AI(人工知能)は人間の仕事を奪うという記事を最近よく目にする。一方、ベーシックインカムを実現するのは難しいという話もよく聞く。個人的には、AIに働いてもらって、その稼ぎを元手にBIを実現すればいいのではないかと思う。

 

「働かざる者は食うべからず」という古い言葉があるように、過去数千年の歴史において、人間が食べていく手段として、労働は必要不可欠であった。労働力(人力)を大きく分けると、動力と知力に分類できる。原始的な労働の多くは動力を中心としたものであったが、近代社会ではオートメーション技術が発達し、動力のかなりの部分はすでに機械に置き換わっている。AI技術の進歩によって、人類はいよいよ知的労働からも解放される。

 

人間が働かなくても生活に必要な食料、インフラを維持できることは決して悪いことではない。ついに「働かざる者は食うべからず」という時代じゃなくなったわけだ。逆説的ではあるが、日々の生活を考える時、経済的弱者こそ経済成長からもっとも恩恵を受けていると私は思う。なぜなら、経済成長は社会全体の底上げを実現するものだから。トリクルダウンは起きない、経済格差が広がり、貧しいものはますます貧しくなるとよくいわれるが、それでも今の最貧層と50年、100年前の最貧層と比べれば、今の方がはるかにいい暮らしをしているのではないかと思う。これに対し、経済的強者は技術進歩からもっとも恩恵を受ける。スティーブ・ジョブスが亡くなったのはお金がないからではなく、現在の技術じゃ救えないからである。(本当に残念なことです。。)

 

話がそれてしまったが、AIでBIを実現するためにはAIの成果をいかに分配するかがカギになる。分配方法を心配する人の気持ちも理解できますが、個人的にはあまり心配していない。稼ぎたい人は消費者がいないと始まらないし、消費者が必要であれば何かしらの分配方法が生み出されると思う。分配方法を悩む前に、人類または国民全員に分配できるだけの生産性が必要である。ない袖は振れない。だから、AIの発展、その先にある人間の失業は歓迎すべきことであり、悲観的に捉える必要はまったくないと思う。

 

働かなくなった人間は何をするかっていうと、自分の幸せをとことん追求(※)すればいいと思う!一度も使ったことはありませんが、そんなことを考えながら過ごすプレミアム・フライデーでした。

 

(※)「The pursuit of happiness」(幸せの追求)、この語感も映画も大好きです。