おはようございます。おいでくださって感謝します。

一昨日に紹介した記事・・・、皆さん、覚えてくださっとるでしょうか。

イエス様が十字架に掛けられると分かったお弟子さんらぁは、みんなぁ逃げて行ってしもて・・・。

おまけに、ペテロは、3回も「私はイエスなんて人は知らない」言うて裏切って。

ほって、イエス様は。

ユダヤ人の指導者らぁに捕らえられて、ローマ総督・ピラトの裁判で死刑って決められて、

十字架に掛かって死なれたんでしたよね。

でも、イエス・キリストは、十字架に掛かって死なれたままで終わったんでしょうか。

実は、そうやない・・・。イエス様は、その十字架の死から復活されたんです。

今回は、そのことを、皆さんに御紹介さして頂こうと思います。

 

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  女性たちが お墓へ

イエス様が十字架に掛けられて、息を引き取られて、お墓に葬られたんは、金曜日の午後。

今とは違うて、洞穴みたいなお墓で入口は、大きい岩で塞がれました。

翌日の土曜日は安息日で、遠くへは出かけたらアカンことになっとったんやんね。

安息日が終わった日曜日の朝、イエス様のお弟子さんやったマグダラのマリアらぁは、
買うてきた香料を持って、イエス様のお墓に行きました。
慌ただしく葬られたイエス様の御体に、丁寧に香料を塗って差し上げたいって思たんやね。
ただ、心配なんは、お墓の入口の大きい岩を如何しょう、ってことでした。
そういうふうに思案しもって歩いとったマリアらぁは、お墓を見てビックリ。

 お墓を塞いどる大きい岩が転がされて、入口がポッカリ開いた状態になっとったんやんね。

「きっと先に来た人が石を退かしてくれたんだわ」そう喜んで、お墓に入ったマリアと女性ら。

ふと見ると、そこに神様の御使いの姿が見えました。

 

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  御使いの告知

御使いの姿を見つけて、恐れ驚いたマリアらぁに、御使いらぁが言いました。

 「驚くことはありません。十字架につけられたイエス様を捜してるんでしょう。
ここには居られません。あの方は甦られました。
御覧なさい。ここが、あの方の身体が置かれていた場所です。」

 

ここで、ヨハネの福音書20*5~7を見てみましょか。こう書いたるんです。

そして、身をかがめると、亜麻布が置いてあるのが見えたが、中に入らなかった。

彼に続いてシモン・ペテロも来て、墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た

イエスの頭を包んでいた布は亜麻布と一緒にはなく、離れたところに丸めてあった。

そうなんですよ。

お墓には、イエス様の御身体が包まれとった亜麻布だけが残されとったんやんね。

 

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  弟子たちとペテロに

御使いは、ことばを続けました。

「イエス様は先にガリラヤに行かれた。そこでイエス様にお会い出来る。

そのように、弟子たちとペテロに伝えなさい。」

マリアらぁは恐れを感じて、お墓から逃げ去りました。

死んだ人が甦るって・・・

その事が理解できんかって、その想像を越えた神様の力に圧倒されたんかもしれませんね。

それでも、マリアらぁは御使いに命じられたとおりに、

イエス様のお墓が空っぽになっとることを、お弟子さんらぁとペテロに伝えました。

ルカの福音書24章9節を見てみましょか。

そして墓から戻って、十一人とほかの人たち全員に、これらのことをすべて報告した

じゃあ・・・御使いは、何で、

『弟子たちとペテロに』って、わざわざペテロの名前を出したんや思いますか?

ペテロは、イエス様の十字架の前、3回も『私はイエスを知らない』って言うた。

そんな失敗がありました。

ペテロ自身も、その事を悔やんで、苦しんどったんやないかと思うんです。

でも、イエス様は、その事も既に御存知で、

自身が復活された素晴らしい知らせを伝えてくださいました。

失敗したペテロの事も、今までと変わらずに忘れずに愛して、導こうとされてたんやろね。

 

イエス様は、神様の前に正しく歩まれん私らぁの弱い心も、既に御存知です。

やからこそ、イエス様は、そんな私らぁの罪の罰を身代わりに受けて、

十字架で死んでくださって、その後、死から甦られたんです。

 

イエス様を信じる人には、罪の赦しと永遠のいのちが与えられるってことを、

神様とイエス様は、私らぁ一人ひとりに示してくださいました。

この後、ペテロは、甦られたイエス様にお会いして、

喜びにあふれて、イエス様のことを伝える、素晴らしい福音の証人になりました。

 

ここで、ローマ人への手紙4章25節を見てみましょか。

主イエスは、私たちの背きの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、

よみがえられました。

『義と認められる』とは、罪を赦されて、正しい者とされるっていう意味です。

私らぁ一人ひとりのために十字架に掛かって死なれ、やがて復活されたイエス様を信じるとき、

私らぁは神様の子どもとされて、罪・咎を赦されて、

死んでも生きるっていう、天国行きの片道切符を受け取ることが出来るんですよ。

 

きょうは、そのイエス様が甦られたことを記念する『イースター』です。

この日を心からお祝いして、神様のくださる救いに心から感謝する者になりたいと思います。

 

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実は、来週の記事を挟んだのち・・・、4月2週目からは、3回に亘って、

イエス様に出会うた女性らぁの話になるんですが。

きょうの記事ん中で名前が出てきたマグダラのマリアさんについて、

もうちょっと掘り下げて、お話ししたいと思ってます。

どうぞお楽しみに。