開催価値があるのか疑わしい商業五輪がやっと終わり、今日(9月16日)は安倍内閣の総辞職記念日だ(笑)
やはりというか、2020年スガ総理が就任したときから「どうせ1年しか持たない政権」と囁かれていたが、ウワサは現実になった。その前のアベ総理は唐突に「辞めるけんね」と政権を放り投げたが、スガ総理は自民党の総裁選に「出る出る」と地位に恋々としがみつく姿勢を見せながら、同志だったはずの自民党議員らに詰め腹を切らされる「スガおろし」で辞めさせられる結果となった。「殿!生き恥さらすより潔い切腹を!介錯つかまつる!」と、おだてられしぶしぶ切腹させられた構図であろう。
支持率低下と負け戦続き、スガ総理では衆院選を戦えない
スガ政権は末期になっても支持率が30%近くあり、目も当てられない状態ではなかった。しかし、じり貧状態の支持率低下に加え、4月の参院広島再選挙の敗北、東京都議選での苦戦、横浜市長選での惨敗などが続いた。衆院選のカウントダウンが始まっているときに、このような先が見込めず、実績が伴わない成績に「スガ総理では衆院選を戦えない」と自民党内部がざわつき始めた
解散権、人事権が封印されて四面楚歌
スガ総理は衆院選の前に衆院の解散を画策していた。二階幹事長の交代を含み政権の顔ぶれを変える印象操作で衆院選を乗り切ろうとしていたわけだ。しかし、そういう姑息な計画はアベ元総理ら自民党の同志らに解散権と人事権を封じ込まれて、スゴスゴ総裁選出馬を諦める情けない結果となった。
このような構図は海部政権(1989/08〜1991/11)と似ていると言われる。海部政権を事実上仕切っていた小沢一郎幹事長や金丸信元副総理ら竹下派幹部に解散を反対され、解散に踏み切れられず総裁選にも出馬できずに退陣に追い込まれた歴史がある。自民党にとっての黒歴史の再来と見ることもできる。
2020年9月16日に安倍内閣が総辞職する直前、9月7日にスガ官房長官時代は「解散権は総理大臣が持っている。総理が解散と言えば解散(解散)しなければしない」と発言していた。まさか自分が総理特権である解散権や人事権を行使できないとは思ってもいなかっただろう。
自己中な連中に担がれた総理の悲哀と無力感
スガ総理は、日本国を代表する総理大臣は自民党という組織のフィクサーに担がれた「操り人形」に過ぎないことをしみじみと噛みしめているのではないだろうか?自分らが担いでおきながら不人気なリーダーと分かれば、手のひらを返して自分の不利益になりそうなリーダーを権力の座から引きずりおろそうとする。日本国のことより自分らが当選する自己の利益を何より優先する連中なのだ。この情けなさは今後も繰り返されるだろう。
アソウ政権の追い込まれ解散の再現?
自民党一番の黒歴史といえば、2009年のアソウ政権の歴史的大敗で民主党政権に交代した「アソウ政権追い込まれ解散」だろう。この時もアソウ総理は総選挙前に党四役の交代させようとしたものの、党内からの反発で断念するなど決断のブレや支持率低下から、いわゆる「アソウおろし」が表面化しはじめた。スガ政権末期と似た構図である。
また、リーマンショックの影響や「漢字の読み間違い」などから政権支持率が急落している状況で、スガ選対副委員長はこう言い放った。
せっかく権力を握ったんですからこの権力を最大限使えばいいじゃないですか
慌てて解散する必要はない 選挙を遅らせて困るのは民主党だ
このように助言を受けたアソウ総理が解散時期を先に延ばした結果、自民党は総選挙で歴史的な大敗を喫し民主党に政権の座を明け渡した。今回もこの「追い込まれ解散」の黒歴史をなぞっているように見えるのは気のせいか?
アベ政権手法の継承が裏目に
スガ総理は幹事長時代からの横柄な態度が目に付いた。記者会見で突っ込まれても正面から答えようとしない、あるいは答えをはぐらかすなどの不誠実な態度が目に付いた。これは総理になってからではなく、アベと共に長く続いた官房長官時代から変わっていない。
スガ総理の異常さは日本学術会議への人事介入が発覚してから鮮明になった。しかし、それ以前にも官邸主導政治と称した官僚などへの人事介入が激しかった。政権に異を唱えた官僚を露骨に更迭したり官僚個人への誹謗中傷まがいのフェイク情報を流すなどの一方、スガ総理の長男が勤める会社に総務省幹部らが接待された事件が発覚した。独善的なアベ・スガが掲げた官邸主導政治は、政と官の関係を良い方向に向かわせることなく無駄な歪みを生んだだけだったといえる。
スガ政権は、国民を向いていない態度に終始し、国民が期待する成果を上げられなかったが、それはアベ政権の歪みを引き継いだ結果であろう。長く権力の座に居座ると周囲が見えなくなるものである。次の総理が誰になろうとも、俯瞰的視野から見てタダの権力欲しかない人物では何も期待できないだろう。
身内の倒閣運動が短命政権の要因のひとつ
スガ政権は、わずか1年の短命政権で終わった。しかし、首相就任のときから予想されていたことである。国民を向いていない政治手法が国民に受け入れられず、しかも国民が期待する成果をあげられなかった。その結果、支持率のじり貧を自ら招いた。
一部の保守系運動家や組織の間では「短命政権はマスコミの責任」論が声高に叫ばれている。マスコミの報道で政権が崩壊したようなことを主張しているようだが「報道しなければ政権安泰」というのはまるで独裁国家の主張である。民主主義国家では、このような報道の自由を足蹴にするようなバカ主張は受け入れられない。そういう連中は北朝鮮か中国かベラルーシにでも移民して欲しいものだ。
国民の支持率とは政権の通知簿である。だが、政権の支持率が低迷することで、自身が選挙で当選することを最優先する自民党議員らから見はなされる倒閣運動、政権内クーデーターが何度も起きている。。今回以前にも「三木おろし(1976年)」「海部おろし(1991年)」「安倍おろし(2007年)」「福田おろし(2008年)」「麻生おろし(2009年)」など「〜おろし」と言われる自民党政権内の倒閣運動(退陣要求)があった。2007年〜2009年の3つの短命政権で自民党内部の倒閣運動が続いた結果、政権交代につながったことが面白い。次の政権で「○○おろし」が起きたら、面白いことになりそうだ(笑)
スガ・ヨシヒデという人物はアベ・シンゾーと称する人物より実直で真面目なキャラだったのかもしれない。権力を求めて総理大臣なんかにならなければ、孫と遊ぶいい爺ちゃんになったろうに。総裁選出馬を断念したら、あとは総裁としての任期切れを待ち、内閣が総辞職するだけの死に体政権である。ただ哀れという言葉しかない。









