Ep 49 ☆塾が始まる前に☆

子どもの頃、私はいくつかの習い事をしていた。
自分で「行きたい」と言ったのかどうか覚えていない。
気づいたら通っていたから、きっと親が決めたのだろう。

オルガン教室は、自分の意思で辞めたことを覚えている。
「通う」ということがどうも苦手であったのだ。
今でも、その感覚は変わらない。

当時は、まだ進学塾なんて珍しくて、そろばん塾と習字塾が「通うのが当たり前」の時代だった。
算数の時間は、暗算とそろばん。
だから塾に行かないと授業についていけない。

でも私は、勉強が得意じゃかった。
だから、そろばん塾に行くのも気が重かった。

……だけど、ひとつだけ楽しみがあった。

そろばん塾の向かいには、小さな駄菓子屋があったのだ。
放課後になると、夕焼けの道を小銭を握って走っていく。
店先には、ラムネの瓶、色とりどりのあめ玉。
そして私のお気に入りーー串に刺さった酢イカ。


それを買って、塾が始まる前に駄菓子をかじりながら友達と遊ぶ。

男子はコマやメンコで地面を叩き、女子はゴムを足にかけて
「いっちにっ、いっちにっ」と跳ねる。
時々、男子がふざけて乱入してくる。

「きゃーー!!」「やだぁーー!!」

笑い声と土の匂いが、夕方の風に混ざって広がる。

西の空はオレンジ色に染まり
そろばん塾の窓から先生が顔を出して
「もうすぐ始まるぞぉー」

その声が聞こえると、
ああ、今日ももうすぐ終わりだなぁと感じてーー

ちょっと名残惜しくて、もう一度だけ跳ねてみる。

ぴょんっ

あの頃の自分が
いちばん素直に笑っていた時間かもしれない。

大人になった今でも、
駄菓子屋の酢イカを見ると、
つい買ってしまうのです。

     「チッチ物語」続く...