止まらぬ血と五月の恋

 

多系統萎縮症の相方

留置カテーテルにしてから

1年過ぎたのか〜と思いつつ

掲載した曲を久しぶりに聴いて

まったりしてしまった

 

エレクトリック ライト オーケストラ

−テレフォン・ライン−

 

その記事にも書いたけど

携帯もメールもSNSもない

青春時代の電話事情

愛おしかったなぁって

むしろ 携帯もメールもSNSも

無くてよかったなぁって

しみじみ思う

 

 

以下 介護全然関係ない昔話です

 

以前ブログに書いたけど

高校の頃 硬式テニス部で

ダブルで男子バスケ部の

マネージャーもしててね

 

選手の同級生や後輩などから

夜にしばしば 恋の相談で

電話がかかってきてたの

 

もちろんその頃

家の電話は1つなので

(子機とかもまだない)

 

電話はまず母がとり

「pacoちゃん Aくんよ〜っ」などと

部屋にいる私を呼ぶわけ

 

ちなみに母は19歳で私を生んだので

周りのお母さんよりかなり若く

気も若くて見た目もそこそこ

私の友達ともすぐ溶け込んでいた

 

恋のお悩み相談電話も

何度目かになると

かかってきた時に

電話をとった母と相談者男子が

おしゃべりするようになり

私が呼ばれるまでに

時間を要すようになった

 

さらに さらに

母が相談にのるようになり

だんだん私は呼ばれなくなって

 

しまいには電話が

私じゃなく母宛に

かかってくるようになってさ^^;

 

母も話す気マンマンで

ガッツリ椅子に座って足組んで

「そんなんじゃ ダメよ〜」

o(`ω´*)o

などとダメ出ししたりして

 

私もすっかりお任せしてたよ

ꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)

 

 

そんな感じで私の男友達と

すぐ仲良くなる母でしたが

 

私が大学進学と同時に家を出て

たまに帰省すると いつも

地元大学や企業に進んだ同級生や

まだ高校生の後輩とかが

 

母とリビングで

珈琲とか飲みながら

くつろいでて

 

「おお! paco おかえり」

 

とか言うんだよね

( ・∇・;)...

私の家だっつーの

 

 

そんな懐かしい時代を

想い出しました

つまらない話に

お付き合いくださり

ありがとう^^;

 

 

母ももう72歳(父は73歳)

さて二人は今後

介護が必要になるのか?

 

私一人っ子なんだよね〜^^;

今は考えないでおこう

 

 

あしたもぼちぼちいこか🌿

 

 

 

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