今日も先日と同じく曇空でした。
太陽も月も星も見えない、少し寂しげな墨絵の空。
(はぁ…なんでだろう。今日こそ!って日に限って、必ず雨か曇なんだから…)
いつもは賑やかな屯所も、今夜は心なしか しん… と静まりかえっています。
「…」
部屋を出ても誰もいない。
(ほんの少し…ほんの少しだけならいいよね?)
私はそっと…一人で屯所を抜け出しました。
屯所のすぐ近くに桜の木を見つけたんです。
だからここなら、念願の夜桜を見られると思ったんです。
息を切らせ、呼吸を整えて顔を上げた。
眼前に広がるは色を失った墨絵の世界。
音も色も光もなく、私と桜の木以外…誰もいない。
薄暗い空はやがて色を取り戻していく。
空が手に入れた色は錆色。
桜は…薄紅色を失ったまま。
一筋の光が見えた。
私は目を凝らして空を見上げた。
桜だけが淡い紅色を取り戻していた。
(綿菓子みたい…)
風が吹き、はらはらと花びらが舞う。
儚く 切なげに 別れを惜しむように
(また…会えますよね?)
私の言葉に答えるように、花が優しく揺れた。
(じゃあ約束です。次の春にまた会いましょう)
私は黙って小指を桜の木へと差し出した。
これはきっと
卯月の空が私にくれた不思議な時間。
桜と私だけが知っている…秘密の逢瀬の時間。