UPDATE 10/9
昼過ぎには、日本の公式も更新されたようです。
表題の 「直接・間接」 については、意見の吸い上げについてしか、該当しなくなっちゃいました(笑)。
スクエニからの情報提供に関しては、単に 「時間差」 ということになりますので、本文は脳内変換して頂ければ幸いです。
「調理師アマリアのおいしい一日」 は楽しめました。
FF14 を遊んでいるような、そんな気分に浸らせてもらった読み物でした。
※ GAME Watich 記事 (Web ) と読み合わせると、もっと楽しめるかと思います。
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1.スクエアエニックス(NA)より、公式サイト更新の案内メールが届きました (北米公式HPには、新しい情報が登場しています)。
2.一方日本では、ゲームメディアより、新しい情報が紹介されました (日本公式サイトは、10/8現在更新なし)。
■表題の意味は、スクエアエニックスが消費者に対して、直接接しているのか、間接的に接しているのかを表わしています。
いつも、不可解に思う事があります。
日本でのわたし達への対し方は、その殆どが間接的のように感じます。ゲームメディア に対して新しい情報を提供し、各社それぞれの味付けで、殆ど同じ記事 (なので何種類も読むのは、苦痛ですらある) ながらニュアンスが違っていて、わたし達は戸惑うことがあります。
此処にも 「日本特有の習慣」 があるのでしょうか。
■そういえばと、思い出すこともあります。
北米には、プレミアサイト 「ffxi.allakhazam.com」 があります。
10月2日付で、日本の公式サイトには、次のような案内が載っています
恒例となる“Pumpkin Carving Contest”の作品を募集中です。 作品を応募されたプレイヤーには先着順で、本イベント限定の素敵なゲーム内アイテムをプレゼント。 また、見事入賞を果たされたプレイヤーには、とっておきのゲーム内アイテムをはじめとする豪華賞品をお贈りします! なお、本イベントは全世界どこからでもご参加いただけます。カボチャを彫るのは初めての人もそうでない人も、作品を応募して“Pumpkin Carving Contest”を思いっきり楽しみましょう!
このように、日本のユーザーも、北米プレミアサイトへ誘導していました。北米のプレミアサイトは、スクエニがプレミアサイトを バックアップし、プレゼントまで用意しているようです。
日本の会社でありながら、日本のユーザーから意見を吸い上げる仕組みを閉ざし、一方の米国のプレミアサイトには大きく肩入れしています。
これが何を意味するのかは、わかりません。
わかりませんが、意見を吸い上げるチャネルが残っている唯一の道ということを考えますと、重視している市場という意味では、米国を含めた英語圏と考えるのが自然のように感じます。
■以下はあくまでも個人的な意見ですが、
日本のみ間接なのは、情報チャネルとしては未熟だから
日本人は、議論が下手だと感じることが多くあります。
論旨をすり替えたり、暴言を吐き人格を貶めたり、というようなことも珍しいことではありません。日本に情報吸収チャネルを残しておくのは、コストに合わないというのが、和田社長の理詰めの行動を見て感じることです。
と申しますのは、日本のプレミアサイトが消え去りました。スクエニの情報収集の方法として、大規模掲示板や、大手個人サイトとからという話は良く聞くものです。これは即ち、掲示板の管理は他人 (の財布) まかせで、情報だけは頂こうという姿勢に見えてしまいます。
以上が、米国からのメール一通と、ゲームメディアから発信された情報から感じた内容でした。
写真は9月24日に公表されたトレーラーより抜粋引用
綺麗ですよねー。
これが動くだなんて、未だに信じられません。
PS3を、まだ所有していないので、なおさら、です!
追記
最後の意見についてですが、
どの国が、良い悪いということを申し上げているのではありません。ただ単に、修辞 (レトリック) を学んだかどうかの違い ではないか、いうのが わたしの意見です。
蛇足の蛇足
読み飛ばし推奨!(笑)
どうも、小学生で英語を学ばせようとしているようですが、ただ単に英語を喋れるようになったところで、英語圏の人と本当の意味でコミュニケーションをとることは困難です。議論を闘わせるマナー、テクニック (修辞など) を学ぶようにした方が、何倍も有益であると感じています。
また、英語に関して思うことのもう一点は、「国際化」 の本当の意味についてです。「国際化」 とは、日本のことを 海外に、堂々と発信できるようになることだと考えています。
日本の美術や歴史について尋ねられたとき、どのように語るというのでしょう。フォーマルな場では、知的な会話が出来ないと通用しません。欧米人との付き合いでよく感じますのは、「日本人としての意見を聞きたい (要約)」 という背景があると思います。
兎に角英語を ”ネイティブ的に” 喋れれば、即ち 「国際人」 と思っている向きもあるようですが、語る中身のない英語など、百害あるだけのように思います。海外で生活できたとしても、軽薄だけな存在が、どんなに嘲笑の的になっていることか。
そのような意味で、小学生で英語を喋れるようにするよりも、国語や文化を教えた方がいいのではないかと、考える次第です。
必要になったら、そのときに学べばいいのです。
わたしのケースでも、言葉を喋れないのに、見知らぬ土地へ赴任 (放り出された) したことがあります(笑)。
中国でしたが、赴任時はまったく喋れないものの、イザとなれば、すごい勢いで覚えて仕舞うものということを体験しています。文法などは二の次・三の次でいいのです。「伝えたいという意志」 「語る中身」 の方が重要であると感じています。
読み返してみますと、長すぎますヽ(´ー`)ノ。
ダメな癖、ですね(つД`)。
