ラフォーレ原宿でやっている、カールハイドのドローイング展へ行ってきた。
カールハイド氏はアンダーワールドのメンバーでエレクトロのジャンルの音楽活動をしながら、
たまに自身が制作したドローイングを展示したりしているらしい。
(アバウトな説明)

ラフォーレ原宿へ行った時、この作品のポスターが目に留まった。
当初私はてっきり抽象表現時代の作品が来ているんだと思い、
その時代の作品が好きな私としてはチェックしとかにゃと、後日友人と会場へ向かったのだ。
そしたら作品達は、ここ数年描かれた物が多く、作家も音楽家という話。
700円払って会場内に入る。
今、これを描くのはどうなんだ…?
というのが私の感想だ。
カールさんはとてもセンスがいい方なのだと思う。
ペインティングした作品全て、未完成感が無かったし
(完全されていたかどうかは置いておいて)
嫌な印象は受けなかった。
しかし…
こういう図像を描かない身体のリズムに任せたアクションペインティングみたいな物は5~60年程前にやり終えた事。
何故今それをもう一度やるのか?という「問い」みたいな物は感じられなかった。
展示場の隅に、彼の子どものドローイングが展示されていて
「我が家の1番の芸術家」
と添えられた文章に興ざめ。
真ん中に置いてある小屋にライブペインティングしたらしいが
係員の人に「何故小屋にペインティングしたんですか?」と質問すると
「…少々お待ち下さい」と裏へ消えてゆく…。
少ししたら戻ってきて
「カール氏が小屋にペインティングしたいと言ったので…」との返答。
あぁ、この人は音楽家であって、このペインティングは音楽活動の延長で行われている事なんだ。
絵画を描こうとはして無いんだ。
それが分かった瞬間一気に作品が落書きに見えてきた。
絵画は画家が描かないと絵画にならないらしい。
カールハイド氏はアンダーワールドのメンバーでエレクトロのジャンルの音楽活動をしながら、
たまに自身が制作したドローイングを展示したりしているらしい。
(アバウトな説明)

ラフォーレ原宿へ行った時、この作品のポスターが目に留まった。
当初私はてっきり抽象表現時代の作品が来ているんだと思い、
その時代の作品が好きな私としてはチェックしとかにゃと、後日友人と会場へ向かったのだ。
そしたら作品達は、ここ数年描かれた物が多く、作家も音楽家という話。
700円払って会場内に入る。
今、これを描くのはどうなんだ…?
というのが私の感想だ。
カールさんはとてもセンスがいい方なのだと思う。
ペインティングした作品全て、未完成感が無かったし
(完全されていたかどうかは置いておいて)
嫌な印象は受けなかった。
しかし…
こういう図像を描かない身体のリズムに任せたアクションペインティングみたいな物は5~60年程前にやり終えた事。
何故今それをもう一度やるのか?という「問い」みたいな物は感じられなかった。
展示場の隅に、彼の子どものドローイングが展示されていて
「我が家の1番の芸術家」
と添えられた文章に興ざめ。
真ん中に置いてある小屋にライブペインティングしたらしいが
係員の人に「何故小屋にペインティングしたんですか?」と質問すると
「…少々お待ち下さい」と裏へ消えてゆく…。
少ししたら戻ってきて
「カール氏が小屋にペインティングしたいと言ったので…」との返答。
あぁ、この人は音楽家であって、このペインティングは音楽活動の延長で行われている事なんだ。
絵画を描こうとはして無いんだ。
それが分かった瞬間一気に作品が落書きに見えてきた。
絵画は画家が描かないと絵画にならないらしい。
昨日友達の話を聞いてきた。
彼女は酷く心を傷付けられた様子で、私が思った以上に深刻だった。
美味しい物を食べ、明るく励ませばいいと思った私は甘かった。
私が
「こうすればいいのでは?」
と言う私のアドバイスも
「そんなのもうやった!
でも駄目だった!!」
と怒り気味に却下される。
まるで傷付けた張本人に向けているような強い目つき、口調で彼女は私に言葉を発する。
私は、とても悲しい気持ちになる。
彼女の前にいる事が辛い。
人を助けようとする事は簡単じゃないって事を改めて知る。
川で溺れている人を助けるには
自分も溺れるかもしれないというリスクを負う。
精神的に追い詰められた人へも同じだ。
その人の闇の深い所まで自分も降りて行って
引き上げる事をしなければならない。
といっても、私は彼女に何をしてあげる事も出来なかった。
ただ聞くだけ。
頷くだけ。
それでも彼女は、私に最後
「ありがとう」
を言ってくれた。
その言葉に私はホッとしてしまう。
結局彼女に何も出来なかったのに
見返りを求めてしまうなんて最低だ。
でも私は残念ながらその程度人間なんだと思う。
あんま自分を買い被っちゃいけない。
家に帰って来てから、彼女からメールが来る。
私への感謝と、これからへの前向きな言葉が書かれていた。
大きく傷付いても自分の力で闇から引き上げられる彼女の強さに圧倒された。
慰めに行ったつもりが私の方が勇気付けられてしまった。
昨日は会いに行って本当に良かった。
彼女は酷く心を傷付けられた様子で、私が思った以上に深刻だった。
美味しい物を食べ、明るく励ませばいいと思った私は甘かった。
私が
「こうすればいいのでは?」
と言う私のアドバイスも
「そんなのもうやった!
でも駄目だった!!」
と怒り気味に却下される。
まるで傷付けた張本人に向けているような強い目つき、口調で彼女は私に言葉を発する。
私は、とても悲しい気持ちになる。
彼女の前にいる事が辛い。
人を助けようとする事は簡単じゃないって事を改めて知る。
川で溺れている人を助けるには
自分も溺れるかもしれないというリスクを負う。
精神的に追い詰められた人へも同じだ。
その人の闇の深い所まで自分も降りて行って
引き上げる事をしなければならない。
といっても、私は彼女に何をしてあげる事も出来なかった。
ただ聞くだけ。
頷くだけ。
それでも彼女は、私に最後
「ありがとう」
を言ってくれた。
その言葉に私はホッとしてしまう。
結局彼女に何も出来なかったのに
見返りを求めてしまうなんて最低だ。
でも私は残念ながらその程度人間なんだと思う。
あんま自分を買い被っちゃいけない。
家に帰って来てから、彼女からメールが来る。
私への感謝と、これからへの前向きな言葉が書かれていた。
大きく傷付いても自分の力で闇から引き上げられる彼女の強さに圧倒された。
慰めに行ったつもりが私の方が勇気付けられてしまった。
昨日は会いに行って本当に良かった。