あれから一年余りが経った。
私は『ここにいてもいい理由』を見つけた。
でも、いつも心の中にたった一つの疑問が過ぎる。
私がここにいる理由は?
父様は幕府の命により、新選組である研究をしていた。
その父が失踪し、偶然なのか必然だったのか…娘である私が新選組の前に現れた。
私がいなくても、あの恐ろしい薬の研究は進められていく。
私がいても、また誰かがあの薬を口にする未来がきっと来る。
そして私は目の前にいながらも、あの薬を飲む事を止める事は出来ないのだ。
あの時のように。
きっと私はただの傍観者で、彼らの運命に大きく関わる事は出来ないのだろう。
だったら私が今『ここにいる理由』は…一体なんなのだろう。
京の身を切るような寒さは、一年過ごしたくらいでは慣れそうにありません。
連日の気温の低下で、体調を崩す隊士は少なくありません。
沖田さんもその一人です。
元々体が丈夫な方ではないのかもしれない、寒くなってからは体調を崩して寝込む機会が多くなりました。
松本先生から単なる風邪だと聞かせれたものの、何故か酷く胸騒ぎがするのです。
今も眠っているはずの沖田さんが部屋にいないと、斎藤さんが行方を探し回っていました。
斎藤さんには珍しく怒りと焦りが顔に出ていて、沖田さんと決闘するかもしれないとまで言い出して…その言葉が彼の口から出た時はわが耳を疑いました。
冗談だと言っていたけど、斎藤さんは冗談でもそんな事を口にする人ではない。
何かあった事だけは理解出来る。
でも私には何もしてあげられなくて、ただ不安を募らせる事しか出来ないのです。
(どうしよう…誰かに相談した方がいいのかな?でも…ただの喧嘩かもしれないし。う~ん…。)
隊士でもない私が口出ししていいものかと思いあぐねいていると、急に誰かに肩を叩かれました。
「はい!ごめんなさい!」
「謝るような事でもしでかしたのか?あんまりおかしな動きをしていると、長州の間者と判断されて斬られても文句は言えねぇ。」
「土方さん?えっ?私何かおかしかったですか?」
「くくっ…団子片手に真剣な顔しやがって。」
「あっ…いえ…その…なんでもないんです。ちょっと…考え事をしていて…ぼんやりしてたみたいです。ごめんなさい。」
軽く笑って受け流す事さえもなんだか重くて、目を合わせることも出来ず、私はただ俯く事しか出来ませんでした。
「何を思い悩んでるか知らねぇが、お前は余計な事を考えなくていい。自分のやるべき事だけしてろ。」
「あの…私のやるべき事って…一体なんでしょうか?」
「んなもん自分で考えろ。」
(はぁ…そうだよね。そんな事他人に聞いたって、わかるわけないよね。)
「…総司は風邪、斎藤は焦ってやがるし、お前は妙に大人しい。いつもうるせぇ連中がこう静かだと、こっちまで調子が狂っちまう。要するにお前くらいはいつも通りにしてろって事だ。」
それだけを告げると、土方さんは副長室へ戻ってしまいました。
「いつも通りか…。とりあえずお茶を入れて、沖田さんの部屋にお団子を届ける。それから…その後の事はその時に決めよう。」
私は勝手場へと向かい、お茶を用意して沖田さんの部屋へと向かいました。
(どうか喧嘩中じゃあありませんように…。)
沖田さんの部屋の近くまで来ても、言い争う声も大きな物音も聞こえません。
(仲直りしたのかな?それとも…行方知れずのままとか…?)
「沖田さん、失礼します。」
襖越しに声をかけても、誰の返事も帰ってきません。
「あの…失礼…します…よ…。」
襖をそっと開けて中を覗くと、布団の中で眠る沖田さんと、その傍らに正座した斎藤さんがいました。
「斎藤さん?」
私の気配にすら気がつかない様子を見ると、おそらく眠っているのでしょう。
そっと襖を閉めもう一度勝手場に戻り、冷たく濡らした手拭いと羽織るものを手に取り、再び沖田さんの部屋に向かいました。
音を立てないようにそっと襖を開けると、先ほどと同じように布団の中で眠る沖田さんと、正座したままの斎藤さんがいました。
濡らした手拭いをそっと額に乗せ、わずかに聞こえる寝息を確認したところで、思わず安堵の溜め息がもれました。
「沖田さん良く眠っているみたい。よかった。」
傍らで眠る斎藤さんの肩に羽織りをかけ、こっそり二人の寝顔を覗き込んで見ました。
「くすくす…珍しいかも…二人がこんなにも無防備に眠っているなんて。」
彼らにもいつか、修羅の道を選ぶ日が来るのかもしれない。
自分の守るべきもののために
自分の信念を貫くために
長年の夢を叶えるために
その時彼らは惑う事無く、あえて辛く苦しい道を選ぶのだろう。
その時私は…
私は…どうすればいいのだろう。
(いつか私も…道を選ぶ日が来るのかもしれない。たった一つ…たった一つだけ。)
今は見えない未来。
(それがどんな未来であったとしても…後悔はしたくない…絶対に…。)
「私がすべき事…そうだ!目が覚めたら何か温かいものが食べられるように、何か準備しておこう。」
どこまで行けるのかわからない。
どこまで一緒に行けるのかわからない。
どこまで見届けられるのかわからない。
でも今は一緒に歩いて行けるのなら…その背中を追いかけて行こう。
あの空と同じ青を
あの浅葱色の青を
私は追いかけて行こう。