桜と朧月【SSL】 | 千歳日記

千歳日記

この先にある未来を…

たとえどんな未来でも私は見届けてみせる

最後まで…必ず

これは桜がようやく咲き始めた、数日前のこと。


見上げれば桜の木の間から、朧月が顔を覗かせています。

「春だなぁ…」

私は夜空を見上げながら、ゆっくりと歩いて行く。

菜の花畠に 入り日薄れ
見わたす山の端 霞ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し

鼻歌を歌いながら歩いていると、後に誰かの気配を感じた。

(ちっ…痴漢?)

恐ろしさのあまりに立ちすくんでしまいそうになる。

(どうしよう…無理言ってでも、薫に待っててもらえば良かった)

頭の中がグルグルして、足が上手く動かない。

次の瞬間腕を掴まれ、思わず「ひぃ!」っと叫び声を上げた。

「雪村!すまぬ…驚かせてしまった。俺だ。」

おそるおそる振り向くと…

「斎藤…先輩?」

「声をかけようとしたが歌い出した故、なかなか声がかけられなかった。」

「すいません。変な声出しちゃって。」

「いや…謝るのは俺の方だ。最初から、夜も遅いから家まで送ると言えば良かった。」

大丈夫ですと断ろうとも思ったけれど、今ほど感じた恐怖心からお言葉に甘えることにした。

斎藤先輩は私の歩調に合わせて、ゆっくりと歩きだした。

「桜咲き始めましたね。」

「あぁ…直ぐに満開になるだろう。」

「楽しみですね。」

「あぁ…」


「見てください!たくさん咲いてます!」

「そうだな…」

ふと顔を見ると、斎藤先輩は笑っていた。

(うわぁ…こんな顔も出来るんだ)

無愛想な人だと思っていたから、珍しさからその笑顔に釘づけになってしまった。

「どうした?」

いつもの無愛想な顔に戻り、真っ直ぐに視線を返してきた。

私は恥ずかしさから思わず俯いてしまった。

「い…いえ…あの…桜が綺麗だなって…」

「うむ…桜は美しいだけではない。実は武士道に通じるものがある。咲いては散る桜が、現世に執着せず、義のために命を捧げる武士の生き方の象徴とされてきた。『花は桜木、人は武士』とは、この理想を謳っている。ちなみに『義』とは…」

桜鑑賞は、何故か武士道の講釈へと変わっていったのでした(笑)