと病気で入院していた男の子、昏睡状態になったときご家族の意思で延命措置をしなかったと聞きました。
ほんの数回だけ登校し、修学旅行も行けなかった・・・。
もう一人はある電車の脱線事故で。ホームステイまでして英語が大好きだった女の子が亡くなりました。
通学途中だったそうです。私は大学からの帰宅中「あんたの友達大丈夫?!」とメールが来ましたが何のことか分からず、帰ってテレビをつけて唖然。
友達に連絡をして、まさか、と・・・分かったのも数日後でした。
もう一人は同じマンションに同じ時に引っ越してきた同級生の男の子。
アルバイト中に交通事故で亡くなりました。
小学校の時は一緒に帰ったり遊んだりした子だったし、犬が大の苦手なくせにうちがチョビを飼ったら負けじと?わんちゃんを飼い始めた男の子。
3人のことは忘れられません。
3回とも葬儀には参列させていただきましたが、親族の方は一体どんな気持ちだったんだろうかと、私なら今預かっている子に万が一のことがあっても発狂しそうなのにわが子が自分より先になんて。
これをただの運命と受け入れなければいけないのでしょうか。
私は3人の分までしっかり生きるなんて偉そうなことは言えないので、忘れないことで自分が生きていることを実感しながら日々色々なことを感じながら生きていこうと思っています。
日々たくさんの岐路を前に、私たちは生活していて、
選んだ一つの道が曲がりくねっていても、登坂でも下り坂でも、前に進むしかないんですよね。
自分が選んだ道だから。誰のせいにもできないから。
だから選べる私たちは、自分を信じ、認めながら生きていかなきゃいけないんでしょうね。
ちょっと自分に言い聞かせる意味で文字にしてみました!
ちなみに都合のいいときだけ神頼みをするような私なので神様のせいにしたりもしません。
とりあえず神様、あと5キロ痩せさせてください。