姐の部屋 -90ページ目

追記:夢のあとに with 「八月の鯨」

昨日のログに書いたフォーレ「夢のあとに」

 
ずっとひっかかっていたものを思い出した。

八月の鯨」という映画を思い起こすのだ。 

若い頃はその美貌で名を馳せた名女優リリアン・ギッシュ(当時93歳)、ベティ・デイビス(同79歳)の主演。(二人共故人)
登場俳優平均年齢がものすごく高いので話題になったあの映画。
封切りは「岩波ホール」。異例の長期上映になったんだっけ。

人生の終りに近い老姉妹とその周辺の人々の日常が淡々と描かれている。
ときおり回想シーンで、若い夏の日に。
海を見下ろす丘から遠くの鯨を眺めているときの情景が出てくる。
 



そう。
私、多分、この曲には
あの映画に描かれるている世界と通ずるものを感じているのだ。


どんな映画か興味がある人は映画評などをぐぐって見てください。
日本国内ではDVDが出ていない。
(海外ではとっくに出ている。これだけの名画だからね)

Après un Rêve

フォーレの歌曲。英語ならAfter a dream
邦題は「夢のあとに」


器楽曲として編曲されたものも沢山あります。
ViolinやCello…
私はCelloのこの曲が昔からとても好きです。
多分あらゆるCellistが一度は弾いてる?かも。
 
表現も人それぞれ。
 
力強く歌いあげる人もいるし
枯れた淡々とした表現の人
思い入れたっぷりのひと
クールな演奏
 

  

このフランス語のもとの歌詞の世界をどう受け止めるか。
これはその人の人生経験などによってニュアンスが大分かわると思います。
 
単純に男女間のことをあてはめ
「恋しい人と至福の時間を過ごす夢から醒めて 夢よ戻れと嘆き悲しんでいる」
なんて安直に解釈する人も多そうな歌詞。
  

でも フランス映画の名作などに見られる
独特の世界観、人生観を見てきてしまうと、
もっと深読みしたくなる。
 

生きてゆく中で 恋だけではなく沢山のどうにもならない喪失感を重ねてきたあとに抱える、ある種の感覚。
人生をかさねた後でなければ出てこないニュアンス



表面だけでとらえれば単純にromantiqueな歌謡曲風にも演奏できてしまう曲。
 


私が この曲に求めるのは「淡い哀しみをたたえた静かな諦観」のようなものかなぁ。
 
かつては深い情念だったもの、
かつては胸をかきむしる痛みだったもの
だけどいつかしずかに諦めていったもの
 
だけど後半の一部で、そういう心に残る熾火のような何かが
痛みとなって表に一瞬顔を出す

そしてまた その疼きを元通り深い地下に埋葬し、静かな諦観の世界に戻ってゆく

「甘い夢の中に戻りたくて嘆く曲」じゃなくって
「それは予め永遠に喪われたものである」と受け入れている人の、
だけど解脱したわけじゃないから、封じ込めた「痛み」のようなものはある、というそういう曲
(私解釈)



たとえば
「天井桟敷の人々」やパトリス・ルコントの映画。
人生を感じさせて、ちょっと渋い。
  

フランス的だなぁと思う。
 
だからなのか、やっぱりこの曲の名演は、フランス人こそ、かなぁ
 

フォーレで思い出したけど
私の「無人島に持っていくレコード3枚」のうちのひとつが
フォーレのレクイエム
ただしコルボ盤
 
クリュィタンスじゃだめ!
あれは「生身」の感情が感じられるからいや。
  
だいぶ前に文化会館でコルボがこれをやった時は1も2もなくチケット買って駆けつけたっけ。
 


あっそうだ。
フォーレ、しかもチェロといえば、チェロ・ソナタ第2番がとにかく好き。
 
トルトゥリエの演奏を持っている。
名曲だけど、他にあんまりいい音源がみつからない
  

フルニエのCDとかないのかしらん。
(フランス人にこだわる私)
 






フランス文化(映画にしろ文学にしろ)を理解してない人のやるフランス音楽は 
あんまり聴きたくないなぁ。








ちょっと真面目なネタ

昨日だったかな。
セシウム検出藁で出荷停止になった黒毛和牛の話が朝日新聞に詳しく載ってた。
 

あれは生後60ケ月で出荷するものらしい。
出荷前3ケ月には餌を変えていくらしい。
 
牛たちは、極限まで「メタボ」にされる。
出荷直前ピークでは、牛は、ほとんど死と背中合わせの成人病患者並だ。
ここまでは、想定していた。 


びっくりしたのが、

「ビタミンを与えると肉色が悪くなるため、
 出荷前3ケ月からビタミンを抑制する」


 
ええ~?そ、そうだたったの?
 
無知ですいません。

発色剤を使って見た目を赤ピンクに保つ、みたいな話は耳にしたことがあるけど、
添加物にはうるさい昨今、生肉ではそういうのは見ない気がするが、
「ビタミンを与えない」
 

もとから「和牛」の「霜降り礼賛」はとっても不自然で、
あの油のカタマリの何がいいんだろう、
と全く魅力を感じない夫婦だったんですがね… 
(だって赤身のはずの「もも肉」にサシが沢山入ってるって、どうよ?)
 
※あ 脱線するけど 
マグロの大トロも同じように興味なし。
あんなもん昔は捨ててたくせに。
「猫またぎ」といって猫も食わん、って)



脱線しました。
 
記事の続きは畜産農家の嘆きです。
 
もう殺しちゃう寸前だから、不健康の極地に一気に牛を追い込んであるのに
出荷停止=生きながらえさせる
ことになっちゃったために、未経験の問題が続出している。 
 
ビタミンあげてないから、体調不良で元気がない。
だが、病的肥満状態で身体を支えるのがやっとなほど体重を増やしている。
不調のスパイラル。

えさを減らしたものの、目に見えて元気がなくなる。

第一、えさ代が延々かさむ。
 
 
なんなんだろう この感じ。

 
読んでいても、色んな意味で、いらっとする。
怒りも感じる。
 
やっぱり、罪だよ。
 
生き物を殺して、命をもらって自分が生きる、っていう宿命は仕方ない。
肉食をやめればそれで解決、というほど単純じゃない。
 
でも、「命を過剰に歪める」のはやっぱり罪に感じちゃうんだなぁ。 


「普通の健康状態の動物の肉」でなんでいけないの。
 
霜降り信仰、やめようよ。

 
ほんとに美味しい赤身の牛肉を、正しい焼き方(調理方法)で一度食べてみてよ。
 


告白します!


「肉のうまみは あぶらの味だ」

って前に知人がのたもうたとき、
私は心の中で

 けっ……
 味の分からん味覚音痴め


と馬鹿にしました。 

 


わたしたち、牛さんに対し、二重三重にあやまらなきゃいけない。