そもそも戦後の日中関係がどうなってきたか、ちょっと歴史を振り返らないと理解できないだろう。日中国交正常化と台湾関係についてはこちらを参照のこと。↓
☞ 日中国交正常化
日中国交正常化とは
あの田中角栄首相が中国に乗り込んで、1972年(昭和47年)に日中共同声明を発表して日本国と中華人民共和国が国交を結んだことを日中国交正常化という。1972年というとちょっと古い時代だが、年長者にとってはそう遠い昔という感じではないだろう。
| 北京を訪問した田中角栄首相(当時)は、日中共同声明に調印。中華人民共和国との間に国交正常化を実現させた。 |
高市早苗は1961年生まれだから、1972年当時は11歳のお嬢ちゃんだったわけだ。だからといって日中国交正常化を知らないというのではなく、資料をひもといて調べたら簡単に分かることだ。ただし、記録に残されている史実が不都合だと思って目を閉じたら知らないと同義になる。
ここで重要なのは、日本国は日中国交正常化に伴い中華人民共和国を中国唯一の合法政府と承認し、それまで国交のあった台湾と断交した歴史があるということだ。
台湾に対する日本側の基本姿勢
1972年の日中共同声明には台湾は中国の一部であるという中国の立場に対し、日本は「十分理解し尊重する」という表現にとどめている。また、中国政府と台湾との間の対立の問題は「基本的には中国の国内問題」であると大平正芳外務大臣(当時)が国会で答弁している。このような姿勢が日本国政府の基本方針として長年定着してきた。
日本国政府は日中共同声明での「十分理解し尊重する」という表現は外交上大した意味がないらしい。しかし、日本の歴代の政権が「台湾有事に対し明言避ける「戦略的あいまいさ」をとってきたことには深い意味があった。
日米安保条約との整合性
日本はアメリカと日米安全保障条約を1960年に結んでいる。この条約は日本とアメリカが相互に安全保障を確保することを目的とした条約で、日本はアメリカ軍に基地を提供し、アメリカは日本と極東地域の防衛を約束し、日本に対する武力攻撃があった際には、日本がアメリカ軍の防衛に協力し、アメリカは日本の防衛義務を負うことを定めている。
具体的には、日米安保条約の第六条に「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するためアメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と書かれている。要約すれば「極東の平和と安全のために米軍は日本の基地を使用できる」ということだが、条約に書かれた「極東」というエリアには台湾も含まれる。
このため、台湾が中国の一部とされて安全が脅かされても、アメリカが中国の内政問題とすると、アメリカ軍が日本の基地を使用できなくなる可能性がある*1という。そういう条約上の事情から、台湾を中国領と認めると日米安保条約との整合性が取れなくなり、日本国内の米軍基地が使用できなくなる可能性があるため「十分理解し尊重する」という表現にとどめた。このことが外交上重要な意味を持つ。
*1: アメリカは1960年日米安保条約の解釈を変更して台湾が極東に含まれないなどの屁理屈を付け、台湾有事への介入を避けながら日本の米軍基地を使用し続ける可能性もある。
日米政権の大人の事情
この日米安保条約との整合性のため日本の歴代政権は台湾有事が「存立危機事態」にあたるか明言を避けてきた。また、アメリカの歴代政権も同様にアメリカが軍事介入するかどうか明言しない「あいまい戦略」をとってきて中国への刺激を避けてきた。あのトランプでさえもだ。
日本の歴代政権は台湾有事の対応を明言することがタブーとされてきたが、それをぶち破ったのが高市総理大臣だ。タブー破りというと威勢が良さそうに聞こえるが、単に日中関係をぶち壊しただけで、何らかのメリットをもたらしたわけではない。つまり高市答弁は「百害あって一利無し」というわけだ。
どうやら高市総理大臣の軽率な答弁から国際感覚の乏しさも見えてきた。さらに、中国をなだめようにも高市政権には中国と太いパイプを持つ人材がいないらしい。問題発言の撤回や修正もする気がないのにどうするつもりだろうか。じっと首をすくめて忘れてくれるのを待つつもりか?
世論調査は意外な結果
每日新聞が実施した世論調査(11月22日~23日実施)によると、意外な結果が分かった。
【高市総理が台湾有事が「存立危機事態になり得る」と答弁したことについて】
●問題があったとは思わない50%
●問題があったと思う25%
約半数が問題ないと思っているらしい。また「問題があったとは思わない」と答えた年齢別構成を見ると
●40代以下 55~60%
●60代 49%
●70歳以上 41%
年代が高くなるにつれて「問題があったとは思わない」が少なくなる傾向が見られる。
アンケートでの代表的なコメントは
●中国を刺激しただけでメリットがない
●日本の立場として当たり前のことを言っただけだ
どうも中国交正常化における台湾関係や日米安保条約の絡みを知っているのか疑わしい感じがする。政治的な経緯や集団的自衛権のことを理解していれば、決して「当たり前のこと」とは言えないはずだ。
53年前の日中国交正常化のとき、70歳以上の人は17歳以上、60代の人でも7〜16歳、現在40代以下の人々は存在していなかった。70歳以上の層で「問題があったとは思わない」が少ないのは政治的な経緯の知識があった人が比較的多かったためと考えられる。
53年前から続く政治的な“大人の事情”を理解していないと「問題とは思わない」という回答が増えるのも当然だろう。世論調査の結果には世代的な傾向が明確に出ていることから政治的背景への理解の差が結果に出たといえそうだ。
トランプ大統領の忠告
ウォール・ストリート・ジャーナルによると、24日の米中首脳電話会談で習近平主席がトランプ大統領に対し台湾に関する中国の歴史的主張を強く訴えたという。中国外務省によれば、その電話会談でトランプ大統領は「アメリカは中国にとっての台湾問題の重要性を理解している」と話したといい、トランプ大統領のSNSでは台湾問題には触れず「中国との関係は極めて強固だ」とコメントしたという。
米中の電話会談の翌日にアメリカ側からの呼びかけで、高市総理とトランプ大統領が電話会談をした。アメリカ側から前日の米中首脳会談を含め最近の米中関係について説明があったという。高市総理は「日米間の緊密な連携を確認できたトランプ大統領からは私とは極めて親しい友人でありいつでも電話をしてきてほしい」と言われたと述べたらしいが、実際はアメリカ側から24日夜の米中首脳会談を含め最近の米中関係について説明があったのではないかと言われている。
☞ 台湾有事発言、高市首相に抑制要求か トランプ氏、日米電話会談で
| > (WSJが) 首相に台湾有事を巡る発言に関して抑制するよう求めたと報じた。
>報道によると、トランプ氏は台湾問題に関して中国を刺激しないよう首相に助言したものの、発言の撤回までは求めなかった。 >トランプ氏は、日中間の対立が、中国による米国産大豆の購入拡大などの通商交渉に影響を及ぼすことを懸念しているという。 |
この件でトランプ大統領がどう言ったかをめぐり、WSJ記事の見出しの一部を”Lower the Tone”から"Lower the Volum"に微修正したらしい。が、日本語にすればどちらも大した意味の違いはなく、いずれも「ちょいと控えろよ」ぐらいの意味になる。時事通信記事の「抑制要求」でも大きく意味を外しているわけではない。
☞ Trump, After Call With China’s Xi, Told Tokyo to Lower the Volume on Taiwan
日本国政府の“中国政府を挑発すんな”は事実ではない?
米Reutersによると、トランプ大統領は高市首相に国会答弁の撤回は求めなかったが「日中関係悪化のさらなるエスカレーションを望まない」という考えを伝えたという。しかし、日本国政府はWSJ報道の「中国政府を挑発しないよう助言」は事実でないとした。また、トランプ氏が高市氏に「日中両国の対立に懸念を示していた」との共同通信の報道についても「答えは差し控える」と説明にとどめた。
米Reutersの記事はWSJの記事を“〜citing Japanese officials and an American briefed on the call (電話会談について説明を受けた日本政府当局者と米関係者の話として)”と記述しており、一次ソースとして信頼できるとわかる。
☞ 日米電話会談WSJ報道、政府が改めて一部否定 共同報道は「答え差し控える」
| >トランプ米大統領が高市早苗首相に台湾の主権問題について中国を挑発しないよう助言した >中国政府を挑発しないよう助言との記述があるが、そのような事実はない |
しかし、外信のReutersの原語記事では〜advised her not to provoke Beijing on the question of Taiwan’s sovereignty〜と表現されており、その部分を日本語に訳すと「台湾の主権問題で北京(中国政府)を刺激しないよう助言した」となる。
言葉の意味を狭義で捉えると「挑発しないで」ではなく「刺激しないで」が正しい意味だと思う。その意味で尾崎正直官房副長官の「『挑発しないよう助言』は事実でない」というのは言葉の意味としては本当といえる。しかし、その言葉ではなかったとしても何と言われたかは「外交上のやり取り」を理由に説明を避けるのは何か不都合な事があるのだろうと推測できる。
いずれにしても、高市発言はトランプ大統領と米国にとって支障があるため「これ以上中国を刺激すんなよ」と電話で叱られたということでしょうな(笑)
中国人記者だからフェイク記事というネットメディア
これらの報道に関連するが「メディアが拡散したトランプの高市批判はフェイク濃厚 元ネタは“北京出禁”Wei Lingling記者」というネット記事があった。さらにごていねいに「裏取りなしで「中国の言い分」を垂れ流すオールドメディアの自殺行為」というサブタイトルまで付けていた。見たらどっちが「裏取りなし」か分からん内容だが……
まあ、トランプ氏の発言は助言したぐらいの感じだったため「トランプが高市を批判した」や「トランプがクギを刺した」と報じたメディアがあればフェイク記事の疑いはある。しかし、そのような表現で報道した国内メディアは見あたらない。
このネットメディアは「トランプ氏、高市首相に抑制要求か」という見出しの記事やテレビ局が「高市外交の失敗」と報じたことを例に、根拠を示さず「思考停止で『広報紙』と化した日本のメディア」だと針小棒大に騒ぎ立てたかっただけのようだ。
これ以外は 中国人記者ゆえにフェイク記事という論調が占めている。むりやり好意的な見方をすれば、取材の信頼性に対する疑問の主張と言えなくもない。だが記事全体にわたって憶測・妄想・邪推だらけであり、信じられそうな根拠の提示が皆無だから意図は別の所にあるのだろう。
中国人記者の信頼性について
このネットメディアは、中国政府が米主要3紙の記者に対し事実上の国外追放処分された13人のうちの1人であり、取材ルートが大きく歪んだことが推察され、北京の安保担当者や軍部の生の声は聞けないため、信用できない記者だという論調だ。
ちょっと待て。このネットメディアは「トランプ氏が台湾問題で高市首相にクギを刺した」という存在しないニュースを入口にしているが、トランプ氏がどう言ったかという話が起点のはず。それなら中国に居るよりアメリカに居る方が取材ルートがストレートなはずだ。
中国人だから信頼できない記者といえるだけの根拠の提示がなければ、単なるレッテル貼りにすぎない。記事の信頼性について国籍・出自を持ち出した時点でミスリード(人を誤った方向に誘導すること)確定と言える。
中国人記者の記事というだけで、根拠も示さずフェイクだという盲目的な言説は以前からあった手口で「まだやっているのか感」が強い。今回もそれを持ち出すのは特定ネットメディアだと言われても仕方ないだろう。今回の騒動で分かることは「中国人記者」という属性だけで根拠もなく歪曲された仮想事実を喜ぶ層があるということだ。
用意された答弁書ではなく持論だけで答弁
追加的なことだが、前記事の「総理の独断専行発言」項で予想していた「総理の発言は防衛省が用意した答弁書ではなく持論だけで答弁したのだろう」という予想が的中した。高市首相答弁の「存立危機事態」の国会答弁は、事務方が事前に用意した応答要領に記載されていなかったことが分かったのだ。
☞ 台湾問題めぐる高市首相答弁、事前資料に記載なし 応答要領が判明
| >開示された資料には「台湾を巡る問題が、対話により平和的に解決されることを期待する」「いかなる事態が存立危機事態に該当するかは、事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して判断する」などと記載
>やりとりを重ねる中で「どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と発言した。資料には含まれていない答弁だった |
用意されていた答弁書という証拠が出てきたことで、高市総理が持論だけで答弁したことがはっきりした。 軽率な答弁で無用な日中関係の悪化を招き、日本の国益を失わせた責任をどう取るかが問われそうだ。手垢が付きすぎた言い回しだが、答弁書どおりに「差し控える」としておけば無難に乗り切れたのに。また、答弁書どおりに答弁していれば、不都合な事が起きても答弁書を書いた官僚が…と(略)




















































