夏になるとよく出てくるのがホラー映画とカーエアコンの怪談。「どちらも寒々とします」というオチではない。

 

技術的な知見がない怪談記事

カーエアコンの怪談とは、真夏に「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」というネット上の言説である。これも素直に信じる人が少なくないと思われるが、その怪しげな言説を記事にして配信するネットメディアもある。

☞ 夏のエアコン全開で大ピンチ! 車のバッテリーあがりが真夏にも発生する理由とは

 

一見するとごもっともそうだが、車の専門家から見ると不確かなことが書かれている。その部分は

>夏場はエアコンを最大風量等で稼働させるために発電機の発電量を上回る電力を消費しやすく……

という部分だ。このような点が「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」という論拠になっているようだ。「バッテリーがあがる」とは、エンジンが始動できなくなり、他の電装品も働かなくなる状態のことを言う。

エアコン操作冷風

 

結論から言えば、正常な車を正しく使えばエアコンのブロワファンを最大風量にした程度で簡単にバッテリーがあがることはない。あるとしたら、車の使い方が不適切(エンジンを止めて消費電力が多い電装品をいくつも使う)、12Vバッテリーの経年劣化か故障、プーリーベルトの緩み、もしくは車の充電系統の故障などが考えられる。

充電警告灯を調べる

 

車の充電系統の故障は、バッテリーが放電して走行不能に陥る重大トラブルである。もし故障したら赤色の「充電警告灯」が点灯してドライバーに知らせるようになっている。もし、エアコンを最大風量にして使いすぎたら始動不可能になるなら重大トラブルのはずだが、電装品の使いすぎで充電不足になりそうなときに点灯する警告灯はない

 

条件がはっきりしない記事

この手のネット記事は前提条件や条件がはっきりしない曖昧さや歯切れの悪さが目立つ。たとえば、カーエアコンを使いすぎでバッテリーがあがりやすいのが、HEVなのかBEVなのかエンジン車なのか不明確だ。HEVやBEVなどは、通常の補機用12Vバッテリーと駆動用高電圧バッテリーを備えているが、一般的なガソリン車やディーゼル車では12Vバッテリーが電装系の中心となる。全部含めるとややこしくなるため、ここでは現在主流のガソリンエンジン車主体の記事としている。

 

電力消費が多い電装品

前述の記事の内容から見てエンジン車に限定した話と思うが、エンジン車のエアコンはエンジンの動力でコンプレッサーを駆動する。とはいえ、エアコンの冷風を送り出すブロワファンモーターは電力消費が多いパーツだ。車の中で消費電力が多い主な電装品は以下のものがある。

 

ガソリン車における主要電装品の消費電力
電装品名 電力 (W) 電流 (A)
ブロワファンモーター(最大風量) 200〜300 17〜25
熱線リアデフォッガー 100〜240 8.3〜20
シートヒーター 15〜120 1.25〜10
ヘッドライト(2灯) 50〜120 4.2〜10
フォグライト(2灯) 38〜110 3.2〜9.2

・JAFのテスト、メーカーの諸元値・規格値より

・車種により範囲値から外れる場合がある

 

エンジンがかかっていれば簡単にバッテリーはあがらない

エンジン回転速度が最も低いアイドリング時でも車のバッテリーに充電できる。ただし、アイドリング時に消費電力が多い装置を同時に使った場合は、“発電機(オルタネーター)の発電量を上回る消費電力”になることがありえる。エンジンがかかっていれば、放電しながら充電できるため簡単にバッテリーがあがることはない。

 

某車のサービスマニュアルのオルタネーター単体出力データを見ると、オルタネーター出力電流は低速回転域で急速に立ち上がり、エンジン回転速度で約2,000 rpmから上は頭打ち傾向になる。アイドリングより少し高い1,000 rpm付近の出力電流は50A近くあり、そのまま出力したら車のバッテリーや電気回路がダメージを受ける。オルタネーターは出力電流全部を送り出すのではなく、必要な電力分だけが出力される。オルタネーターの冷機時と暖機時で出力差があるが、低回転域では差が小さく、出力差がバッテリーあがりにつながるものではない。

ACG出力特性

レギュレーターの出力電圧は、通常のバッテリー電圧より少し高く設定されているため、電圧が低い所(バッテリーや電装品)へ電流が流れ、その時の条件に応じた電流がレギュレーターから流れる。エンジンが停止していれば、使った分だけバッテリーが消耗する。

 

レギュレーターで一定に制御された電圧で出力端子からバッテリーや電装品へ電力が供給される。つまり、車の充電は「定電圧充電」方式であり、バッテリーが充電不足の状態では多くの電流が流れ、満充電に近くなると電流が少なくなる(GSユアサ資料より)。

定電圧充電特性

 

車全体で見ると、オルタネーターは、ヘッドライトやエアコン、デフォッガーなど電装品の電気負荷が増えると、増えた負荷に応じた電力を供給するため発電量を増やす。オルタネーターの電力は、車両の電装品とバッテリーへ供給される。出力電流が車両の消費電流以上ならバッテリーへ充電電流として流れ、出力電流が車両の消費電流以下ならバッテリーから電流が流れ供給電力を安定させる。バッテリーは常に変動するオルタネーターの出力を平準化するコンデンサーのような役目も果たす。

 

なお、最近の車ではオルタネーターの発電を抑制する「充電制御」機能があるが、燃費向上を目的とした機能であるためここでは除外する。

 

バッテリーあがりを起こしやすいのは、エンジンを止めて消費電力が多い装置を長い時間使うことだ。この状況はバッテリーから放電する一方で充電されない。また、経験がある方もいるだろうが、ヘッドライトの消し忘れ駐車など「うっかり」してバッテリーをあがらせると完全放電に至ることがある。

 

JAFの出動回数を根拠にして「夏はバッテリーがあがりやすい論」を展開する所も見受けられるが、“うっかりバッテリーがあがり”は季節要因ではない。このため、JAFの出動回数から季節要因だけ抽出する必要がある。

 

バッテリーと気温の影響

鉛バッテリーの充放電は化学反応によるものだが、それは温度に影響される。高温時は化学変化が活発になり一時的な性能は上がるが自己放電率が高まる。低温時では内部抵抗が増加し、化学反応が鈍くなって放電容量が低下する。経年劣化でバッテリーの容量が低下すると、冬場に始動困難になりやすい。バッテリーの容量低下はいきなり起きるものではなく、徐々に進行するから分かりにくいが、セルモーターが苦しそうな感じで回るときはバッテリーの容量低下の兆候と思っていい。

 

夏に消費電力が多い装置を使うと、バッテリーあがりが起きやすいと言えなくはないが、本質的にはバッテリーの寿命に影響を与える問題といえる。バッテリーが受ける高温の影響については、猛暑日から酷暑日へぐらいの気温上昇より急速充電による液温上昇がはるかに悪影響を及ぼす。

 

自動車メーカーでは通常の使われ方を想定して発電容量やバッテリー容量を決めている。専門的に言えば、想定内の使われ方での充放電バランスを適正化して車を開発しているのだ。したがって、車に異常がなく、適切な使い方をしていればそう易々とバッテリーがあがって立ち往生することはないと思っていい。

 

バッテリーあがりの兆候

①バッテリーが弱りかけた場合は、スターターモーターが苦しそうに(弱々しく)回るがエンジンは始動できる。

②バッテリーがあがりかけの場合は、スターターモーターを作動させようとすると「カチカチ」音が聞こえるが始動できない。

エンジン始動時の音

↑「カチカチ」音が聞こえるが始動できないのはバッテリーがあがりかけ

 

③バッテリーが完全にあがったときは、始動させようとしてもスターターモーターが反応せず、電装品が機能しない。

 

③は完全に始動不能。②はバッテリー電圧の低下だが、運が良ければ始動できることがある。①の兆候を感じたときにバッテリーを補充電するか、4年以上使ったバッテリーは早く交換すべきである。①の兆候を感じられるかどうかは日ごろの観察力がものをいう。

 

バッテリーがあがったとき

バッテリーあがりでジャンプスターターなどで始動させた後は、エンジンを止めずに40〜50km/hで30〜40分程度の充電走行すればある程度回復できるが、状況に応じて補充電する。アイドリングでも充電できるが長時間エンジンをかけておく必要があり、ガソリンの消費量を考えたら非効率といえる。

 

バッテリーが完全にあがると「あがりグセ」がついてあがりやすくなると言われる。これは、鉛蓄電池は深い放電をすると劣化が進み、容量や始動性能が低下することを意味する。深い放電を繰り返したバッテリーは、再びバッテリーあがりを起こしやすくなる。バッテリーあがりで実質的な容量が減ると再びバッテリーあがりを起こしやすくなる。何回かバッテリーあがりを起こしたらバッテリーを交換する必要がある。

 

なお、市販のバッテリーチャージャーで充電する場合、できるだけバッテリーを取り外して充電する方がいい。車載状態でも充電できるが、必ずマイナスケーブルを外して充電すること。バッテリーケーブルを接続したまま充電すると、チャージャーによっては電装回路に高い電圧がかかることがあり、回路内のダイオードを破損させる恐れがある。

 

車の取扱説明書は公式な一次情報

消費電力が多い装置を同時に使う事は不用意な使用と言える。なぜなら、車の取扱説明書に「アイドリング状態で、長時間ライトやエアコンなどの電装品を使用しないでください。バッテリーあがりの原因になります」などと書かれており、“避けるべき使い方”だからだ。

取扱説明書を開いて調べる

 

実際にトヨタ車の取扱説明書でエアコンの注意書きを調べたが「エンジン停止中は、エアコンを必要以上に使用しないでください」と書いてあった。「エアコンのほか、灯火装置、ヒーター装置、アクセサリーソケット、充電用USB Type-C 端子などの装置でも同様な注意書きであった。

 

ガソリン車は「エンジン停止中は〜」、HEV車は「ハイブリッドシステム停止中は〜」が注意書きの枕詞だ。逆に言えば、消費電力が多い装置を使っても、車が通常充電できる状態であればメーカーがバッテリーあがりを心配していないといえる。これはオルタネーターの発電能力とか充電特性とか以前に、あたり前の使い方なのだが。

 

これらの一次情報から「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」説は不正確だと否定できる。疑問があれば怪しげなネット言説を信用する前に、無条件で「エアコンを使いすぎないでください」と書いているかどうか取扱説明書を見て欲しい。

 

「カーエアコンを使いすぎるとバッテリーがあがりやすい」説は、もっともらしい言い回しで不安心理を突き「本当かもしれない」と思わせる都市伝説(デマとも言う)と思っていいだろう。

 

ネットの言説も一次情報を調べれば信頼できる情報かどうか分かる、という基本的な話である。この手は専門領域なのでついクドクド書いてしまったが…

 

(続く)

 

 

「オールドメディアにはダマされない」という言葉が、SNSでは珍しくなくなった。新聞やテレビは既得権益に守られ、偏った情報を流している。一方、SNSやYouTubeにはオールドメディアが報じない真実があるという考え方がある。

 

メディアの信頼性は単純な二択ではない

しかし、これは「オールドメディアを信じるか、ネットメディアを信じるか」という単純な二択に陥っている。言うまでもないが、情報の信頼性は媒体の新旧ではなく、情報源、根拠、検証可能性によって個別に判断すべきである。

目隠ししてフェイクニュース

 

オールドメディア出身者である辛坊治郎氏自身が「大本営発表を垂れ流す日本のメディア」と批判する例を見かけた。

☞ 辛坊治郎氏が苦言「大本営発表を垂れ流す日本のメディアは、ホント救い難い」

このネタの問題は、自動運転がデフォルトになるから、ながら運転は当然の世界になっているはず、と勘違いしている点。だが、国は自動運転システムが完全無欠ではなく、人が介在しないと事故を起こす恐れがあると思っているため「ながら運転警報装置」が必要と考えているのだ。まあ完璧ではない自動運転システムなら信用しない方が安全といえるのだが。

 

また、自動車の自動運転が実用化されても、自動運転中の責任はドライバー側にあるとして「ながら運転が当然の世界」にはならないだろう。国や自動車メーカーが事故の賠償リスクを回避するためだ。

 

突っ込みどころは、政府の「自動運転システム+ながら運転警報デバイス」の義務化で車両価格がつり上るため、物価高を抑制して欲しいという社会的欲求に背を向ける法案ではないか、というところだ。高コストの自動運転システムになるならオプションで選択できる方が現実的だ。

 

このニュースのキモは、安全性の名目で高コストな装置の標準化が強要されないよう国民が監視する必要がある。ということだろう。

 

メディアが報じなくても政府は反社法案(笑)を推進するだろうが、いざ実施の段階で「なぜ報じなかった」とメディアが批判されることは目に見えている。単純に「オールドメディア=大本営発表」と決め付けるのは、オールドメディアの批判ありきだな…と思ったりする。

 

「情報源の信頼性」とは何か

情報には一次情報と二次情報がある。一次情報とは、出来事の当事者や公的機関などが直接発した情報である。政府・自治体の資料、裁判所の判決文、企業の公式発表、当事者の発言などがこれに当たる。一次情報は、情報の信頼性を検証するうえで重要な出発点である。二次情報とは、一次情報を取材、編集、分析して伝える情報である。新聞記事、テレビニュース、ネットニュース、評論などなどがこれにあたる。

 

一次情報だから絶対に正しいわけでも、二次情報だから信用できないわけでもない。たとえば、企業発表には企業側の立場があり、当事者の証言には主観が入っていることがある。そのため、きちんとした報道機関は、必要に応じて複数の一次情報を照合したり、専門家に分析を依頼したり、校閲などのチェックなど、より高い精度で情報を提示できる体制を整えている。報道機関の信頼度は100%ではないが、体制の充実度を考えれば、情報の入口として報道メディアを基本的に「是」として扱うことには合理性がある。

 

車両火災とサンプリング

オールドメディアを信頼できないと考える人もいる。高精度の情報を提示できる体制が整っているはずの大手報道機関であっても、事実の一部を強調することで、全体とは異なる印象を与えかねないケースもある。

 

車両火災の報道で、複数メーカーで火災が発生しているにもかかわらず、ニュースで特定メーカーの車両ばかりを取り上げ、視聴者に「このメーカーの車だけが燃えている」という印象を与えた実例があった。個々の車両火災が事実であっても、どの事例を選び、どの事例を見せないかという取捨選択によって、事実とは異なる印象を与える恐れがある。

TV局のスタッフ

 

後述する「ニュース女子」事件を検索するとリベラル系メディアのニュースばかりヒットするが保守系ニュースサイトはほとんどヒットしない。事件が起きた当時から時間が経過しているため保守系サイトから消された可能性があるが、そのような点も含めて一種のサンプリングと言える。

 

また、重大事件や事故では、多数の報道機関が同じ現場、同じ関係者に殺到するメディアスクラムも起こる。各社が競争する結果、独自取材よりも他社報道を追いかける「横並び報道」になりやすい。あるいは災害報道などでインパクトのある画像ばかりを選んで報道し、全体で見れば印象ほどでもなかったという例もある。これらもオールドメディアが抱える構造的な弱点といえる。

 

ではネット情報なら信頼できるか?オールドメディアが取り上げない情報を発掘し、専門的な知識を持つ発信者や根拠を示しながら多面的な視点で検証する優れた発信者がいる。その一方で、根拠のない憶測や切り抜き、再生数や閲覧数を稼ぐための刺激的な誇張表現を多用する発信者も存在する。また、ネットメディアは現場で取材するよりネット上の伝聞に頼る傾向が強いとも言われている。

 

「原爆投下は嘘だった」は陰謀論への誘導か

ネットメディアでもYouTubeは極端な話がある。与太話と思って受け流せばよいが、信じてしまう人も居るからちょっと呆れる。

 

2026年8月、SNSなどで「原爆投下は嘘だった」「原爆はフェイクだった」とする主張が話題になった。某雑誌系メディアによると、YouTube番組で原爆投下や関連映像について「フェイク」などとする主張が展開されていた。動画は35万回以上再生されていたという。

☞ 「原爆投下は嘘だった」歴史研究家の主張を公開した動画への批判再燃…配信元の溝口勇児氏率いる「NoBorder」が答えた“見解”

 

怪しげな情報の閲覧数を上げたくなかったが、ざっと見ただけでも論理の破綻がいくつもあった。いくつかの疑問点から一気に「「原爆そのものが存在しなかった」という極論へ飛躍している点である。そこには、複雑な事実を「誰かが意図的に隠している」という単純な構図に置き換える、陰謀論的な思考が入り込む余地がある。

原爆はなかった?

☝︎ 原爆投下日を間違えているのは被災者への嫌がらせか?それとも無知なのか?

 

残念ながら、すぐ分かるレベルのフェイク情報やデマ情報でも信じてしまう人がいるのも事実だ。オールドメディアへの不信感が、そのままネット情報への過信に転換してしまうのは危険である。

 

言論の自由は責任を伴う

言論の自由は民主社会に不可欠であるが、自由とは「何を言っても責任を問われない」という意味ではない。前述の「原爆投下は嘘だった」というYoutubeチャンネルを配信しているNoBorderという配信元(と主張者)は、被爆者の方々の心情を傷つけているように思える。

 

嘘の情報発信で裁判になった例が「ニュース女子」問題である。DHCテレビが制作した番組をめぐり、東京地裁は2021年、名誉を毀損したとしてDHCテレビに550万円の損害賠償と謝罪文の掲載を命じた。裁判所の判決文には、番組が原告について事実に反する内容を放送し、名誉を毀損したとの判断が示されている。

 

問題は「自分の見たい情報」だけを見ること

こういう興味深い調査があった。

☞ そりゃテレビより信じられるワケだ…3000人調査で判明した「メディアの時代」終焉で頼れる"信頼情報"の正体

この調査では、テレビ・新聞はネット上のSNSや動画サービスより高い信頼度を示す一方、視聴者は「自分が見ている」政治・経済系YouTubeチャンネルを、テレビ・新聞以上に信頼する傾向が示されているという。これは、ネット情報の信頼性そのものよりも、自分が選んだ発信者への信頼が強まっていることを示す興味深い現象である。

 

インターネットで得られる情報で最も警戒すべきなのは、メディアそのものだけではない。自分の意見に沿う内容のYouTube、SNSやネット記事ばかりを見ていると、「ネットでは皆がそう言っている」という錯覚が生じる。しかし、それは世論ではなく、自分自身が選択した情報空間である。

 

オールドメディアを疑ってネットメディアに移ったとしても、ネット上の特定インフルエンサーを無条件に受け入れてしまえば、単に「テレビ依存」から「ネット依存」へ移行しただけということを忘れてはならない。ネット時代で必要なのは「信じる力」より「疑って確認する力」である。

 

情報配信メディアの問題

スマホやタブレットで利用できるスマートニュース(SmartNews)アプリやYahooニュースなどのポータル型ニュース配信サービスも多数の媒体の記事を横断的に閲覧できる。

 

SmartNews

 

しかし、これらは検索履歴や視聴履歴によって、読者の関心に近い情報を選別して表示する機能がある。そうなると、同じ傾向の情報ばかりを見て「世の中はこうなっている」と思い込むリスクがある。

 

大手新聞社やテレビメディアから個人ブログまでさまざまな配信元から情報が流れてくる。海外メディアを含む新聞やテレビメディアの記事はさすがによくまとまっていて破綻が無い。個人発信やネットメディアでも情報を発信して収益を得るからには、それ相応の責任が求められる。

 

もちろんリッパなメディアも少なくないが、編集やファクトチェック体制、法務体制などが不十分ではと思うような発信元もある。インフルエンサーなどの個人でも報酬を得る「商売」であれば、プロとして誤字脱字や編集ミスなどは望ましくない。安易な粗製濫造はすぐに見抜かれる。

 

ネットメディアは真実と思い込む危険

ネットメディアには、オールドメディアより迅速で、独自性のある情報や専門的な情報を発信する強みがある。しかし「オールドメディアではない」というだけで信頼性や品質が高くなるわけではない

 

現在のネットで飛び交う情報は玉石混交の状態であり、有益な情報か、取るに足らない石ころ情報か、あるいは有害な情報なのかを見極める「目利き」が求められる。

 

デマ情報の場合は情報の根拠が曖昧なことが多い。情報の信頼性は「誰が言ったか」だけではなく「何を根拠に言っているか」が重要なのである。さらに一次情報は確認できるか、反対の情報はあるかの確認も大切だ。これらが確認できなければ信頼性が薄い情報として保留にしておく判断が賢明といえる。

 

 

 
以前の記事で書いたように、高市早苗という人物は国益より個人的な信条を重視しすぎるリスクがある。具体例は台湾問題をめぐる存立危機発言だ。この例からもこの人物は「後先考えない思いつきの発言で周囲を右往左往させる」タイプといえる。このような性分からトランプ大統領とウマが合うのだろう。場末の飲み屋でクダをまくオッサン・オバサンなら問題ないのだが、首相という立場では大問題なのである。こういうタイプは人の上に立つべきではないのだ。
 
国民が託したものは何だったのか
2026年の第51回衆議院総選挙において、自由民主党は野党勢力を大きく上回る310議席を獲得し、高市政権は強固な政権基盤を手に入れた。一方の中道改革連合は議席を118も減らす壊滅状態で、重鎮でさえも議席を守れなかった。自民党の310議席は全465議席の2/3に相当し、参院で否決された法案を再可決できるほど圧倒的な数だ。
衆院選自民圧勝
 
しかし、選挙で示された民意を単なる「政権への全面的支持」と解釈するのは大きな誤りである。国民が求めていたものは、政治家の理念や党派的な主張の実現ではない。長引く円安、物価高、実質所得の低下、将来への不安から国民生活を立て直すことであった。
 
政治とは、国民の不満や不安を受け止め、現実的な解決策を示す営みである。選挙で多数を得た政権には、大きな権限が与えられる。しかし、それは何をしても許されるという意味ではない。むしろ、強大な権力を持つ政権ほど、国民への説明責任と慎重な判断が求められるのである。ところが、高市政権の歩みを見る限り、その期待に十分応えているとは言い難い。
 
政権が掲げる国家観や歴史認識には一定の支持がある。しかし、政治とは理念を競う場である以前に、国民の日々の暮らしを支える現実の行政である。理念が国民生活から離れた瞬間、それは政治ではなく自己目的化した思想運動になってしまう。
 
政権が優先したもの、後回しにしたもの
高市政権の国会運営で最も大きな問題は、政策の優先順位(プライオリティー)にある。第220回国会、そして第221回国会において、政権は改正皇室典範、国旗損壊処罰法、副首都法など、国家のあり方に関わる政策を前面に押し出した。
 
皇室制度、国土政策について議論すること自体は民主国家として必要である。国家の根幹に関わる問題を議論することに意味がないわけではない。しかし、国旗損壊処罰法については他の法案と異なり、日の丸を汚損した事件事実はほとんどないのに、今必要な法案かという点が指摘されている。ほぼ40年前の1987年に実際に起きた「沖縄国体日の丸焼却事件」は公式の場で起きており、建造物侵入、器物損壊、威力業務妨害などで処罰されている。個人が所有する日の丸を自分で破っても処罰したるわ!というエキセントリックな処罰法が今の日本で必要なはずがない。
国旗処罰法
 
また、副首都法は「副首都構想」は大阪維新の看板政策だったが、維新以外に推している政党もなく維新だけが執着する法案だ。この法案は過去に2回も住民投票で否決された「大阪都構想」の焼き直し版であることは明らかだ。維新の維新による維新のための政治といえる。
 
問題はこれらの クソどーでもいい 不要不急な法案が「今、この時期に最優先で取り組むべき課題なのか」ということだ。 
クソどーでもいい法案を優先
 
政治には優先順位があるはずだ。国民が日々の生活費に苦しみ、賃金上昇の恩恵を感じられず、将来への不安を抱えている時に、政府が最初に取り組むべき課題は何か言うまでもない。物価高への対応、円安による負担軽減、経済成長への道筋、社会保障制度の持続可能性である。
 
国家の理念を語ることは重要である。しかし、国民の生活基盤が揺らいでいる状況で理念政策ばかりを優先すれば、「政治は国民を見ていない」という批判を招くのは当然である。高市政権が問われているのは、政策の中身だけではない。政治的優先順位をどこに置くのかという、政権の政治姿勢そのものが問われているのである。
国民生活が後回しか
 
円安・物価高と置き去りにされた国民生活
現在、日本社会が直面している最大の問題の一つは、物価上昇で生活コストの暴騰である。電気料金、ガソリン価格、食品価格など、生活に不可欠な幅広い分野での負担増は、特に低所得層や年金生活者、中小企業に重くのしかかる。
円安への後手後手対応
 
円安は輸出企業にとって一定の恩恵がある一方、エネルギーや食料を海外に依存する日本では、円安が国民生活に大きな負担をもたらす。政府が最も敏感に向き合うべきなのは、こうした国民の実感である。経済指標が改善しているという説明だけでは、国民の不安は解消されない。株価が上昇しても、企業収益が改善しても、家庭の財布が苦しいままであれば、多くの国民にとって景気回復とは言えない。
 
高市政権は、政治的信念の実現を優先し物価高対策をないがしろにしてる、との批判は「私の認識とは異なる」と旧ツイッター上で反論したらしい。高市首相は、統計資料をベースに日本の物価上昇率がG7で最も低く、実質賃金の上昇率は最も高く、ガソリン価格は政府の補助金で安く抑えられている点を挙げているようだ。
 
だが、賃金上昇の恩恵があったとしても一部の層に限られ、中小企業や非正規社員層には恩恵は感じられないだろう。ガソリン価格の補助金も一部の恩恵でしかなく、年金暮らしの層にとっては賃金上昇の恩恵は無いに等しい。生活の実感ベースの視点からは「国民の認識とはかけ離れているのではないか?
 
政治の評価基準は、統計資料だけではなく、人々の日常にある。夕食の買い物で価格上昇を実感する主婦。原材料費の増加に苦しむ経営者。奨学金や住宅費の負担に悩む若者。彼らが「日本は良くなっている」と感じられなければ、政治は失敗しているのである。
 
高市政権が本当に「強い日本」を目指すのであれば、まず守るべきは国民の生活基盤である。
 
「保守」とは何を守る思想なのか
高市政権は保守政治を掲げるが、本来の保守とは単に伝統的価値観を重視することではない。守るべきものを見極め、社会の安定と継続性を確保する思想である。
 
国家とは制度や建物ではない。そこに暮らす国民の生活、家族、地域社会、文化の積み重ねによって成り立つ。国民が将来に希望を持てない社会。若者が結婚や子育てを諦める社会。地方から人が消え続ける社会。それらは国家の根幹が弱っている状態である。国旗や制度を守ることより守るべきものは、その国で暮らす人々の生活と未来ではないのか。
消費税減税与党内でも異論
 
また、民主主義において圧倒的な議席数は大きな責任を伴う。数の力で法案を通すことは可能であるが、政治への信頼を維持するには、少数意見にも耳を傾け十分な議論を尽くす姿勢が不可欠である。本当に強い政権とは、反対意見を押し切る政権ではない。異なる意見を取り込みながら国民的合意を形成できる政権である。
 
財源なき減税も強行突破か?
減税財源が未定にもかかわらず、高市政権が食料品の消費税率を来年4月から2年間1%に引き下げるという減税方針を決めたらしい。この方針には野党だけではなく、自民党内からも反対論や慎重論が相次いでいる。食料品消費税率の引き下げの主な問題点は、財源の不確実性、市場からの信用低下そして社会保障への影響だと指摘されている。政権公約だとしても、財源なき減税は無責任と言っていいだろう。
 
高市政権の「骨太の方針」は「責任ある積極財政」を掲げ、歴代内閣が目指した基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化目標を取り下げ「財政の持続可能性」に置き換えられた。これが財政規律の緩みと市場に受け止められ、長期金利の一時的急騰や円安といった「骨太ショック」と呼ばれる市場の動揺を招いている。
消費税減税も効果が疑問
 
物価高対策を後回しにして2年間限定で7%(8−1%)の消費税率引き下げぐらいでは物価上昇に飲み込まれてしまう可能性がある。減税期間が終了した時の痛税感が大きく感じられ国民の反発を招くとも言われている。自民党議員は減税後の選挙で痛手を受けることを心配しているのだ。
 
目先の減税より物価高の要因を取り除くことが最優先されるべきだ。石油やナフサの「目詰まり」などの解消も急がれるが、特に円安の解消が急がれる。2026年4月〜5月にかけて総額11兆7349億円の円買い・ドル売り為替介入を実施したが、じきに元の円安に戻ってしまった。1ドル164円近くに円安が進行した7月31日にも米当局と連携した円買いの協調為替介入を実施した。これにより一時1ドル=155円台前半を記録したが、市場では神経質な値動きが続くが、ジリジリと円安方向に動いている。
 
米国との協調為替介入でどの円高誘導程の度効果が持続するかは分からないが、市場の円売り圧力が簡単に解消するとは思えない。日本への過小評価という話があるが、日本の経済力に応じた為替レートが原則であり、円安で輸出を拡大するチャンスを生かせていないなど日本経済の腰の弱さがある。消費税率引き下げる前に、物価高の大きな要因である円安の是正が重要である。
 
亡国は静かにゆっくりと始まる
国家の衰退は、ある日突然訪れるものではない。国民の不満を軽視し、生活の苦しみを見過ごし、政治が自らの理念や権力維持を優先する。その小さな積み重ねが、やがて国家への信頼を失わせる。日本はいま、人口減少、少子高齢化、経済停滞、安全保障環境の変化などという複数の危機に直面している。
国民生活より日の丸
 
必要なのは、国民に負担を求める政治ではなく、国民が未来を信じられる政治である。高市政権が歴史に残る政権となるか、それとも国民との距離を広げた政権となるかは、これからの政策判断にかかっている。
 
保守とは、過去を称賛することではない。未来へ責任を果たすことである。もし政権がその原点を忘れ、理念を優先して国民生活を後回しにするならば、「高市早苗亡国論」という批判は単なる政治的攻撃ではなく、時代への警告として残ることになるはずだ。
 
 

2〜3か月前まで「今すぐ解散どうのこうのと言っている暇はございません」と言っていた高市総理。年が明けたら突然「衆議院を解散する決断をしました」…って。党幹部も解散は寝耳に水だったという突発性解散。どうなってんの?

 

700億円に見合う大義はあるのか

今すぐ解散どうのこうのと言っている暇はございません

2〜3か月で何か解散しなきゃいけない事情が出てきたのかね。まだ1年4か月しか働いていない465人の国会議員のクビを切り、約700億円という税金を投じるのだからそれに相応しい大義があるはずだ。

 

高市総理は、維新と連立を組んだので国民の審判を問うため、などともっともらしいことを言っても誰も真にうけていない。それなら去年のうちに解散すれば済むはずだ。

 

衆議院を解散する決断をしました

巷ではいろいろ言われているが、本音の解散理由として「旧統一教会問題」「コロナ補助金の不正受給の不祥事」「台湾有事発言」などの懸念事項をリセットしたいのだろうと言われている。

☞ 解散にふみきった最大の理由は「失言をカバーするため」

 

これらがウソかホントか分からないが、そういう懸念事項や不祥事を打ち消すためというより、支持率が高いうちに前政権の置き土産(少数与党)をリセットしたい思惑があるのだろう。つまり「私の支持率なら石破政権で減らした議席を回復できるわよ」が本音ではないだろーか。自信過剰に基づく自己都合解散説?よーわからんけど。

 

「高市早苗が総理大臣でいいのか」が大義?

高市総理の解散表明で、記者団から解散の大義を問われ、

・ 私自身も内閣総理大臣としての進退をかけます

なぜ今なのか 高市早苗が内閣総理大臣でいいのかどうか

主権者たる国民のみなさまに決めていただく それしかない

内閣総理大臣制だから別に国民に信任を問う必要はないのですがねぇ。信任されていないなら“進退を決める”覚悟なんだろうか?そのワリに信任のラインがほぼ現状維持らしく、ずいぶん低いラインという感じだ。

 

☞ 高市内閣、なぜ支持率下落? 無党派層に変化も 世論調査分析

>前月より10ポイント下落して57%だった。昨年10月の内閣発足以降、高水準だった支持率が初めて大幅に下がった。

 

☞ 衆院選、与党で過半数取れなければ「即刻退陣する」=高市首相

>衆院選の勝敗ラインとして掲げた与党での過半数は「控えめかもしれない」と述べる一方、「自民で過半数とは申し上げてない」とも語った。与党で過半数を獲得できない場合は「即刻退陣する」と明言した。

自維政権で過半数−3という少数与党が現状だ。過半数というのは現状から3議席以上増えればセーフということになる。進退かけるという言葉のわりに覚悟がなぁーという印象だ。まあ、よほどのヘマをしない限り自維政権で過半数はいくだろうな。もし与党で過半数割れになっても、選挙後に国民党を抱き込んで与党過半数に持ち込めば「勝敗ラインはクリアよ」ぐらいのことはやるだろうしね。

 

高市早苗が総理大臣でいいのか?

話が戻るが「高市早苗が総理大臣でいいのか」について個人の感想を言わせてもらうと、例の存立危機事態発言だけで一発不信任だ。総理大臣として極めて不見識かつ不適切な発言で国益を失わせた責任は大きいからだ。いまだに責任も取っていないし反省の色も見えない。

 

考えても存立危機事態になり得る

この発言で日中関係を損ない、国益を大きく失わせた責任は重い。

 

異例ずくめの衆議院選挙

23日午後の本会議で衆議院が解散された。政府は臨時閣議で「27日公示、2月8日投開票」とする衆院選日程を正式に決定した。選挙戦が事実上スタートする。解散から衆院選の投開票までは16日間と戦後最短超特急な国政選挙。

 

衆院解散自民だけ万歳

国会が解散された瞬間、なぜか自民党議員だけ万歳三唱をやっている。万歳は慣例というだけで特に意味はないらしいが、一説によると「ヤケクソ万歳」とか言われているらしい(笑)

また、通常国会冒頭での解散は60年ぶり。92年以降に1月召集となった通常国会での冒頭解散は初めて。1月の解散は、90年の海部俊樹政権以来36年ぶりで、異例ずくめの解散・総選挙らしい。

 

あまりにも選挙までの期間が短くて各自治体の選挙管理委員会は大忙しだという。さらに厳冬期という悪条件もあり選挙掲示板の手配や設置に手が回らない事態だという。雪国では掲示板の設置に普段の何倍もの時間がかかるらしい。身勝手な選挙スケジュールはさまざまな所に大迷惑をかけるということだ。

 

多すぎる国政選挙で国政が停滞

2024年10月の衆院選、2025年7月の参院選、そして2026年2月の衆院選。1年4か月の間に3回目の国政選挙は明らかに多すぎる。頻繁な選挙は政策停滞の原因になる。衆議院が解散された場合は、継続審査の対象案件であっても全て廃案になるためだ。

☞ 衆院解散で当初予算案の提出見送り、成立は大型連休前後か…「議員定数削減」「献金見直し」などの法案は廃案に

>今年度内の成立は事実上困難となり、4月からの大型連休前後にずれ込む可能性が出てきた。

>昨年の臨時国会で継続審議とされた法案は廃案となった。与党が提出した衆院議員定数削減法案や、企業・団体献金の見直しを巡る与野党の3法案などだ。

 

せっかく開いた国会を解散してやり直すため、年度末までに予算の成立は無理になった。とりあえず暫定予算で乗り切るしかないという。

 

高市総理の衆院解散で、選択的夫婦別姓法案や企業・団体献金を規制する政治資金規正法改正案など、議員提出法案74本が廃案となった。うち73本は昨年の臨時国会から継続審議となっていた。審議するには、衆院選後の国会に再び提出する必要がある。

 

これを無駄と言わずに何と言えばいい?高市総理の個人的な思惑のために日本の政治停滞を招くことになる。自民党が少数与党から抜け出せば、好き勝手に法案を通し放題になる理想郷を夢見ているのだろうが、国民のためにならないワガママはいい加減にしてもらいたい。

 

立憲民主+公明=中道改革連合

新党「中道改革連合」発足

公明党が自民党との連立を蹴って野党の立場になるだけでも驚いたが、さらに立憲民主と公明が合体して新しい政党になった動きにはもっとたまげた。公明党が中道改革連として一体化により、もう自民党との連立には後戻りしないという覚悟を示したわけだ。

 

公明の組織票が自民陣営から剥がれて立憲民主に付けば、選挙の当落結果が大きく変わるという報道もある。はたして計算どおりに行くかな?

 

公明離脱の票読み

現場ベースによると、自民党との長年の人間関係みたいなものは急に変えられないという現実的な見方があるという。公明が離脱すれば保守票や無党派層の票が増えると皮算用している自民党幹部がいるらしいが甘くないか?全国組織の公明票の厚さに比べ、大阪以外で濃淡差があるローカル政党の維新と連立によって組織票が減るという読みはないらしい。というか自民と維新は、原則的に選挙協力をしないガチンコ対決らしいから、選挙区によっては保守票の食い合いすらあるという。

 

中道改革連合の方は、選挙前に急ごしらえの感が否めない。新しい政党として公約や方向性が浸透するには時間がかかりそうだ。この新党も現状維持できるかどうか怪しいものだ。リベラルや左派の政党で仲違いが起きるなど、不確定要素が多すぎてよく分からん。

 

裏金議員の復権、政治資金規正法とモラル

裏金議員重複立候補を容認

今回の選挙で自民党は裏金議員を復権させるという。いまだに自分の裏金問題を説明すらしていない議員でも「審判を受けている」として選挙区と比例代表へび重複立候補を容認するらしい。

 

政治資金規正法案が衆院解散によって廃案にされるし、維新所属議員による国民健康保険料の支払い逃れ、日本維新の藤田共同代表側が公設秘書の会社に税金を原資とする多額の資金を支出していた不祥事などもあり「金にルーズな自民党+維新」というイメージが定着しそうだ。

 

裏金議員らだけでなく、法務当局から人権侵犯と認定された差別議員も復活させるというから高市政権の無節操ぶりが際立つ。

☞ 「こんな国民なめた話はないよ‼」自民、杉田水脈氏公認にネット騒然「何たる暴挙」「記事を見て目を疑った

>「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」「同じ空気を吸っているだけでも気分が悪くなる」と書き込み、2023年に法務当局から人権侵犯と認定された。

まあ、国民目線からは「人間性に難がある人でも自民党はオッケー」に見えるのも当然だろう。カネ・モラルへのやる気の無さがはっきり見えてきた高市政権はどう評価されるか?少々モラルを欠いてもダーティなところがあっても、国民から選ばれるのは我が自民党だという自信の表れなんだろうな。このような鷹揚さは中高年世代には馴染んでも、若者世代から見たら「ヤバイ(ネガティブな意味)」と映るのではないかな?

 

結局どこが勝敗ラインなのよ?

衆院選各党の目標

各政党は目標とする勝敗ラインを公言しているが、さて風が吹く政党はどこだろうか?風頼みというのも頼りないし、風が通り過ぎてしまった政党もあるだろう。信頼を勝ち取り勢力を伸ばしていける政党があるかなという感じもする。

 

保守票は賛成党や国民党との取り合いだから、それら中小保守系政党が増えた分は与党側の取り分が減るのじゃないかね?一方で、リベラル・左派票が共産や社民の得票が減った分は中道へ回るか。

 

とか言っても、最大勢力は無党派だ。特定の政党やイデオロギーなどに縛られず、そのときどきの状況に応じて投票先を選ぶ、という最も合理的な考え方の層だ。しがらみがない無党派層が選挙結果を左右するのは言うまでもないだろう。

 

大阪ダブル選挙で勝てば大阪都構想に挑戦?

維新の大阪府知事と大阪市長が衆院選と同日での出直し選を目的に辞任した。大阪府知事と大阪市長で「大阪都構想」の実現を争点に掲げるつもりらしい。便乗商法とも言える出直しダブル選は、橋下徹氏や松井一郎氏という維新大物OBだけでなく、維新議員からも異論・反対の厳しい意見が続出しているという。

 

☞ 大阪ダブル選、いら立つ与党 維新・吉村氏「独断」、衆院選に影響も

>「大阪都構想」に再挑戦するとして知事辞職願を提出。維新からは「独断だ」と批判が上がり、自民からも「身勝手だ」と不満が漏れる。与党内の不協和音は衆院選の選挙戦に影響する可能性もある。

>吉村氏の対応には自民も批判的だ。衆院選は自民にとって政権を維持できるかどうかの正念場だけに、党関係者は「維新は自分のことしか考えていない」と吐き捨てる。

ふーん。大阪ダブル選挙は維新内部だけでなく自民党からも批判されているわけだね。どうなるか面白そうな展開だな。

 

再選されたら都構想が信任という愚論

☞ 無投票再選でも都構想挑戦へ 大阪・吉村知事 「民意得た」とみなす得票ラインは明言せず

>出直しダブル選について、無投票で再選した場合に関し、「都構想の設計図づくりへの挑戦という公約に取り組んでいく」と述べた。

自民や公明、立憲民主、共産などの主要政党は独自候補擁立の見送りを決めているが、新人が何人か立候補するらしい。まあ、ここぞとばかりに立候補した方々がいるようで、誰も立候補せず無投票で前職の再選はなくなった。キャリアもバックもカンバンも無い新人たちが前職に太刀打ちするのは無謀だが、前職はそんな新人候補たちに勝てば前府知事と前市長は「都構想が信任された」と吹聴するつもりだろうな。

 

いままで「都構想の二度漬け禁止などと」とおちょくられてきたのに、飽きもせず三度漬けを狙うくだらない茶番劇であることを国民は見透かしている。センスが悪いし面白くもない大阪漫才になりそうだ。しかし、W選挙への批判は地元でも強いようで、選挙結果に一波乱があれば大阪が見直されることになるかもしれない。

 

参考までにAIチャットで丙午の選挙について聞いてみた。

この選挙は、一部メディアで「丙午の政変」とも称され、エネルギーに満ちた変革の年を象徴する政治イベントとして注目されています。

AI の回答には間違いが含まれている場合があります(笑)

丙午なんてのは迷信だが、政治屋の論理も迷信や占いみたいなもの。レベル的にたいして違わんだろう。

 

ともかく、2026衆院選は不確定要素が多すぎて読みどおりには行きそうもないだろう。最後に笑うのはどの政党だろうか?

 

 

そもそも戦後の日中関係がどうなってきたか、ちょっと歴史を振り返らないと理解できないだろう。日中国交正常化と台湾関係についてはこちらを参照のこと。↓

☞ 日中国交正常化

 

日中国交正常化とは

あの田中角栄首相が中国に乗り込んで、1972年(昭和47年)に日中共同声明を発表して日本国と中華人民共和国が国交を結んだことを日中国交正常化という。1972年というとちょっと古い時代だが、年長者にとってはそう遠い昔という感じではないだろう。

日中国交正常化 田中角栄

北京を訪問した田中角栄首相(当時)は、日中共同声明に調印。中華人民共和国との間に国交正常化を実現させた。

 

高市早苗は1961年生まれだから、1972年当時は11歳のお嬢ちゃんだったわけだ。だからといって日中国交正常化を知らないというのではなく、資料をひもといて調べたら簡単に分かることだ。ただし、記録に残されている史実が不都合だと思って目を閉じたら知らないと同義になる。

 

ここで重要なのは、日本国は日中国交正常化に伴い中華人民共和国を中国唯一の合法政府と承認し、それまで国交のあった台湾と断交した歴史があるということだ。

 

台湾に対する日本側の基本姿勢

1972年の日中共同声明には台湾は中国の一部であるという中国の立場に対し、日本は「十分理解し尊重する」という表現にとどめている。また、中国政府と台湾との間の対立の問題は「基本的には中国の国内問題」であると大平正芳外務大臣(当時)が国会で答弁している。このような姿勢が日本国政府の基本方針として長年定着してきた。

 

日本国政府は日中共同声明での「十分理解し尊重する」という表現は外交上大した意味がないらしい。しかし、日本の歴代の政権が「台湾有事に対し明言避ける「戦略的あいまいさ」をとってきたことには深い意味があった。

 

日米安保条約との整合性

日本はアメリカと日米安全保障条約を1960年に結んでいる。この条約は日本とアメリカが相互に安全保障を確保することを目的とした条約で、日本はアメリカ軍に基地を提供し、アメリカは日本と極東地域の防衛を約束し、日本に対する武力攻撃があった際には、日本がアメリカ軍の防衛に協力し、アメリカは日本の防衛義務を負うことを定めている。

 

具体的には、日米安保条約の第六条に「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するためアメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」と書かれている。要約すれば「極東の平和と安全のために米軍は日本の基地を使用できる」ということだが、条約に書かれた「極東」というエリアには台湾も含まれる

 

日米政権あいまい戦略のわけ

 

このため、台湾が中国の一部とされて安全が脅かされても、アメリカが中国の内政問題とすると、アメリカ軍が日本の基地を使用できなくなる可能性がある*1という。そういう条約上の事情から、台湾を中国領と認めると日米安保条約との整合性が取れなくなり、日本国内の米軍基地が使用できなくなる可能性があるため「十分理解し尊重する」という表現にとどめた。このことが外交上重要な意味を持つ。

*1: アメリカは1960年日米安保条約の解釈を変更して台湾が極東に含まれないなどの屁理屈を付け、台湾有事への介入を避けながら日本の米軍基地を使用し続ける可能性もある。

 

日米政権の大人の事情

この日米安保条約との整合性のため日本の歴代政権は台湾有事が「存立危機事態」にあたるか明言を避けてきた。また、アメリカの歴代政権も同様にアメリカが軍事介入するかどうか明言しない「あいまい戦略」をとってきて中国への刺激を避けてきた。あのトランプでさえもだ。

米政権台湾有事への対応

 

日本の歴代政権は台湾有事の対応を明言することがタブーとされてきたが、それをぶち破ったのが高市総理大臣だ。タブー破りというと威勢が良さそうに聞こえるが、単に日中関係をぶち壊しただけで、何らかのメリットをもたらしたわけではない。つまり高市答弁は「百害あって一利無し」というわけだ。

歴代総理は明言を避けてきた

どうやら高市総理大臣の軽率な答弁から国際感覚の乏しさも見えてきた。さらに、中国をなだめようにも高市政権には中国と太いパイプを持つ人材がいないらしい。問題発言の撤回や修正もする気がないのにどうするつもりだろうか。じっと首をすくめて忘れてくれるのを待つつもりか?

 

世論調査は意外な結果

每日新聞が実施した世論調査(11月22日~23日実施)によると、意外な結果が分かった。

【高市総理が台湾有事が「存立危機事態になり得る」と答弁したことについて】

問題があったとは思わない50%

●問題があったと思う25%

 

約半数が問題ないと思っているらしい。また「問題があったとは思わない」と答えた年齢別構成を見ると

40代以下 55~60%

●60代 49%

●70歳以上 41%

年代が高くなるにつれて「問題があったとは思わない」が少なくなる傾向が見られる。

アンケートでの代表的なコメントは

●中国を刺激しただけでメリットがない

日本の立場として当たり前のことを言っただけだ

 

どうも中国交正常化における台湾関係や日米安保条約の絡みを知っているのか疑わしい感じがする。政治的な経緯や集団的自衛権のことを理解していれば、決して「当たり前のこと」とは言えないはずだ。

 

53年前の日中国交正常化のとき、70歳以上の人は17歳以上、60代の人でも7〜16歳、現在40代以下の人々は存在していなかった。70歳以上の層で「問題があったとは思わない」が少ないのは政治的な経緯の知識があった人が比較的多かったためと考えられる。

 

53年前から続く政治的な“大人の事情”を理解していないと「問題とは思わない」という回答が増えるのも当然だろう。世論調査の結果には世代的な傾向が明確に出ていることから政治的背景への理解の差が結果に出たといえそうだ。

 

トランプ大統領の忠告

ウォール・ストリート・ジャーナルによると、24日の米中首脳電話会談で習近平主席がトランプ大統領に対し台湾に関する中国の歴史的主張を強く訴えたという。中国外務省によれば、その電話会談でトランプ大統領は「アメリカは中国にとっての台湾問題の重要性を理解している」と話したといい、トランプ大統領のSNSでは台湾問題には触れず「中国との関係は極めて強固だ」とコメントしたという。

トランプ大統領の忠告

 

米中の電話会談の翌日にアメリカ側からの呼びかけで、高市総理とトランプ大統領が電話会談をした。アメリカ側から前日の米中首脳会談を含め最近の米中関係について説明があったという。高市総理は「日米間の緊密な連携を確認できたトランプ大統領からは私とは極めて親しい友人でありいつでも電話をしてきてほしい」と言われたと述べたらしいが、実際はアメリカ側から24日夜の米中首脳会談を含め最近の米中関係について説明があったのではないかと言われている。

 

☞ 台湾有事発言、高市首相に抑制要求か トランプ氏、日米電話会談で

> (WSJが) 首相に台湾有事を巡る発言に関して抑制するよう求めたと報じた。

>報道によると、トランプ氏は台湾問題に関して中国を刺激しないよう首相に助言したものの、発言の撤回までは求めなかった。

>トランプ氏は、日中間の対立が、中国による米国産大豆の購入拡大などの通商交渉に影響を及ぼすことを懸念しているという。

この件でトランプ大統領がどう言ったかをめぐり、WSJ記事の見出しの一部を”Lower the Tone”から"Lower the Volum"に微修正したらしい。が、日本語にすればどちらも大した意味の違いはなく、いずれも「ちょいと控えろよ」ぐらいの意味になる。時事通信記事の「抑制要求」でも大きく意味を外しているわけではない。

☞ Trump, After Call With China’s Xi, Told Tokyo to Lower the Volume on Taiwan

 

日本国政府の“中国政府を挑発すんなは事実ではない?

米Reutersによると、トランプ大統領は高市首相に国会答弁の撤回は求めなかったが「日中関係悪化のさらなるエスカレーションを望まない」という考えを伝えたという。しかし、日本国政府はWSJ報道の「中国政府を挑発しないよう助言」は事実でないとした。また、トランプ氏が高市氏に「日中両国の対立に懸念を示していた」との共同通信の報道についても「答えは差し控える」と説明にとどめた。

 

米Reutersの記事はWSJの記事を“〜citing Japanese officials and an American briefed on the call (電話会談について説明を受けた日本政府当局者と米関係者の話として)”と記述しており、一次ソースとして信頼できるとわかる。

 

☞ 日米電話会談WSJ報道、政府が改めて一部否定 共同報道は「答え差し控える」

>トランプ米大統領が高市早苗首相に台湾の主権問題について中国を挑発しないよう助言した
中国政府を挑発しないよう助言との記述があるが、そのような事実はない

しかし、外信のReutersの原語記事では〜advised her not to provoke Beijing on the question of Taiwan’s sovereignty〜と表現されており、その部分を日本語に訳すと「台湾の主権問題で北京(中国政府)を刺激しないよう助言した」となる。

 

言葉の意味を狭義で捉えると「挑発しないで」ではなく「刺激しないで」が正しい意味だと思う。その意味で尾崎正直官房副長官の「『挑発しないよう助言』は事実でない」というのは言葉の意味としては本当といえる。しかし、その言葉ではなかったとしても何と言われたかは「外交上のやり取り」を理由に説明を避けるのは何か不都合な事があるのだろうと推測できる。

 

いずれにしても、高市発言はトランプ大統領と米国にとって支障があるため「これ以上中国を刺激すんなよ」と電話で叱られたということでしょうな(笑)

 

中国人記者だからフェイク記事というネットメディア

これらの報道に関連するが「メディアが拡散したトランプの高市批判はフェイク濃厚 元ネタは“北京出禁”Wei Lingling記者」というネット記事があった。さらにごていねいに「裏取りなしで「中国の言い分」を垂れ流すオールドメディアの自殺行為」というサブタイトルまで付けていた。見たらどっちが「裏取りなし」か分からん内容だが……

 

まあ、トランプ氏の発言は助言したぐらいの感じだったため「トランプが高市を批判した」や「トランプがクギを刺したと報じたメディアがあればフェイク記事の疑いはある。しかし、そのような表現で報道した国内メディアは見あたらない。

 

このネットメディアは「トランプ氏、高市首相に抑制要求か」という見出しの記事やテレビ局が「高市外交の失敗」と報じたことを例に、根拠を示さず「思考停止で『広報紙』と化した日本のメディア」だと針小棒大に騒ぎ立てたかっただけのようだ。

 

これ以外は 中国人記者ゆえにフェイク記事という論調が占めている。むりやり好意的な見方をすれば、取材の信頼性に対する疑問の主張と言えなくもない。だが記事全体にわたって憶測・妄想・邪推だらけであり、信じられそうな根拠の提示が皆無だから意図は別の所にあるのだろう。

 

中国人記者の信頼性について

このネットメディアは、中国政府が米主要3紙の記者に対し事実上の国外追放処分された13人のうちの1人であり、取材ルートが大きく歪んだことが推察され、北京の安保担当者や軍部の生の声は聞けないため、信用できない記者だという論調だ。

 

ちょっと待て。このネットメディアは「トランプ氏が台湾問題で高市首相にクギを刺した」という存在しないニュースを入口にしているが、トランプ氏がどう言ったかという話が起点のはず。それなら中国に居るよりアメリカに居る方が取材ルートがストレートなはずだ。

 

中国人だから信頼できない記者といえるだけの根拠の提示がなければ、単なるレッテル貼りにすぎない。記事の信頼性について国籍・出自を持ち出した時点でミスリード(人を誤った方向に誘導すること)確定と言える。

目隠ししてフェイクニュース

 

中国人記者の記事というだけで、根拠も示さずフェイクだという盲目的な言説は以前からあった手口で「まだやっているのか感」が強い。今回もそれを持ち出すのは特定ネットメディアだと言われても仕方ないだろう。今回の騒動で分かることは「中国人記者」という属性だけで根拠もなく歪曲された仮想事実を喜ぶ層があるということだ。

 

用意された答弁書ではなく持論だけで答弁

追加的なことだが、前記事の「総理の独断専行発言」項で予想していた「総理の発言は防衛省が用意した答弁書ではなく持論だけで答弁したのだろう」という予想が的中した。高市首相答弁の「存立危機事態」の国会答弁は、事務方が事前に用意した応答要領に記載されていなかったことが分かったのだ。

答弁書には「存立危機事態になり得る」記載なし

 

☞ 台湾問題めぐる高市首相答弁、事前資料に記載なし 応答要領が判明

>開示された資料には「台湾を巡る問題が、対話により平和的に解決されることを期待する」「いかなる事態が存立危機事態に該当するかは、事態の個別具体的な状況に即して、政府が全ての情報を総合して判断する」などと記載

>やりとりを重ねる中で「どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と発言した。資料には含まれていない答弁だった

 

用意されていた答弁書という証拠が出てきたことで、高市総理が持論だけで答弁したことがはっきりした。 軽率な答弁で無用な日中関係の悪化を招き、日本の国益を失わせた責任をどう取るかが問われそうだ。手垢が付きすぎた言い回しだが、答弁書どおりに「差し控える」としておけば無難に乗り切れたのに。また、答弁書どおりに答弁していれば、不都合な事が起きても答弁書を書いた官僚が…と(略)