「動機の純粋さ」を大切にする生き方!?
おはようございます。
今日も機嫌よく過ごせますように!
さて、日曜日は
「処世術」を学んでいます。
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動機まで不純になる!?
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(参考)
人のために犠牲になろうと決意したら、
いっさいの打算を捨てなければならない。
仮にも打算が生じたら、最初の決意に
対しても恥ずかしいことではないか。
人に恩を施すときには、
見返りを期待してはならない。
仮にも見返を期待するようなことがあれば
最初の動機まで不純になってしまう。
『菜根譚』 守屋 洋 著
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「純粋な動機」で始めたことであっても、
その「結果」に対して
何らかの「見返り」が欲しくなる
ということがあります。
しかし、
そこで「見返り」を求めてしまうと、
「純粋だった動機」まで
不純になってしまう
可能性があります。
即ち、
「動機」は「行動」とセット
であり、
「反応」とセットにしてはいけない
ということでしょう。
「動機に従って素直に行動できたこと」
に満足できるかどうか?!
そこから、妙な欲を出さないで、
「淡々と次の行動に移ること」
ができるかどうか?!
その辺りが大事なようです。
「評価」や「反応」よりも、
「動機の純粋さ」を大切にする生き方
をしたいものです。
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<今日の「智&慧」>
「動機」は「行動」とセットであり、
「反応」とセットにしてはいけない。
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その「動機」は何ですか?!