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屯所に常備してある薬と言えば石田散薬です。
石田散薬は土方さんのご実家で作っている秘伝の薬で、骨折や打ち身、捻挫、切り傷に効用があります。
服用方法は少し変わっていて、水ではなく熱燗で飲みます。
お恥ずかしい話ですが、私はしばらくの間石田散薬を【牛になる薬】【体が巨大化する薬】だと信じ込んでいました。
そんなでまかせを私に吹き込む人は、新選組の中にはたった一人しかいません。
秋の頃体調不良を口にしたところ、斎藤さんから石田散薬を手渡されました。
上に記した通り、石田散薬は熱燗で服用します。
「あんたに酒を飲ませるわけにはいかない。白湯で飲め。」
土方さんに言いつけられ石田散薬を手に走り回った事は何度もありますが、口にするのはこれが初めてでした。
(うわっ…)
包みを開けた途端嫌な感じが過ぎったものの、斎藤さん相手に「飲みたくない」とは言えません。
黙って口にすると…
「うっ…斎藤さん、あの…これは一回分の用量なんですか?一日三回に分けて飲むとかじゃあ…」
「一包みが一服分だ。それを飲めば必ず良くなる。良薬とは苦いものだ。」
(苦いとか…そんな初歩的な問題じゃなくて…)
「なんだか草そのもので…牛になりそうな気分なんですけど…」
「牛になどならん。戯言を言うな。」
斎藤さんが目の前にいなければ、その場で全部捨てたいほど酷い味でした。
口直しにお茶を入れて勝手場でくつろいでいると、沖田さんが近づいてきました。
「ねぇ…君、石田散薬を飲んだの?」
「はい。斎藤さんに少し体調が悪いと相談したら分けてくれましたけど?」
「ふぅ~ん…可哀想に…。」
「何がですか?」
「知らないんだ。石田散薬って牛額草って草から作るんだよね。牛の額の草って書いてぎゅうかくそう。あれさ…飲むと牛になるんだよね。」
「そんなでまかせを信じるわけないじゃないですか。」
この時の沖田さんといったら【嫌な感じ】しかしなくて、とにかく会話を早く切り上げて部屋に戻ろうと…それだけを考えていました。
「あのね…運よく牛にならなくてもさ…体が巨大化するんだよ。相撲取りみたいにさ。島田さんってすごく体が大きいよね?あれはね、石田散薬で作られた体なんだ。」
「そんな事あるわけない…じゃ…ないです…か?」
ぷいと視線を逸らした向こうには、大量の石田散薬を手に歩く島田さんがいました。
「ほらね。島田さんのあの巨体を保持するためには、石田散薬は絶対に欠かせないものなんだ。すごいね、君も明日の朝には巨大化してるよ。」
「…はないんですか?」
「なに?」
「解毒剤…解毒剤はないんですか!?困ります!牛かお相撲さんみたいになったら、父様が見つかっても私だってわかってもらえない!」
しかし必死に懇願する私に向けられるのは冷たい視線。
沖田さんが素直に教えてくれるとは思わなかったけど、それでも聞かずにはいられません。
「解毒剤ね…あるよ。あるけど…」
「けどなんですか?すごく高価だとか?なかなか手に入らないとか?」
「違うよ。そうだな…目を瞑ってくれる?」
「なっなんで沖田さんの前で目を瞑らなきゃいけないんですか?何か悪さをするつもりでしょ!」
「あれ~?牛になってもいいんだ。」
「絶対に嫌です!」
「じゃあ目を瞑ってよ。解毒剤をあげるから。石田散薬の解毒剤はね…見るもおぞましい姿形をしているんだ。君が見たら卒倒間違いなしだね。でも大丈夫、目を瞑って瞬時に飲み込めば、君は牛にならないし、島田さんにもならない。」
私の前に突き出された選択肢は二つ。
このまま大人しく牛になるのか、得体の知れない解毒剤を飲んで助かるのか…。
(どっちも嫌!でも…)
「…わかりました。お願いします。」
「物分りのいい子だね。じゃあ目を瞑って口を大きく開けて…大丈夫、見なければただの薬だから。」
私は言われた通り目を硬く瞑り、口を大きく開けました。
口の中に何かが放り込まれ、私はそれを思いっきり飲み込みました。
一瞬舌に感じたのはざらざらした感触と…
「ん?甘い?」
目を開けた私の目の前にぶら下がっていたのは…
「こん…金平糖?なっ…ひど…ひどい!解毒剤だって私を騙したんですね!」
「あははははは!君の焦った顔と間抜け面といったら…あははははは!嘘じゃないよ。金平糖が石田散薬の解毒剤さ。その証拠に僕は石田散薬を飲んでも牛になってないし、巨大化もしていない。一君もね、こっそり金平糖を口にしているのさ。あ~あ…本当に可哀想な子だな。君ね、一君に騙されて牛にされそうになったんだよ。平隊士以下のまったく役に立たない居候だからね。でも大丈夫。君が必死にお願いするのなら、また解毒剤を分けてあげるよ。」
沖田さんはこれ見よがしに金平糖を目の前にちらつかせながら、その場を立ち去って行きました。
果たして翌朝…起きてすぐに自分の姿を確認すると、変わった様子はまったく見受けられません。
当たり前ですよね…石田散薬で牛になるわけがないんだから。
でもその時の私は本当に怖くて怖くて…一晩中泣きながら眠ったんですよ(むすっ)
その後も度々体調が優れない私のために斎藤さんは石田散薬を分けてくれて、その度に「本当に牛にならないんですよね?」と念を押し、飲んだ後に沖田さんが現れて金平糖を分けてくれる…の繰り返しです。
四度目に石田散薬を手にした時、私の中の焦りと恐怖はとうとう頂点に達し、斎藤さんに詰め寄って問いただしました。
「本当に石田散薬を飲んでも牛になったり巨大化したりしないんですか?斎藤さん、私を騙していませんか?お願いします!本当の事を教えてください!」
「くだらない戯言を言うな。この屯所のどこに牛がいるというのだ。第一石田散薬で牛になるというのなら、屯所はとっくに牛小屋になっている。」
「でも沖田さんが絶対に牛かお相撲さんになるって…そのうち相撲部屋に売られるんじゃないって…切腹するのも嫌だけど、相撲部屋に連れて行かれるなんてもっと嫌ーーー!!!」
その後は…土方さんに呼び出され叱られ、沖田さんも呼び出されてこっぴどく怒鳴られて…しばらくの間私は笑い者です。
土方家秘伝の薬 石田散薬
風味絶妙 石田散薬
風味は絶命しそうなくらい妙な石田散薬
斎藤さん曰く『石田散薬は万能薬。これを飲めばどんな病も直ぐに治る。』
斎藤さんがおっしゃる通り石田散薬が万能薬だったとしても…
病を患った時は松本先生が調合した薬を強くお勧めします。