
本文はここから
どうしても…という訳ではなく、なんとなくなんですが
少しだけでもお酒が飲めるようになったらいいかなと…そう思いました。
…
……
私…実は先日お酒が原因で、大変な失態を犯してしまったのです。
あれは夕餉の時間でした。
いつもと同じように騒がしくも楽しく迎えた夕餉の時間、原田さんと沖田さんが二人お酒を酌み交わす姿を、私はぼんやりと眺めていました。
「ん、どうした?」
「あっ…いえ…お酒って美味しいのかなって…そう思っただけです。」
「君には早いんじゃない?子供の呑むものじゃないしね。クス…大人でもロクに呑めない人が一人だけいるけど。」
「ちげぇねぇ!おっと…あんまり笑うと雷が落ちるな。」
「?」
クスクスと笑い合う二人の視線の先には、何故か土方さんがいらっしゃいました。
「左之助、総司、お前ら…俺の顔眺めながら何笑ってやがる。千歳!」
「はっはい!」
「てめぇも俺の顔なんざ眺めてないで、さっさと飯を食え!」
「はいぃぃ!!ごめんなさい!!」
本物の鬼のような形相で睨まれた私は驚きのあまり、慌ててご飯をかき込みました。
「ん…んん…う…ゲホ…ゲホ…。」
「おい?千歳、大丈夫か。慌てて飯食うからだ。」
「はい…ゲホ…ゲホ…」
原田さんが背中を擦ってくれるものの、引っかかったご飯は喉を通らず、私は咽るばかりです。
「一旦茶飲んで流し込め。総司、茶を頼む。」
「はいはい、クス…千歳ちゃん、君って意外と食いしん坊なんだね。」
違うと反論したいけど、とにかく今は喉に詰まったご飯をどうにかするのが先決で…私は原田さんに差し出された湯のみの中身を勢いよく飲み干しました。
口の中にお茶を流し込んだと同時に、何故か味わった事のない苦味と甘みが口の中に広がりました。
そして少し刺すような刺激を感じたと思った途端、何故か体中が熱くなってきました。
「何…これ…」
「何って…知りたい?」
沖田さんのからかうような声が耳元に響きます。
「くすぐったいからやめてください」
と言ったハズなのに、自分の発した言葉が何故か上手く聞き取れない。
なんでだろ?
私、呂律が回ってない?
お膳の前に座っている事さえ辛い。
「ふぅ…」
少し壁にもたれようと、体を後ろに軽く倒してみました。
けれど、何故か私の体は隣の平助君の方へと倒れていきます。
そして頭が平助君の肩に勢いよくぶつかり、そのまま膝へと倒れていきました。
「なっ…何やってんだよ!おい!千歳~///!」
雄たけびみたいな悲鳴みたいな平助君の声が、すごく近いのになんだか遠い。
握っていたお箸が手からこぼれて…拾わなきゃと思うけど動けない。
何で?
瞼が重い。
「千歳ちゃん?」
「はひぃ?」
「ねぇ、お茶の正体…知りたい?」
「ん……」
頷く事さえも出来ない。
やたらと足音が耳に響く。
なんでだろ。
「総司!てめぇ…こいつに何飲ませやがった!?」
土方さん…煩い
「何って…百薬の長ですけど?」
ひゃくやく…の…なに?
「んなもん、ガキに飲ませるなーーー!!!」
土方さんのひと際大きな声が耳に響いたところで「土方さん煩いぃぃぃ!!!」と叫び、その後私の記憶はプッツリと途絶えてしまうのでした。
朝目覚めると、私は自分の部屋の布団の中にいました。
「私…どうやってここまで来たんだろう。それよりも…私、後片付けのお手伝い全然してない!」
昨日の夜のお膳など残ってはいないと知りながらも、私は慌てて広間へと向かいました。
広間は朝餉の始まる前で、がらんどうとしています。
「やっちゃった…。」
勝手場に向かおうと振り向いた途端、誰かに勢いよくぶつかってしまいました。
「ごめんなさい。すいません。急いでいたので。」
「千歳…お前…大丈夫か?」
目の前にいたのは土方さんでした。
「ひっ土方さん!昨日はその…申し訳ございませんでした!」
「あっ?あぁ…いや…俺もなんだ…悪かった。その…なんだ…どこか痛いところはないか?」
「はっ?」
「だから…体の中で痛むところはねぇのかって…聞いてんだ!」
土方さんはバツの悪そうな顔をしながら、そっぽを向いてしまいました。
「いえ、特にどこも痛くありません。」
「そっそうか、ならいい。気にすんな。」
気にするなと言われても…
(歯切れの悪い口調。しかも何故か声が上擦っている。何もないわけがない。第一昨日土方さんに「煩い」って怒鳴ったんだから、私の方が絶対に悪いのに…。)
頭を掻きながら立ち去ろうとする土方さんの腕を掴み、私は土方さんに詰め寄りました。
「なっ…なんだ?」
「昨日何があったんですか?」
「知らねぇ方が…幸せな事もあるだろうが。」
「私が迷惑をかけたのならかけたと、はっきりおっしゃってください!」
「迷惑かけたって言うならこっちの方なんだよ!」
なんなの?
土方さんが私に何の迷惑をかけたって言うの?
「はっきりおっしゃってくださるまで、私は絶対に腕を放しませんから!」
私の気迫に負けたのか、土方さんは大きなため息を一つつき「わかった…」と呟きました。
「その代わり、どんな事実が発覚したって、絶対に文句を言うな…いいか、わかったな?」
私は黙って大きく頷き、土方さんの言葉に耳を傾けました。
「昨日お前が飲んだものは酒だ。一気に飲み干しやがったから、お前はすぐに酔いつぶれて寝ちまった。広間に寝かせておくわけにもいかねぇから、抱きかかえて部屋に連れて行こうとしたら「くすぐったい」って暴れだしてよ。仕方がねぇから俺と左之助の二人がかりで運ぶ事にした。最初は戸板に乗せて運ぶって話も出たんだがな、病人や死人じゃあるめぇし…しかし触れば暴れる。で、結局どうしたかと言うと…俺と左之助で手首と足首を持って部屋までぶら下げて運んだ。その様子を見た総司が「狩られた猪みたいだ!」って笑い出してな…左之助も笑い出して途中手を離した。お前は尻をしたたか床に打ち付けちまった。それも一度じゃねぇ…二、三度だ。その後仕切り直して部屋まで連れて行ったんだがな…悪い…俺も笑いが堪えきれず力が抜けて手を離しちまったんだ。肩から落ちたから頭は打ってねぇと思うが…おい、千歳待て!」
私は土方さんの言葉を、最後まで聞くことは出来ませんでした。
だって…お酒によっていたせいとは言え、土方さんに「煩い!」と叫んだ挙句暴れて、ぶら下げられて部屋まで運んでもらって…それが猪みたいにだって皆に笑われて…。
部屋に飛び込み、畳んだ掛け布団を頭から被って私は叫びました。
「恥ずかしい…恥ずかしすぎる。私…なんてことしたんだろう。ただでさえ厄介者なのに…いっ…猪みたいとか言われて…もう嫌だ~。」
夕刻「もう誰も笑ってねぇから、いい加減部屋から出て来い!」と土方さんが怒鳴り込んでくるまで、私は部屋に篭城していたのでした。
……
もう呑まなければいいのでしょうけどね(笑)
でも少しだけでも呑めるようになれたらな…と、そう思いました。
新選組の皆さんとお酒を酌み交わすなんて事は出来ません。
でもいつかこの状況から抜け出して、あの時の事を笑いながら思い出せる日が来たなら…
静かに杯を傾けながら、彼らの事を思い出すのも悪くないと思うのです。
そうしたら少しだけ
ほんの少しだけ
彼らに近づける…そんな気がしました。