Ep 61 ☆コバンザメ☆
「ブスッ!」
……背中に何かが当たった。
振り向くと誰もいない。
教室の後ろから、くすくすと笑い声がした。
「きゃはははは!ブスがふりむいたぁ~!」
「バカなのに、ふりむいたぁ~!」
ーーーまただ。
クラスに一人、ひときわ体格が大きくて声の大きな女子がいた。
お金持ちの家の子で、いつも流行の服を着ている。
口癖はこうだ。
「私のバックにはお姉ちゃんがいるんだから」
……要するに「私に逆らったら、お姉ちゃんが黙っていない」という脅し文句。
その子のまわりには、いつも数人の″取り巻き″がいた。
おだてたり、笑ったり、命令を聞いたり。
彼女に気に入られるためなら、誰かをいじめることも平気でやる。
そしてその″誰か″に、ある日突然
私が選ばれたのだ。
私が教室に入るとーー
「ブスが来た~」「バカが来た~」
わざと聞こえる声で、でも誰が言っているのか分からないように。
背中の方で、声だけが飛んでくる。
見返しても、みんな知らん顔をしている。
休み時間に席を外して戻ってくると、机にはマジックで「バカ」「ブス」と落書き。
私は、消しゴムで黙って消す。
消すたびに、胸の奥が少しずつ痛くなる。
悔しい。
でも、声が出ない。
誰も私を見ようとしない。
声を出したら、笑われるだけ。
そんなある日のこと。
教室の隅から小さな声がした。
「ほら、行けよ」
「はぁ~い♪」
次の瞬間、またーー
「ブスッ!」
定規の先が、私の背中を突いた。
振り向くと、すぐに笑い声が弾ける。
「きゃはははは!ブス、ブ~ス!」
私は動かない。
定規の先の冷たさが、まだ背中に残っている。
泣いたら、負けだ。
でも、何に負けるのかも分からない。
笑い声の渦の中で、
私はただ机に座っていた。
心の中の小さな声が
「卑怯だよ」
とつぶやいていた。
