夏になるとよく出てくるのがホラー映画とカーエアコンの怪談。「どちらも寒々とします」というオチではない。
技術的な知見がない怪談記事
カーエアコンの怪談とは、真夏に「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」というネット上の言説である。これも素直に信じる人が少なくないと思われるが、その怪しげな言説を記事にして配信するネットメディアもある。
☞ 夏のエアコン全開で大ピンチ! 車のバッテリーあがりが真夏にも発生する理由とは
一見するとごもっともそうだが、車の専門家から見ると不確かなことが書かれている。その部分は
| >夏場はエアコンを最大風量等で稼働させるために発電機の発電量を上回る電力を消費しやすく…… |
という部分だ。このような点が「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」という論拠になっているようだ。「バッテリーがあがる」とは、エンジンが始動できなくなり、他の電装品も働かなくなる状態のことを言う。
結論から言えば、正常な車を正しく使えばエアコンのブロワファンを最大風量にした程度で簡単にバッテリーがあがることはない。あるとしたら、車の使い方が不適切(エンジンを止めて消費電力が多い電装品をいくつも使う)、12Vバッテリーの経年劣化か故障、プーリーベルトの緩み、もしくは車の充電系統の故障などが考えられる。
車の充電系統の故障は、バッテリーが放電して走行不能に陥る重大トラブルである。もし故障したら赤色の「充電警告灯」が点灯してドライバーに知らせるようになっている。もし、エアコンを最大風量にして使いすぎたら始動不可能になるなら重大トラブルのはずだが、電装品の使いすぎで充電不足になりそうなときに点灯する警告灯はない。
条件がはっきりしない記事
この手のネット記事は前提条件や条件がはっきりしない曖昧さや歯切れの悪さが目立つ。たとえば、カーエアコンを使いすぎでバッテリーがあがりやすいのが、HEVなのかBEVなのかエンジン車なのか不明確だ。HEVやBEVなどは、通常の補機用12Vバッテリーと駆動用高電圧バッテリーを備えているが、一般的なガソリン車やディーゼル車では12Vバッテリーが電装系の中心となる。全部含めるとややこしくなるため、ここでは現在主流のガソリンエンジン車主体の記事としている。
電力消費が多い電装品
前述の記事の内容から見てエンジン車に限定した話と思うが、エンジン車のエアコンはエンジンの動力でコンプレッサーを駆動する。とはいえ、エアコンの冷風を送り出すブロワファンモーターは電力消費が多いパーツだ。車の中で消費電力が多い主な電装品は以下のものがある。
| 電装品名 | 電力 (W) | 電流 (A) |
|---|---|---|
| ブロワファンモーター(最大風量) | 200〜300 | 17〜25 |
| 熱線リアデフォッガー | 100〜240 | 8.3〜20 |
| シートヒーター | 15〜120 | 1.25〜10 |
| ヘッドライト(2灯) | 50〜120 | 4.2〜10 |
| フォグライト(2灯) | 38〜110 | 3.2〜9.2 |
・JAFのテスト、メーカーの諸元値・規格値より
・車種により範囲値から外れる場合がある
エンジンがかかっていれば簡単にバッテリーはあがらない
エンジン回転速度が最も低いアイドリング時でも車のバッテリーに充電できる。ただし、アイドリング時に消費電力が多い装置を同時に使った場合は、“発電機(オルタネーター)の発電量を上回る消費電力”になることがありえる。エンジンがかかっていれば、放電しながら充電できるため簡単にバッテリーがあがることはない。
某車のサービスマニュアルのオルタネーター単体出力データを見ると、オルタネーター出力電流は低速回転域で急速に立ち上がり、エンジン回転速度で約2,000 rpmから上は頭打ち傾向になる。アイドリングより少し高い1,000 rpm付近の出力電流は50A近くあり、そのまま出力したら車のバッテリーや電気回路がダメージを受ける。オルタネーターは出力電流全部を送り出すのではなく、必要な電力分だけが出力される。オルタネーターの冷機時と暖機時で出力差があるが、低回転域では差が小さく、出力差がバッテリーあがりにつながるものではない。
レギュレーターの出力電圧は、通常のバッテリー電圧より少し高く設定されているため、電圧が低い所(バッテリーや電装品)へ電流が流れ、その時の条件に応じた電流がレギュレーターから流れる。エンジンが停止していれば、使った分だけバッテリーが消耗する。
レギュレーターで一定に制御された電圧で出力端子からバッテリーや電装品へ電力が供給される。つまり、車の充電は「定電圧充電」方式であり、バッテリーが充電不足の状態では多くの電流が流れ、満充電に近くなると電流が少なくなる(GSユアサ資料より)。
車全体で見ると、オルタネーターは、ヘッドライトやエアコン、デフォッガーなど電装品の電気負荷が増えると、増えた負荷に応じた電力を供給するため発電量を増やす。オルタネーターの電力は、車両の電装品とバッテリーへ供給される。出力電流が車両の消費電流以上ならバッテリーへ充電電流として流れ、出力電流が車両の消費電流以下ならバッテリーから電流が流れ供給電力を安定させる。バッテリーは常に変動するオルタネーターの出力を平準化するコンデンサーのような役目も果たす。
なお、最近の車ではオルタネーターの発電を抑制する「充電制御」機能があるが、燃費向上を目的とした機能であるためここでは除外する。
バッテリーあがりを起こしやすいのは、エンジンを止めて消費電力が多い装置を長い時間使うことだ。この状況はバッテリーから放電する一方で充電されない。また、経験がある方もいるだろうが、ヘッドライトの消し忘れ駐車など「うっかり」してバッテリーをあがらせると完全放電に至ることがある。
JAFの出動回数を根拠にして「夏はバッテリーがあがりやすい論」を展開する所も見受けられるが、“うっかりバッテリーがあがり”は季節要因ではない。このため、JAFの出動回数から季節要因だけ抽出する必要がある。
バッテリーと気温の影響
鉛バッテリーの充放電は化学反応によるものだが、それは温度に影響される。高温時は化学変化が活発になり一時的な性能は上がるが自己放電率が高まる。低温時では内部抵抗が増加し、化学反応が鈍くなって放電容量が低下する。経年劣化でバッテリーの容量が低下すると、冬場に始動困難になりやすい。バッテリーの容量低下はいきなり起きるものではなく、徐々に進行するから分かりにくいが、セルモーターが苦しそうな感じで回るときはバッテリーの容量低下の兆候と思っていい。
夏に消費電力が多い装置を使うと、バッテリーあがりが起きやすいと言えなくはないが、本質的にはバッテリーの寿命に影響を与える問題といえる。バッテリーが受ける高温の影響については、猛暑日から酷暑日へぐらいの気温上昇より急速充電による液温上昇がはるかに悪影響を及ぼす。
自動車メーカーでは通常の使われ方を想定して発電容量やバッテリー容量を決めている。専門的に言えば、想定内の使われ方での充放電バランスを適正化して車を開発しているのだ。したがって、車に異常がなく、適切な使い方をしていればそう易々とバッテリーがあがって立ち往生することはないと思っていい。
バッテリーあがりの兆候
①バッテリーが弱りかけた場合は、スターターモーターが苦しそうに(弱々しく)回るがエンジンは始動できる。
②バッテリーがあがりかけの場合は、スターターモーターを作動させようとすると「カチカチ」音が聞こえるが始動できない。
↑「カチカチ」音が聞こえるが始動できないのはバッテリーがあがりかけ
③バッテリーが完全にあがったときは、始動させようとしてもスターターモーターが反応せず、電装品が機能しない。
③は完全に始動不能。②はバッテリー電圧の低下だが、運が良ければ始動できることがある。①の兆候を感じたときにバッテリーを補充電するか、4年以上使ったバッテリーは早く交換すべきである。①の兆候を感じられるかどうかは日ごろの観察力がものをいう。
バッテリーがあがったとき
バッテリーあがりでジャンプスターターなどで始動させた後は、エンジンを止めずに40〜50km/hで30〜40分程度の充電走行すればある程度回復できるが、状況に応じて補充電する。アイドリングでも充電できるが長時間エンジンをかけておく必要があり、ガソリンの消費量を考えたら非効率といえる。
バッテリーが完全にあがると「あがりグセ」がついてあがりやすくなると言われる。これは、鉛蓄電池は深い放電をすると劣化が進み、容量や始動性能が低下することを意味する。深い放電を繰り返したバッテリーは、再びバッテリーあがりを起こしやすくなる。バッテリーあがりで実質的な容量が減ると再びバッテリーあがりを起こしやすくなる。何回かバッテリーあがりを起こしたらバッテリーを交換する必要がある。
なお、市販のバッテリーチャージャーで充電する場合、できるだけバッテリーを取り外して充電する方がいい。車載状態でも充電できるが、必ずマイナスケーブルを外して充電すること。バッテリーケーブルを接続したまま充電すると、チャージャーによっては電装回路に高い電圧がかかることがあり、回路内のダイオードを破損させる恐れがある。
車の取扱説明書は公式な一次情報
消費電力が多い装置を同時に使う事は不用意な使用と言える。なぜなら、車の取扱説明書に「アイドリング状態で、長時間ライトやエアコンなどの電装品を使用しないでください。バッテリーあがりの原因になります」などと書かれており、“避けるべき使い方”だからだ。
実際にトヨタ車の取扱説明書でエアコンの注意書きを調べたが「エンジン停止中は、エアコンを必要以上に使用しないでください」と書いてあった。「エアコンのほか、灯火装置、ヒーター装置、アクセサリーソケット、充電用USB Type-C 端子などの装置でも同様な注意書きであった。
ガソリン車は「エンジン停止中は〜」、HEV車は「ハイブリッドシステム停止中は〜」が注意書きの枕詞だ。逆に言えば、消費電力が多い装置を使っても、車が通常充電できる状態であればメーカーがバッテリーあがりを心配していないといえる。これはオルタネーターの発電能力とか充電特性とか以前に、あたり前の使い方なのだが。
これらの一次情報から「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」説は不正確だと否定できる。疑問があれば怪しげなネット言説を信用する前に、無条件で「エアコンを使いすぎないでください」と書いているかどうか取扱説明書を見て欲しい。
「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」説は、もっともらしい言い回しで不安心理を突き「本当かもしれない」と思わせる都市伝説(デマとも言う)と思っていいだろう。
ネットの言説も一次情報を調べれば信頼できる情報かどうか分かる、という基本的な話である。この手は専門領域なのでついクドクド書いてしまったが…
(続く)
































