Ep 62 ☆エスケープ☆
「学校に行きたくない」
そう言ったらーー
「なんで!?ダメだ!行きなさい!💢」
叱られて終わり。
あの頃は、いじめごときで休むなんて、とんでもないことだった。
登校拒否という言葉も、まだ誰も知らなかった。
でも私は、本当は″エスケープ″したかった。
どこでもいい、静かな場所へ。
けれど、逃げ場なんてどこにもなかった。
兄には部屋があって、私はいつまでも母と同じ部屋。
襖で仕切られた狭い空間。
閉めてもすぐにーー
「何してんの?」
母が開けてしまう。
私は、家の中に″自分の世界″を持てなかった。
でも私は鍵っ子。
家族が出かければ一人になれる。
そうだ、学校に行ったふりをして、家にいればいい。
そう思った。
でも、それもできなかった。
父が居た。
昼間の居間に寝転がる父。
いつからだろう。
私は知らなかった。
父が仕事を辞めていたことも、
母の小さな収入で生活が回っていたことも。
私はいじめに耐えるだけで精一杯だった。
家の中のことまで考える余裕なんてなかった。
ーーーそして、ある冬の日。
高熱で学校を休んだ。
「このまま下がらなけれはいいのに...」
そう願ったのに、
翌朝には嘘のように熱が引いていた。
フラフラしながら、
「下がったなら行ける」
ーーそれが、あの時代のルールだった。
教室の扉を開けた瞬間、空気が冷たく張りつめていた。
私の机がない。
机があった場所だけが、ぽっかりと空いている。
誰にも聞けない。
みんなの視線が私を避ける。
声も出せない。
ーー心臓の音だけが響いていた。
どくん。
どくん。
恐る恐るベランダに出てみる。
…そこに机があった。
雪にすっかり埋もれて、まるで、
置き去りにされた子どものように震えていた。
病み上がりの身体で
雪を払った手は感覚がなくなった。
一人で机と椅子を運び、濡れた椅子を拭いて座るとーー
机には、刻まれていた。
「バカ」
「ブス」
「ずる休み」
消しゴムでも消えない。
彫刻刀で刻まれた、消えない言葉。
先生が入って、日直の声が響いた。
「起立、礼、着席!」
…また″エスケープ″できない
一日が始まる。
