娘の部屋の棚に、もう何年も開けていない古いレッスンバッグが置いてあります。

 

あの一年、居場所をひとつ失って、娘は何を支えに過ごしていたのだろう。

ドクターストップが出たとき、私はあれで正しい判断をしたのだろうか。

舞台に立たなくなった娘を見て、何かを奪ってしまったと思うべきだったのだろうか。

それとも、あれは奪うことではなく、手渡すことだったのだろうか。

 

大学生になった娘が、友達と笑いながら歩く姿を見ると、「あれで、よかった」と思う日もあります。

でも本当にそう言い切れる日が、この先も来るのかどうかは、正直まだ分かりません。

 

同じ問いを抱えている方に向けて、娘がどう立ち上がっていったかの記録を、上にまとめています。

 

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